【勝手にブック・コンシェルジュ第12回】斎藤元彦元兵庫県知事に『見果てぬ王道』を
斎藤元彦さん、孟子が説いた「覇道」と「王道」という言葉の意味をご存じでしょうか。もし、ご存じなければ川越宗一の『見果てぬ王道』(文藝春秋)という長篇小説をお読みになってみてください。
『見果てぬ王道』
川越宗一
文藝春秋
主人公は、清王朝を倒し共和国を作る革命を起こそうとしている孫文と出会って惚れ込み、物心ともに支える人生を歩んだ実在人物の梅屋庄吉です。この稀代の実業家にスポットライトを当てることで、日本と中国の歴史を、政治と軍事ではなく民事として描いた歴史小説になっているんです。
長崎の貿易商・梅屋商店の養子に入り、幼い頃に川で溺れて一度死ぬものの棺桶の中で息を吹き返す。ありあまる情熱を何に注げばよいかわからないまま懊悩する十代を過ごした後、アメリカ留学を決意するも船が転覆し、九死に一生を得る。地元での商売に失敗し、逃げるように渡ったシンガポールで写真館を開き、香港に拠点を移すとそれが大成功。そこで出会った孫文と生涯の友情を切り結ぶ。
アメリカ行きの船の中で親しくなった清国の青年がコレラに罹り、生きたまま海に放りなげられるのを止められなかった悔しさを、強者が弱者に対して成す理不尽への怒りを、常に胸に抱き続けたのが庄吉という人物です。だから、孫文ばかりかフィリピンの独立運動の支援もし、そのためにガンガンお金を稼ぎ、ピンチをチャンスに変えていきつつ、晩年は日活の前身となる映画の興行会社も設立。政財界の大物と対等に渡り合える、日本有数の富豪に――。波瀾万丈にもほどがある庄吉の人生に圧倒される397ページなのです。
庄吉だけではありません。彼と関わる人々、とりわけ女性陣の魅力も一読忘れがたい強い印象を残します。庄吉にものの道理と倫理を教え込んだ母のノブ。シンガポールで出会い、写真館を共同経営することになった元娼婦の登米。大きな体で家事や子育てにきりきりと働く妻のトク。孫文の晩年を公私ともに支えた、年若く聡明な妻の慶齢。
人助けと思って貧しい者の証文を破り捨てた息子(庄吉)を、相手のことを一人前扱いしていないと𠮟り、〈人間ちうのは、吾が身ば吾が足で立たせる力のあっとよ。たとえ足の萎えても張る胸があっとよ〉と説くノブや、孫文にイレ込む庄吉に〈大きか話はね、どんだけ正しかこっでも、必ずこまか人間ば磨り潰すもんばい〉と冷や水を浴びせる登米。作者は、力で人を従わせる者が覇、仁で人を集める者が王であり、〈西洋の覇道に、東洋は王道をもって向き合うべし〉という志を持つ孫文に心酔するあまり、正義と王道の実現にはやる主人公を、女たちによる別角度の視線からも描くことで、この物語を単なる英雄礼賛譚とは異なる、生身の人間のきれい事ばかりではない奥行き豊かなヒューマンドラマに仕上げています。
Wikipediaの「孟子」の項目には、こう記されています。
「覇者とは武力によって一時的な仁政を行う者であり、そのため大国の武力がなければ覇者となって人民や他国を服従させることはできない。対して王者とは、徳によって本当の仁政を行う者であり、そのため小国であっても人民や他国はその徳を慕って心服するようになる。」