シリーズ累計10万部を突破した癒し系漫画の最高傑作『トラとミケ』。その最新巻「トラとミケ6 たのしい日々」がこのほど発刊された。『ねことじいちゃん』の作者・ねこまきさんが、どて煮屋「トラとミケ」を訪れるお客さんたちの人生の営みを描く全ページフルカラーの大人気シリーズで、最新刊では猫道商店街の敬老会のメンバーが大活躍する。
なぜこれほど支持されるのか。6巻目でもますます感動の度合いが濃くなっていく理由は何か。今回は作品をもっと楽しむための3つのヒントを紹介しよう。
ヒント1 リアルとフィクションを行ったり来たりできる
この作品に恋する人の多くは、作者ねこまきさんが描く絵柄に心を惹かれるはず。トラとミケの可愛らしいお婆さんぶりは当然のこと、今回大活躍する敬老会会長清水健一郎さんの頑固そうな姿も、どこか愛らしさを感じる。若い女性の描き分けも素敵で、ネイルサロンのルミちゃんと喫茶白樺のレイちゃんは、それぞれの性格が、上手に表現されている。
可愛らしいだけでなく、美しく感動的なイラストも豊富だ。単行本の扉絵の裏も、めくると読者がハッとする仕掛けが潜んでいた。最新刊の69話・凍凪の候の扉の裏の、水色の木立。71話・浅春の候のルリビタキ。72話・花時の候のオシドリの美しさはアートを楽しむ感動がある。
単に猫の可愛らしさだけでない、イラストの美しさが時々垣間見えて、日常から芸術的な高みに連れて行ってくれる。ある意味、大変お得な一冊となっている。
また、物語は猫が主人公のフィクションだが、そこにピカッと光るリアルが登場する。例えば話題になる本は映画にもなった「九十歳、何がめでたい」(佐藤愛子著・小学館発刊)だし、お菓子は名古屋名物「ぴよりん」で、観ていた映画は「君たちはどう生きるか」だった。
この作品はこうした、可愛らしさと美しさ、リアルとフィクションを、読者が自由に行ったり来たりできる面白さがある。可愛いだけじゃない、でも、美しいだけでもない、自分の気持ちの赴くまま、可愛らしさに癒され、美しさを喜べる作品は、他に例を見ない。
ヒント2 自分自身に投影できる楽しさ
さらに「トラとミケ」が愛されている理由の一つに、登場人物がすべて猫だという点である。普通の漫画作品のように、リアルな人間を描いていたとしたら、こんなに感情移入することはできないだろう。猫の姿で登場しているからこそ、どの登場人物も、自分自身に投影することができるのである。
自然に登場人物の気持ちになり、物語を楽しめるのは、絵の無い読書にも近い、楽しさかもしれない。今回はお見合いをする娘とその父が登場するが、読んでいるうちに、なぜか自分が性別も年齢も異なる父親の気持ちになって、娘の幸せを強く願っているのである。
多くの読者は、物語の中で年齢や性別など、自分に近い登場人物を、自分に投影していく。でも、「トラとミケ」を読んでいると、自分に遠い存在の登場人物にも共感してしまう。どんな登場人物でも、自分に投影できるからこそ、共感も感動も、強くなる。
ヒント3 涙が浄化してくれる心の滓
トラとミケはところどころに涙を誘うエピソードが隠れている。泣けるポイントは読者によっていろいろあるが、この「泣ける」ところは「泣ける場面」としては描かれていない。読者にゆだねてくれるのである。だからこそ、ごく普通の日常の、ありきたりに見えるエピソードでも、胸を打たれて、涙が出てくる。
ネタバレになってしまうが、最新刊では、嫁姑のエピソードに泣ける女性は多いはず。ケンカをして家を飛び出た姑がいろいろな家を泊まり歩き、その中で様々な体験をする。そこから自分を見つめ直し、居場所を見つけ、相手との関係を修復していく。筋を追ってしまえば、ありきたりに感じるエピソードだが、誰もが表には目に見えない、何かしらの苦労を抱えて生きているのだ、と教えてくれる。
涙は心の滓を浄化してくれる。最近、ストレス解消のために行う「涙活」が話題になっているが、泣くと副交感神経が働いて血管が広がり、脳の血流が増えて気持ちが落ち着き、心が浄化される。
最近の研究では、涙を出すと脳内にエンドルフィンが発生し、幸福感を高める効果がある(厚生労働省、セルフメンタルヘルス資料より)。トラとミケはストレス解消にも効く、特効薬になっていた。特にストレスの多いビジネスパーソンにはお勧めしたい。
中日新聞で、作者のねこまきさんはインタビューに答えて、「読者と一緒に年を重ねて行けたら」と語ってくれた。毎号、本当に楽しみにしている読者にとっては、まだまだ続きが楽しめそうで、期待してしまう。これからの「トラとミケ」はどうなっていくのだろう。毎回、発刊が楽しみでならない。ぜひあなたも「涙活」してみて!
厚生労働省、セルフメンタルヘルス
05_セルフメンタルヘルス テキスト (mhlw.go.jp)
ねこまき(ミューズワーク)
2002年より、ディスプレイ会社を退職し独立。現在は、名古屋を拠点としながらイラストレーターとして活動中。コミックエッセイをはじめ、犬猫のゆるキャラ漫画、広告イラスト、アニメなども手掛けている。
著書には、『まめねこ』1巻~9巻『ぬり絵コミック まめねこ』『ねこのほそみち』『ねこもかぞく』(以上、さくら舎)、『ねことじいちゃん』1巻~5巻『ずぅねこ』1巻~2巻(以上、KADOKAWA)、『マンガでわかる猫のきもち』(大泉書店)、『しばおっちゃん』(実業之日本社)、『ケンちゃんと猫。ときどきアヒル』(幻冬舎)などがある。
文/柿川鮎子