未来を予見するSFの世界を描く「パラレルミライ20XX」は、現代社会における技術進化と人間性の融合や衝突をテーマにした連載小説です。シリーズでは、テクノロジーによる新たな現実や、デジタルとアナログが交錯する世界観を通して、私たちが直面するかもしれない未来の姿を描き出します。
都市シミュレーションゲーム『in the City』
サトウは夜遅くまで、『in the City』という都市シミュレーションゲームに没入していた。
暗い部屋の中で、画面から漏れるゲームの明かりが顔を照らし、唯一の光源となっている。何日もかけて理想の都市を築き上げ、そのディテールに浸っていた。ビルがそびえ、道が複雑に絡み合い、都市の息づかいすら感じるかのように。
『in the City』は、プレイヤーが無限に広がる都市を設計し、住民たちの生活を管理できるゲームだ。ビルの設計、道路の配置、交通機関の導入、公共サービスの提供まで、すべてが自分の思い通りになる。どこまでも拡張可能な都市――それは、サトウにとって完璧な逃避先だ。
現実の世界は、彼にとって息苦しい場所だった。
毎朝、決まった時間に目を覚まし、同じ場所へと向かい、無機質な道をひたすらに歩く。
変わり映えのない日々は、終わりの見えない無限の迷宮のようで、少しずつ心を蝕んでいく。
人との関わりも次第にうまくいかず、他者との交流を避けるようになっていった。
だが、ゲームの中ではサトウが神だった。全てが指先一つで動き、拡がっていく。
現実が色あせていくほどに、この仮想世界に浸り、自己の自由をその中に委ねていた。
ある日、サトウはゲーム内で都市の新たな区域を設計した。道路はジグザグに走り、木々が整然と並ぶ公園を囲むように広がる。画面上では住民たちがその新しい区画に移動し、活気を帯びた都市生活が繰り広げられていた。その様子に、一種の高揚感を覚えた。
翌朝、いつものように外出する途中でサトウはふと立ち止まった。通り道の曲がり具合がどこか違っている。前日は確かに直線だったはずの道が微妙に曲がっていたが、疲れのせいかと思い、深く気に留めなかった。
しかし、数日が経ち、サトウはまた奇妙な感覚を覚えた。一日を終え、家に戻る途中、道端に新たに植えられた木々がゲームで自分が設置した並木とそっくりだったのだ。
サトウは首をかしげた。考えすぎかもしれない。
そう思いながらも、頭の片隅に引っかかる違和感を感じた。
次第に、現実世界とゲームのリンクが顕著になっていった。
『in the City』で設計したビルの一部が、次の日には彼の住む街に正確に現れたのだ。ビルの形状、デザインはゲーム内で設計したものと一寸の狂いもなかった。
『こんなことが起こるはずがない……』
サトウは呟き、目の前の光景をまじまじと見つめた。心の中には小さなざわめきがあった。それは、恐怖というよりも、異様な既視感のようなものだった。
現実が自分の手の中にある感覚──それが彼を興奮の渦へと引きずり込んだ。
夜が更け、再び『in the City』の世界にのめり込んだ。今度は大胆に、大規模な再開発を試みた。画面上の古びた建物が次々に取り壊され、新しいデザインで都市が生まれ変わる様子に陶酔感を覚えた。
翌朝、街に出ると、サトウの心臓は鼓動を早めた。見慣れた風景の中で、クレーンがゆっくりと動き、まさに彼が前夜ゲームで設計した通りの新しいビルが、目の前で静かに、そして確実に形作られていくのを目撃したからだ。
サトウは息を飲んだ。胸の中で、恐怖と興奮が入り混じる。この奇妙な現象を、もっと確かめたい、そう思う自分がいた。
そして、事態は加速していく。
ある日、ゲーム内で新しい交通システムを設計した直後、現実の街でのいつも通る道が変わっていた。ゲームで描いたモノレールが、突然、眼前に現れたのだ。
サトウは呆然と立ち尽くし、その完璧な作り込みに見とれていた。
『これ、本当に昨日までなかったよな……?』
サトウは視界に映る現実が信じられず、周囲を見回した。だが、いつもとは違う感覚が彼を襲う。何度もこの異変を経験してきたが、今回はそれが思考の中にまで深く入り込んでいることに気づいたからだ。サトウの中にある“現実”という感覚が、じわじわと侵食されていく。
まるで自分自身がこの街の一部に変わり始めているかのように。
すると、近くに立っていた初老の男性がモノレールをじっと見上げていた。
サトウは思い切って声をかけた。
『すみません、このモノレール、いつからここに出来たんですか?』
初老の男性は一瞬サトウの顔を見て、ゆっくりと口を開いた。
『ん? ああ、これか……何年も前からあるだろう。最近新しい区間が開通したけどな。便利だろ?』
サトウの胸がどくんと鳴った。
『何年も前から……?』
そんなはずはない。昨日まではここに何もなかったのだから。
『ずっと使ってるが、まあ、新しい区間ができたおかげでだいぶ便利になったな。お前さんもよく使ってるだろ?』
『いいえ、昨日まで、この場所にモノレールなんて……見たことがなかったんです』
その言葉に、初老の男性の表情が曇った。
『何を言ってるんだ? 毎日この路線を使って移動してるじゃないか。お前さんのこと、何度も見かけてるぞ』
サトウの額に冷たい汗が流れた。モノレールなど、一度も使った記憶はない。サトウの胸の内に、言い知れぬ不安がじわりと広がっていった。
『いや、本当に……僕は、昨日までは……』
その時、近くにいた若い女性が横から声を上げた。
『何か問題ですか?』彼女もサトウを不思議そうに見つめている。
『いや、その……このモノレールが急に現れたような気がして……』
彼女は笑みを浮かべたが、その笑顔にはどこか違和感があった。
『急に現れた? おかしなことを言うのね。このモノレールはずっとここにあるわよ。あなた、毎日これに乗っているじゃないですか?』
またも同じ答えが返ってくる。サトウはその瞬間、軽いめまいを感じた。心臓が一気に加速し、鼓動が耳の中まで響き渡る。息が浅くなり、全身に緊張が走る。
『このままだと、まずい…!』
頭の中で警鐘が鳴り響くような感覚に襲われた。気がつくと、周囲の住民たちが一斉にこちらをじっと見つめていた。彼らの目には、もう一切の感情が宿っていなかった。