創刊から38年、常に最前線でビジネストレンドを追いかけてきたメディア『DIME』と国内電通グループ約150社で構成される「dentsu Japan」がタッグを組んで、次のトレンドを探求する『DIME Trend Lab』。
第5回のテーマは「防災」。
日本中を未曾有の恐怖に陥れた東日本大震災から13年。多発する豪雨災害や起こると言われている南海トラフ地震の危険性などをきっかけに、防災の重要性が改めて見直されている。しかし、防災への投資は優先順位が落ちてしまいがち。そこで電通が取り組んでいるのが、日常生活に防災の意識を組み込む『+ソナエ・プロジェクト』だ。その根幹を担うエリアネットワーク型防災アプリケーション『ソナエRING』の機能や展望について、責任者の谷口隆太さんとDIME編集部の峯で対談を実施した。
谷口隆太さん/株式会社電通 CXクリエーティブ・センター 未来の暮らし研究部
プロデューサー
1975年生まれ。国内外の緊急支援NGOに従事後、2009年電通に入社。以後、食料自給率向上、健康、被災地支援、防災等の社会課題で官庁や民間企業とNPO/NGOの連携等によるコミュニケーション、ビジネス開発に取り組む。
峯亮佑/@DIME編集者・ライター
1988年生まれ。2019年には令和元年東日本台風で住居のマンションが浸水被害に遭ったことを契機に防災に対する感度は高い。
「防災メインの事業は難しい」現状を変えたい
峯:『+ソナエ・プロジェクト』とは一体どんなプロジェクトなのでしょうか。
谷口:日々の暮らしに防災への「ソナエ」という意識を持たせることで、いつ何が起きても安心な社会にするためのプロジェクトです。我々のミッションは、災害時に命を守る行動を取るためのお手伝いをすることです。
峯:その名の通り、備えることに焦点を当てたプロジェクトなんですね。プロジェクトはいつ頃から始まったのでしょうか。
谷口:2015年からスタートさせました。
私は前職で緊急支援の仕事を行なっていて、東日本大震災の際には、内閣府のお手伝いなどもしていました。その際、重要なのは災害時にどう行動を起こしてもらうか、そしてそのためには災害時への備えが日常に寄り添った状態であることが必要だと感じました。そこで培った知見や資産を活かして立ち上げたのが本プロジェクトです。
峯:防災がテーマのプロジェクトということもあって、クライアントのイメージが掴みかねるのですが、やはり行政と協力して進めているのでしょうか。
谷口:もともとは自治体や官庁といった公的機関との仕事が多かったのですが、生活者まで浸透させるには企業との接点が必要だと課題に感じています。防災はより広く多くの人に使っていただかないと効果がありません。
ただ、防災については誰もが必要だと感じている一方で、差し迫っていない状況ではどうしても優先順位が下がってしまいがちです。企業の取り組みとしても、防災プロジェクトを本格的に推進するケースは稀です。個人の防災アクションも然りです。
こういった状況を打開するには、日常生活の中で価値がありつつ、緊急時にも機能を発揮する、そういうサービスが必要だと考えました。それが『ソナエRING』です。
基地局がなくても通信可能、必要な物資の情報伝達も
峯:プロジェクトの中でも、スマートフォン用アプリとして考案されている『ソナエRING』はかなり生活者にとってかなり身近な存在だと思うのですが、概要を教えていただけますか。
ソナエRINGの全体像イメージ
谷口:そうですね。平常時は町の生活情報や役に立つサービス情報を発信し、緊急時は周辺の災害情報や避難情報、支援物資の供給情報をエリア内の人に伝達する「まち情報インフラ」を目指しています。
従来の類似サービスと異なるのは、情報の伝達が中央からの一方通行ではなく、利用者同士が情報を伝達できる点。そして携帯電話やインターネットの基地局による通信環境が途絶しても、データのやり取りが可能な点です。
峯:災害と情報の話で言えば、東日本大震災の時は多くの地域で津波による基地局の損壊や一部エリアでのアクセスの集中で通信キャリアを使った情報の収集や伝達が滞ったことがありましたよね。
『ソナエRING』ではそういった課題が解決されていると聞いていますが、どのようにしてデータ通信を行なうのでしょうか。
谷口:『スマホdeリレー』という端末間通信技術を採用しています。Wi-Fi DirectやBluetoothなどのスマートフォン同士の直接通信手段を活用した技術で、基地局を経由せず相互にデータ通信が可能となります。
スマートフォンを用いた実際の画面イメージ
峯:なるほど。端末間通信が可能になれば、被災地での情報のやり取りもスムーズになるかもしれませんね。
谷口:それだけではなく、端末間で情報をバケツリレーすることで、そのエリアの状況がリアルタイムで把握できるようになります。そこには何人いて、どういう世代や性別、属性の人がいるのか。別の避難所へ移動した情報も随時更新されます。これらの情報をベースに、行政が避難所を探している人に最も適切な避難所を提示したり、避難所に本当に必要な物資が適切な数量分配されたりするようにもなります。
災害時においては個人にとっても行政にとっても、情報を正確に把握することは喫緊の課題になりますから、その一助になることを期待しています。
なぜ、平常時に街情報を発信するアプリにする必要があるのか?
