今夏の甲子園は、もはや“大社高校”だった。
公立としては唯一ベスト8に残り、チーム一丸となって強豪校を次々と打ち破っていく様は爽快で感動だった。
選手のほとんどが地元・島根県出身。出雲大社のお膝元で力をつけた若者たちが怒涛の快進撃を見せ、巷では「ミラクル大社」とも呼ばれたわけだが、そんなミラクルニュースとともに一躍話題になった地元の誇りがある。
肉質日本一の『しまね和牛』だ。
全国和牛能力共進会で2022年に肉質評価1位に輝く
「肉質日本一の牛肉」が島根県にあったことを皆さんはご存知だっただろうか?よく耳にする馴染みのブランド牛よりも、やわらかく口当たりの良い脂肪と上質な赤身と繊細な味わいで、「和牛オリンピック」とも呼ばれる全国和牛能力共進会で2022年に肉質評価1位に輝いた。
実は、そんな日本一の「しまね和牛」を手掛けたのは、今夏の甲子園に2番・ショートとして出場した大社高校野球部・藤江龍之介選手の実家、『藤増牧場』なのである。
藤江選手の父・信賢氏が経営する『藤増牧場』は昭和51年創業。日本一の和牛はいかにして育てられたのか?一般的にメジャーではなかった、知られざる「しまね和牛」の魅力、牧場経営のリアルを(有)藤増ストアーの藤江信賢社長に聞いた。
――そもそも「しまね和牛」の特徴とは?
「しまね和牛は鮮やかな色合いと、きめ細やかさが特徴の「霜降り肉」です。深いコクと風味豊かな味わいが抜群で、融点が低く口に含んだ時にとろけるような食感が味わえるのが魅力です」
「オススメの食べ方としては、できるだけ調味料を加えず、しまね和牛の持つお肉本来の美味しさを最大限に味わっていただきたいと思っています。噛むごとに口の中でとろけるお肉ですし、ベタつかず甘い「脂」と赤身の旨みをじっくり堪能していただきたいです」
無知な筆者は今夏のニュースで初めて「しまね和牛」を知ったわけだが、もともと12世紀頃から出雲・石見国(それぞれ現在の島根県)は良牛の産地であったと古い文献には記されている。
その後、品種改良が進められ、1987年の第5回全国和牛能力共進会では藤増牧場の富桜号が最優秀賞である内閣総理大臣賞を受賞。40年近く前から牛肉界では高く評価されていた。
肉質日本一も当然の結果と言えるのかもしれないが、藤江社長に肉質日本一に輝いた理由を聞くと…
「しまねの牛の良さ(血統)と出雲の豊かな自然。水と土と空気という恵まれた環境にあると思います」
日本一の牛肉を生み出した「藤増」の経営術
近年の円安などにより物価の高騰が続き、家畜に与えるエサの価格も上がっている。
世の畜産農家は依然として厳しい経営を強いられ、農林水産省の調べでは肉用牛経営戸数は高齢化等を背景に減少。飼料価格高騰等の経営環境の悪化により令和5年は例年以上に減少しているという。
参考
https://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/tikusan/attach/pdf/tikusan_bukai3_siryou-5.pdf
そんな中、藤増牧場はいかなる経営と飼育法で日本一の肉質を生み出したのか?
「こだわっているのは牧場の飼養管理の徹底です。独自の飼料を使っている事もありますが衛生・健康管理など、日々きめ細かい管理を行い、きれいな環境を作ることに最大の気をつかっています」
「牧場内では癒やしのクラシックを流しリラックスできる環境を整えています。創業者でもある私の父の言葉、『一粒でも多く食べさせる努力を続ける』をモットーにしております」
ちなみに、藤増牧場が肉質日本一に輝いた大会『全国和牛能力共進会』は5年に一度行われ、2022年大会からの審査基準では肉量、肉質、脂肪の質の項目を審査。そのすべての項目で藤増牧場の肉は高い評価を受けた。
共進会に出品され、肉質評価で1位に輝いた牛肉は大会終了後、地元の小中学生の学校給食に無償で提供されたという。子供たちが畜産に触れる機会を提供し、食育への想いも溢れている。まさに地域密着型の牧場だ。
――牧場経営で大変なことは?
「人手不足もあるのですが、昔と比べると牧場を取り巻く環境が変化していることです。具体的には堆肥の処理問題など周囲の理解を得なければならないという点。あとは牛の仕入れですね」
「100%藤増牧場で繁殖を行っているわけではないので、生産農家さんやJAさんと良い関係を作り、血統をはじめ、こういった牛を作りたいと協力をして頂点の牛を目指していくことが大変です。これは逆に牧場経営としては大きな魅力となる部分でもあります」
そして、「藤増」は牧場だけではない。スーパーや焼肉店の経営も行っている。多角経営にはこんなメリットがあるという。
「藤増牧場から始まり、食品加工会社の新日本食品(株)、スーパーの藤増ストアー、焼肉店の「焼肉の藤増」と飼育から加工、販売までのすべてを目の届く自社で手掛けることで、飼育経歴の明らかな安心・安全でおいしい、妥協無き『しまね和牛肉』を牧場から食卓までお届けできることが最大のメリットです」
「丹精込めて育てたしまね和牛肉をスーパーや焼肉店で、お客様の顔を見ながら販売することで個人のお客様の感想などもすべてフィードバックできます。逆にデメリットといえば…見え過ぎてこだわってしまう事です笑」
牛肉の消費低迷の中、挑むは良品廉価の生活応援
夏の甲子園を沸かせた大社高校の藤江龍之介選手の父で藤増ストアー社長の信賢氏も、実は大社高校野球部出身。32年前には甲子園出場も果たした。
親子二代で甲子園の土を踏み、感慨もひとしおだろう。今年の活躍では地元も大いに盛り上がり、経営するスーパーも大盛況だったという。
「様々なメディアに取り上げていただき、「大社高校野球部 感動をありがとう」という記念セールにはたくさんのお客様にお並びいただきました。遠方からご来店いただいた新規のお客様もおり、お肉だけでなく他の商品もご購入いただいて、売上、来客数は上がりました」
「息子が甲子園で活躍したことを受けてお客様からは「おめでとう」と声をたくさんかけていただきましたし、大社高校野球部には「感動をありがとう」と伝えたいです。それと、改めてSNSが持つ影響力の強さに驚きました。今後、国体への出場もあるので今現在も盛り上がっております」
近年、物価高の影響もあり鶏肉や豚肉と比べ、牛肉の消費が低迷している中での好調振りは、こだわりの飼育と絶対的自信に満ちた質の高さにある。
苦しい状況の畜産業界にとって、肉質日本一の「しまね和牛」が救世主となり、明るい兆しが見えてくるかもしれない。
日本の畜産業界の未来を担い、牧場経営のみならずスーパー、焼肉店など全て自社で手掛ける藤増ストアー。今後、企業として目指すものとは?
「まずは食文化の向上を目指し、新鮮・安全・健康をこの先もお届けすること。そして、良品廉価で皆様の生活応援を行うことです」
出雲で生まれ、出雲で生産された餌で育ち、出雲の豊かな自然の中で育まれた「しまね和牛」。地産魂が生んだ日本一の美味しさを皆さんも一度ご堪能あれ。
取材協力
高級しまね和牛専門店 藤増
文/太田ポーシャ