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識者に一問一答!兵庫県・内部告発文書をめぐる報道で話題の「公益通報者保護法」とは?

2024.09.09

今回の内部通報に対する対処は適切だったのか? 浮かび上がる問題点

――元県民局長は4月4日に内部通報をしましたが、対応に杜撰な感じが否めません。

日野 なぜ元県民局長が内部通報したかといえば、知事が3月27日の会見で、元県民局長の通報に対して「嘘八百」、「公務員として失格」などといった発言があったからです。調査をすることなく身勝手に判断をされて、元県民局長を解任し、退職保留にしている。これに怒りを覚えて県庁の公益通報(内部通報)窓口に通報をしたと思われます。

その後、公益通報の手続が進んでいる最中に、5月7日に人事課の内部調査をもって懲戒処分(停職3か月)を下している点も問題です。人事案件としての人事課の調査と、公益通報案件の公益通報委員会としての調査の意味合いが全く異なります。公益通報は、制裁ではなく、組織の是正に向けた調査ですので、この点の理解も不足しているといわざるを得ません。この点も公益通報者保護法やその指針からすれば、公益通報をしたことを理由とした不利益取扱いとして評価される可能性があると思います。

――県庁内にも内部通報窓口があるのですね。

日野 そうです。県の公益通報(内部通報)制度では、「法令違反や職務上の義務違反、これに至るおそれがあるもの」のほか、「県政を推進するにあたり、県民の信頼を損なう恐れがあるもの」を通報対象の範囲としています。公益通報者保護法の対象法律よりも拡大して通報対象の範囲を設定しています。県が幅広に通報対象を受け付けるといった制度設計にしている以上、適切に通報に対応すべき責務があります。元県民局長はここに通報しましたが、その通報の手続きをしている最中に、人事課での内部調査結果を基に停職3か月の懲戒処分を下しているんです。

通報のその手続きを進めている最中に処分してしまったことについては、県庁職員が知事に対して、「それはやめた方がいい」と進言したという報道もありますけれども、制度を設置している以上、通報受付後、しっかり調査をして、必要があれば是正をするというルールは遵守すべきだったと思います。人事案件として制裁ありきの人事課の調査と、組織を是正するためのルートを、県が混在して扱ったのは大きな誤りです。

――そもそも初動が悪かったということですか。

日野 ……だと思いますね。知事自身に対する通報内容ですから、早い段階で知事から離し、独立した形で調査をしないと、恣意が働いてしまうと思います。通報ルートは間口は広くしておいた方が心理的安全性を保つ上で重要であり、組織にとっても早期に不正・違法の情報をつかむという意味でも外部窓口を置いた方が良いと思います。内部窓口のみの運用となると、内部通報をすることを躊躇する者が存在し、そのことが通報対象事実の早期把握を妨げるおそれがある。今回のケースは、通報ルートの独立性によって通報者・組織側にとっても外部窓口が必要なケースに該当すると思います。

今回のケースは、最悪の結果になっており、社会的インパクトは大きいといえます。そもそも通報者に負荷がかかり過ぎていると思っています。本来、組織自体が不正・違法を発見し、是正すべき役割を担っており、それを通報者が担い、通常業務と別に、組織のために任意で勇気を出して声を挙げているわけです。にもかかわらず、不利益を受け、バッシングを受ける対象になってしまっている。組織と通報者との間のバランスを欠いていると思っています。

――県の内部に通報制度窓口があること自体問題ではないかという意見もありますね。

日野 内部通報制度は、内部での揉み消しや証拠隠滅、適切に調査をしないといった、不信感が生じてしまうと機能しません。組織内部の窓口へ安心して通報できませんよね。そこで、通報先として、法律では3つ用意しています。法的に保護されるには、公益通報にあたることと、3つそれぞれで定められる通報先の保護要件に該当しなければなりません。

公益通報に当たる要件としては、「労働者・退職者・役員が」「不正の目的でなく」「勤務先の」「刑事罰・過料の対象となる不正を」「通報すること」が求められます。

次に、通報先の保護要件は、「事業者(内部通報)」の保護要件は、「不正があると思料すること」のみです。また、「行政機関(行政通報)」では、「不正があると信ずるに足りる相当の理由があること又は不正があると思料し、氏名などを記載した書面を提出すること」となっています。さらに、「(通報対象事実の発生・これによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者)報道機関等(外部通報)」は、「不正があると信ずるに足りる相当の理由があること」に加え、6つの特定事由(内部通報では対応してくれない、証拠隠滅のおそれ、通報者特定・漏えいされる、通報しないよう要求されるなど)があれば、保護されます。

最も高いハードルは報道機関等への通報です。内部通報、行政機関、報道機関等の外部という順で保護要件が厳しくなります。外部に通報すると、組織の機密情報やノウハウも一緒に漏れてしまうおそれがありますので、報道機関等への通報はよりハイレベルなものを求められるわけです。