峯:お話を聞いていると、端末間通信によって災害時では重要な情報インフラとしての役割を『ソナエRING』は果たしてくれそうとは思いましが、実用化にあたって、現状どのような課題があるのでしょうか。
谷口:防災を主体とした事業として考えると、企業も生活者も一歩を踏み出しづらいのが現状です。日常生活でも使えるという有用性の出し方が課題です。
峯:そもそもとして、『ソナエRING』に平常時(非災害時)の有用性を持たせる必要はあるのでしょうか。
例えば新型コロナウイルスが流行った際、政府主導で新型コロナウイルス接触確認アプリ(COCOA)が開発されましたが、多くの方がダウンロードしていたことを考えると、同様に平常時に街情報を発信する必要はなく、防災時にのみ効果を発揮するアプリとしても浸透が見込めるのかなと期待してしまうのですが。
谷口:COCOAはコロナが蔓延し、国民の大多数が危機感を覚えたからこその行動なのかなと考えています。それにパンデミック下でも私たちはアプリをダウンロードする余裕があった。一方で、災害はいつ起こるか分かりませんし、起きてからアプリをダウンロードするのでは遅い。だからこそ、普段からアプリをダウンロードし、使える状況を作るのが大事だと考えています。
峯:では、既存のサービスの中に組み込むということは難しいのでしょうか。
スマートフォンユーザーであれば、利用率が100%に近いサードパーティー製のメッセージアプリもありますし、スマホのデフォルトアプリもありますよね。普及率を優先するならばそういった既存のアプリを活用した方が早いようにも思うのですが。
谷口:実際に既存サービスのいくつかには防災機能が組み込まれていて、先日発生した能登半島地震でも機能していました。ですが、取り扱っている情報に個人情報が含まれていて、自治体でないと情報が取り扱えないのが課題でした。
『ソナエRING』では、性別や年齢など、粒度の低い情報を取り扱います。周囲にアピールするのは憚られるけど、でも緊急時には周りに知っていてほしい――『ソナエRING』ならこうした情報を活用できるのではないかと考えています。
峯:なるほど、既存のサービスにはない利点もあるというわけですね。防災時に本当に必要な情報だけをユーザー間で相互通信できること、通信キャリアに依存しないことは『ソナエRING』ならではの利点だと思います。今後、具体的にどういった形で実用化まで歩んでいく予定なのでしょうか。
谷口:現在考えているのがエリアサービスとしての提供です。さしあたっては、八重洲や内幸町のように、多くの先端企業があるユニークなエリアでの実証試験です。そこで成果を上げ、モデルケースとしてより広域の自治体へと展開していけたらと考えています。
また、幅広い業界の民間企業からもお声がけを頂いています。保険や不動産、インフラ関連企業など多数で、民間側も同様な課題感を持っているのでしょう。国や自治体、企業が一体となって取り組むことで、このプロジェクトの目的でもある「個人が生き残るための行動を取ってもらう」社会を実現できればと思います。
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災害大国・日本では大きな災害が日常化しているがゆえに、対策への優先度が上げづらい実情があるのかもしれない。だからこそ、日常に防災が寄り添う状態を作ることが重要なのだ。『+ソナエ・プロジェクト』、そしてその根幹を担う『ソナエRING』は、生活者ひとりひとりが無理なく防災への意識を持つために必要な機能をもった、防災大国・日本の足がかりになるサービスになるかもしれない。
取材・文/桑元康平(すいのこ)
1990年、鹿児島県生まれ。プロゲーマー。鹿児島大学大学院で焼酎製造学を専攻。卒業後、大手焼酎メーカー勤務などを経て、2019年5月から2022年8月まで、eスポーツのイベント運営等を行うウェルプレイド・ライゼストに所属。現在はフリーエージェントの「大乱闘スマッシュブラザーズ」シリーズのプロ選手として活動中。代表作に『eスポーツ選手はなぜ勉強ができるのか』(小学館新書)。
撮影/干川修