オーストラリア北部の街ダーウィン。日本からの直行便はないので訪問者数は他の都市と比べて少ないかもしれないが、コロナ前に訪れたことがある人たちはこんな印象を持っているに違いない。「ああ、バックパッカーがたくさんいる街ね」。
「バックパッカー」とは大きなリュックを背負い、一部屋に二段ベッドがいくつか並ぶような安宿に泊まりながら一日の予算を極力抑えて長旅を続ける人たちのこと。そんな「バックパッカー御用達の街」だったダーウィンとその周辺がコロナ明けの今、「富裕層向けリゾート」に様変わりしている。なぜそんな大変身が起きたのか。その謎に迫ってみよう。
開放的な常設サファリテント。隣のテントからも離れているので大自然を独り占めしたような気分になれる。
世界遺産「カカドゥ国立公園」と大陸縦断列車「ザ・ガン」の玄関口
まずはダーウィンという街について紹介しよう。ここはノーザンテリトリー(北部準州)の州都で、2021年の国勢調査(5年ごとに行われる)によると人口は13万9902人。
観光の目玉は世界遺産の「カカドゥ国立公園」。そして同様の大自然が楽しめる「リッチフィールド国立公園」。さらには南部の街アデレードまでオーストリアの中央部を南北に突っ切る大陸縦断鉄道「ザ・ガン」始発・終着駅でもある。
「アプローチしやすい秘境」として「バックパッカーの聖地」に
この街にはかつては世界中のバックパッカーが集った。私も何度か取材で訪れ、ときにはバックパッカー向けのツアーにも参加して、彼らの声を聞いてきた。
この街に彼らが引きつけられたのには理由がある。
バックパッカー御用達のツアーで使われていたマイクロバス
まず彼らの多くはできるだけ遠くに行きたがる。
さらにせっかく欧米を離れるのだから普段暮らす都会とは正反対の「秘境」を訪れたい。そして可能であれば英語が通じて、衛生面でも安心な場所。
となると「欧米から一番遠い大陸」で、「英語も通じる先進国」で、かつ体長が最大で6~7メートルにも及ぶ巨大なイリエワニが数多く棲息する「野生の王国」であるダーウィン周辺はまさにうってつけの場所なのだ。
「ワニとの遭遇」は観光の目玉の一つ。
「薄利多売」から「上質の固定客」へ
だがコロナ後の現在、客層は完全に様変わりしている。あれほど街にあふれかえっていたバックパッカーの姿はグンと減り、今の主な客層は貧乏旅行を信条とする彼らとは正反対に位置する「富裕層」や「準富裕層」である。
ダーウィンが「バックバッカーの聖地」から「富裕層向けリゾート」へと変貌を遂げたのはなぜだろう。
大きな理由として挙げられるのはコロナによるロックダウンだ。オーストラリアでは国外からだけでなく「州」をまたいでの移動もできなくなった。総人口が25万人しかいないノーザンテリトリーでは薄利多売の商売は成り立たなくなった。
それで「数」に頼る商売の危険を察知した。「インスタ映え」の場所は一瞬で人気沸騰するかもしれないが、熱が冷めるのも早い。逆に「質」のいい、つまりは金払いのいい「固定客」をつかんでおく商売には「確実性」がある。
長年ドライバー兼ガイドとして旅行業に携わってきたという人もこう語る。「8~9月の渡り鳥が溢れる時期に毎年必ず1ヵ月滞在する富裕層の方とか、年2回決まった時期に必ず2週間ずつ滞在する釣りマニアのグループとか、定期的に予約してくれるおなじみのお客さんが多くなりました。私たちもビジネスの計算ができてうれしいです」
「野鳥の楽園」となる季節を狙って毎年来る固定客も多い。
「プライベート」や「チャーター」があたりまえの今
彼はこう続ける。
「昔はマイクロバスが主でしたが、今は豪華な四輪駆動車に1~2組のカップルを貸し切りで乗せる仕事がほとんどですね」
また高級四輪駆動車だけではなくヘリコプターや飛行機のチャーターやプライベートツアーも増えてきた。たとえば陸路なら8時間(そのうち未舗装道路が5時間弱)かかる「超隠れ家的マリンフィッシュリゾート」へも、チャーターした飛行機なら45分で飛べる。「時間をお金で買う」のが彼らの特徴だ。そして1~2週間連泊してとことん釣り三昧という「こだわりの滞在」を楽しむ。
小型機のチャーターもこのあたりでは多い。
「超豪華グランピング」も人気に
宿泊場所も様変わりしている。かつてカカドゥ国立公園あたりで泊るとなるといいホテルもあったが、バックパッカーをターゲットにした2畳ほどスペースにシングルベッドを置いただけの常設テントも多かった。だが現在では8畳以上ベッドルームにトイレとシャワーがついた常設サファリテントでの「グランピング」が人気を集めている。料金は2人1泊20万円で最低2泊からというのもザラ。ただし全食事とアルコールを含む飲料も飲み放題。これに「追加料金なしで参加できるアクティビティー付き」の「オールインクルーシブ」のところも多い。
中には延べ床面積が50平方メートルを超えるほどの常設サファリテントも登場。高級化は加速している。
アクティビティーも「プライベート感」を重視したものが増えている。野鳥やワニの観察ツアーもかつては50人以上の人たちが乗れる大きめのクルーズボートが多かったが、最近ではより小回りが利き、浅瀬でも走れて、スピードも出る数人乗りの「エアボート」も多くみられるようになった。
プライベート感溢れるエアボートも富裕層には人気だ
下にスクリューがなく船後部に設置された巨大プロペラで動くで、浅瀬や狭い水路にも入っていける。
ダーウィンはコロナ渦により「大勢のバックパッカー」から「少人数の富裕層」を対象とするビジネスへの転換が迫られた。だが「災い転じて福となす」を見事に成し遂げたのだ。
オーバーツーリズムに悩む日本の一部のインバウンドビジネスの参考になるかもしれない。
ノーザンテリトリー政府観光局
https://northernterritory.com/jp/ja
オーストラリア政府観光局
https://www.australia.com/ja-jp
文/柳沢有紀夫
世界約115ヵ国350名の会員を擁する現地在住日本人ライター集団「海外書き人クラブ」の創設者兼お世話係。『値段から世界が見える』(朝日新書)などのお堅い本から、『日本語でどづぞ』(中経の文庫)などのお笑いまで著書多数。オーストラリア在住