■連載/阿部純子のトレンド探検隊
寿司職人が握る寿司に近づけた、新しいタイプのシャリ玉ロボット「S-Cube」
回転寿司や、スーパーマーケットで販売する中食の寿司、持ち帰り寿司、宅配寿司、これらの大衆寿司と言われるものは、ほとんどが人の手ではなく、寿司ロボットがシャリ玉を成形している。
米飯に関する食品加工機械を製造する「鈴茂器工」は、1981年に寿司ロボット1号を開発した40年以上の実績を持つ寿司ロボットのパイオニア。現在、寿司ロボット市場の8割以上のシェアを占めており、80か国以上の国々と取引を行っている。
今年7月から販売開始となったのが、小規模な店舗や、サイドメニューで寿司を提供する寿司を専門としていない店舗でも使える、コンパクトなシャリ玉ロボット「S-Cube」。
銀座の高級寿司店「はっこく」にて、鈴茂器工 代表取締役社長 鈴木美奈子氏、はっこく 佐藤博之大将による「S-Cube」イベントが開催された。
同社のメイン機種のシャリ玉ロボットは1時間に4800貫作ることができるが、「S-Cube」は1時間に1200貫。数は少ないが、コンパクトさやデザイン性、寿司職人が握るシャリに近づけた機能を搭載し、寿司専門店以外の新市場の開拓を目指している。
「私たちは寿司ロボットを製造しておりますが、やはり寿司職人さんが握る寿司に対して大きなリスペクトを持っています。職人さんが握った寿司に近づきたい、そして職人さんにも認められたいという思いがあり、40年前から今現在に至るまで弊社の大きな課題としておりました。これらの課題をクリアすべく新製品として発売したのが『S-Cube』です。
『S-Cube』はモーターがついている寿司ロボットでは世界最小です。海外の市場から、持ち帰り寿司としてキヨスクのような狭いスペースでも使えるようなコンパクトなロボットが欲しいという要望もあったことから、なるべく小さいものを作りたいと、炊飯器をイメージして開発を始めました。
約35cm四方のキューブ状で、重量は約13kgと女性でも持ち運びできます。店舗内での効率化も発揮ができる機械となっています。
佐藤大将は『プリンターみたい』だとおっしゃっていましたが(笑)、正面に麻の葉文様を施し、海外を意識したデザインになっています。
1時間に握れるシャリ玉は1時間に1200貫と弊社のメイン機種よりは少ないですが、寿司専門店以外の、居酒屋やファミリーレストラン、そば・ラーメン業態のサブメニュー、海外の日系チェーン店などの需要に対応できる、新市場の開拓を視野に入れています。
私のこだわりから、開発部隊にお願いしたのがシャリの大きさです。回転寿司で提供する弊社のスタンダードの機種のシャリ玉は55㎜mmですが、S-Cubeでは1㎜mm短い45㎜mmにしています。先ほど課題として挙げたなるべく職人の寿司に近づけたいという思いからです。
すでに40年を経て定着している大衆寿司向けのロボットでは難しいですが、新たな視点を持ったS-Cubeでしたら、いろいろな挑戦が可能ですので、職人の寿司にどんどん寄せたいと考えたのです」(鈴木社長)
「S-Cube」は取扱いが簡易なのも大きな特色。設置のための作業を必要とせず、機械の送り付けのみで、店舗で簡単にセットできる。
シャリ用のポッパーに酢飯を入れて(最大で一升)セット。前方の穴に酢飯を入れてスタートボタンを押すとシャリ玉の成形が始まる。ボタン操作で、シャリ玉の量を10~22g、かたさは10段階で調整できる。(注※下記画像、動画は撮影のためにカバーを空けています)
シャリ玉ができるスピードは3秒に1貫、約1分間で20貫分できる。できあがったシャリ玉を取った時点で次の成形に入る。20貫は回転寿司の10皿分ほどだが、ターゲットとしているのが寿司専門店ではないため、このスピードで十分とのこと。
また、毎日行う機械の洗浄も店舗にとって大きな負担だが、「S-Cube」は洗浄部分が10個で、同社の既存の機械と比べると半分以下に。洗う部品が青色になっているのでわかりやすく食器洗浄機の使用も可能。
江戸前鮨のスタイルを貫き、あえてにぎりのみで勝負する、「はっこく」佐藤大将の評価は
25歳で鮨の世界へ入った佐藤大将は「鮨とかみ」で腕を振るい、マグロを極め、赤酢を使った独特の酢飯で「鮨とかみ」をわずか1年で『ミシュランガイド東京2014』の一つ星に。2018年に独立し、自身の店「はっこく」をオープンした。
にぎりのみで勝負している佐藤大将が「S-Cube」を実演。最初はやわらかい「3」のかたさで成形。できたシャリ玉を口に含んだ佐藤大将は、
「僕でもできないくらいのふんわり感ですね。ここまでちゃんと成形されて、なおかつ空気がきちんと入っています。大きさやかたさも選べるし、営業スタイルに合わせて調整できるということに、大きな可能性を感じます」
佐藤大将は、ネタをのせる段階でかたさを「5」切り替え。「3」はふんわり感が強いため、ネタをのせてにぎり直す作業をする必要があったが、「5」のかたさなら、職人のにぎりの圧に近く、ネタをのせるだけで寿司が完成すると、「5」で成形したシャリ玉を使って提供してくれた。
シャリ玉にネタをのせるだけの、いわゆる「のっけ寿司」という形での提供に抵抗はないか?という質問が飛ぶと、佐藤大将は「まったくないですね」と断言。
「S-Cubeのシャリが完璧なので、のっけだけでも十分。プロの見せどころとしては、ネタの切り方になりますが、寿司としての美しい姿に持っていくにはシャリとネタの一体感が大事なので、ネタの厚みだったり、食感の違いによって、『S-Cube』のシャリに合わせたネタの切り方を少し工夫する必要はあるかもしれません。
店ではロボットは使いませんが、海外の寿司イベントや、国内でもケータリングやコラボイベントなどの仕事も多くあって、100人規模のイベントだと手で握るのは限界があります。多くの人に食べていただく機会が増える中で、それに対応できる方法はないかと考えていたときに、『S-Cube』の試作品を展示会で見たんです。こんなに小さい機械なのにシャリ玉を作るスピードがめちゃくちゃ速くてこれはすげえ!と(笑)。
海外ではまだロール寿司が主体なので、『S-Cube』が海外で普及すれば、寿司に対してよりチャンスが広がるし、寿司の普及活動という意味でもすごく期待できる一台だと思っています。にぎり寿司は技術が必要で、限りある人にしかできなかったものですが、『S-Cube』により職人でなくても本格的な寿司に提供できる可能性が広がることはうれしいですね」(佐藤大将)
【AJの読み】寿司ロボットメーカーと寿司職人との化学反応で新たな製品が生まれた?
はっこくは予約が取りにくい店としても有名で、数年前に鈴木社長が何度もチャレンジし、ようやく予約が取れて客として店に訪れたのが、鈴茂器工とはっこくの出会いのきっかけになったとのこと。
「お寿司屋さんにとって寿司ロボットで作るメーカーなんて邪道だと思われるに違いないと、どのお寿司屋さんに行っても素性を明かさないようにしていたんです。はっこくさんでも大将には会社のことは話さなかったのですが、一緒に行った副社長と私の会話を大将が小耳にはさみ、興味持たれたようでしたので、最後に寿司ロボットのメーカーであることをお伝えしたんですよ」(鈴木社長)
「寿司屋をやっていると、どういう業界とか関係性とか大体わかります。でも謎の二人がやって来て、魚や寿司っぽい話しをしている。坊主頭だったら『寿司屋ですか』って聞くんですけど(笑)、この二人はどういう業界だろう、どこを突っ込んだらいいのか、全然わからなくて気になって仕方がなかった。僕が気にしているのを察して鈴木さんが素性を明かしてくれたんです。シャリ玉やごはん盛り付けのロボットを作っているトップシェアの会社だと知り、他のジャンルの飲食業のことはまったくわからなかった自分にとって、とても面白く興味深いお話をたくさん聞くことができました」(佐藤大将)
その後、展示会などを通じて、鈴茂器工と佐藤大将は交流を深めて、「S-Cube」の開発に関しても、職人側から感じる点などを伝えていたという。
使いやすいコンパクト設計で、操作もお手入れも簡単、導入コストも低く抑えられる「S-Cube」は、人材不足が指摘されている飲食業や、寿司を専門としていない飲食・小売店舗の寿司メニュー導入ハードルを低くする小型ロボット。
同社の小型機である海苔巻きロボットやごはん盛り付けロボットと並び、小型シャリ玉ロボットの新エースとして国内外の注目を集めそうだ。
取材・文/阿部純子