内部に通報窓口を置くことが、そもそも意味がないのでは、というご指摘に対しては、意味があるようにするため、法改正で、内部(公益)通報体制整備が義務化されています(11条)。なお、常時使用する労働者の数が300人以下の事業者については努力義務になっています。組織に対して、内部通報に適切に対応するために必要な体制の整備、具体的には、内部通報窓口の設置、公益通報対応業務従事者の指定、内部規程の策定等を義務づけています。

内部通報体制整備義務違反等の事業者には行政措置が講じられることとなり、例えば、助言・指導、勧告及び勧告に従わない場合の事業者名等の公表等が段階的に用意されています(15条、16条)。また、内部通報受理後における調査等に従事する公益通報対応業務従事者に対して、在職中のみならず退職後も通報者を特定させる情報の守秘を義務づけ(12条)、守秘義務違反の場合は30万円以下の罰金が科せられることになっています(21条)。仮に内部で情報漏洩があった場合の責任は会社側にあるということを明確にした点は、評価できると思いますが、組織には罰金は科せられません。

日野教授作成の公益通報制度の概略図

――県民局長は今回その然るべき窓口に内部通報をしていますが、斎藤知事は一貫して、この案件は公益通報には当たらないと主張しています。

日野 斎藤知事が再三にわたって「核心的部分が事実ではない。真実と信じる相当な理由がなく、公益通報の要件をクリアしていない」としていますが、公益通報は、「労働者・退職者・役員が」「不正の目的でなく」「勤務先の」「刑事罰・過料の対象となる不正を」「通報すること」が要件ですので、これまでの百条委員会のやりとりなどからすると、おそらく公益通報に当たるものと考えます。真実相当性についても、音声データの存在や贈答品の授受の事実も明らかになっていますし、職員のアンケートでも、パワハラを見たという件数が想像以上に多く、真実相当性を裏付ける程度になってきていると思います。

斎藤知事は、3月の早い段階で、「嘘八百」と断定しましたが、時間かけて裏を取ると、告発文の文中に記載されている不正の事実が明らかになってきました。つまり、真実相当性は、即断することはできず、丹念な調査等が必要になりますので、即断して処分してしまったことも問題です。

――「通報してよかった」という人と「通報しなければよかった」と後悔している人はどちらの方が多い印象ですか。

日野 消費者庁が調査しています。17.2%が「後悔している」、13.2%が「良かったことも後悔したこともある」と回答しています。後悔の理由は「調査や是正が行われなかった」が最も多く、次に「不利益な取扱いを受けた」が続いています。公益通報したことを後悔している方がおり、内部通報制度の不備や通報者保護が徹底されていないケースがあります。

公益通報は自分が昇格するとか、報奨金がもらえる制度ではありません。そもそも違法行為は、組織自体が発見して是正するのが、本来あるべき姿ですが、それを助けるために、通報者が任意で声を出すわけです。ところが、組織を良くするために勇気を出して通報をしたにもかかわらず、これを揉み消すために、社内で村八分にされ、知らない間に和を乱す社員というレッテルを貼られてしまうケースもあります。こうしたリスクもあり、告発や通報に対するネガティブイメージがまだまだ社会には根深いのではないかと思います。

■相談・通報後の心情

■通報したことを後悔している理由

消費者庁が実施した内部通報に関する意識調査(就労者1万人アンケート) 結果

――兵庫県問題は通報をすること自体に影響を与えるかもしれませんね。

日野 こうした仕打ちを見てしまうと、人は空気を読むようになります。斎藤知事のように記者会見で「嘘八百」、「公務員失格」みたいなこと言われてしまうと、もう次の通報は生まれない。 それが見せしめになって、結局もう声を出せなくなってしまうわけです。

組織を変えるためには、組織風土を経営トップが率先して公益通報者保護を徹底するという宣言をすること、また、その前提として、公益通報者保護法を、抜本的に変えないと前に進まないと思います。兵庫県の報道を見て、声を挙げたくても、不利益を受けてしまうという懸念が先行して、通報意欲が減退してしまった方が多いと思います。

――通報することで同僚からバッシングを受けることも有り得そうです。

日野 そこも結構大事なことで、公益通報に対し経営者側が「よく通報してくれた」と、表彰する会社もありますが、同僚から白い目で見られたり、和を乱した裏切り者という見方をされたり会社もあると思います。何より、通報者の特定が不利益や、職場いじめ、ハラスメントに繋がります。匿名・顕名を問わず、通報者の匿名性を徹底して守っていくことが、声を挙げやすくする最大のポイントになると思います。

――現在の法律でも、告発や通報で、降格、解雇、減給、配転は禁止されていますよね。

日野 公益通報者保護法で禁止されているからといって、すぐに正されるわけではないのです。組織側が「今回の降格は公益通報を理由したものではない」となると、結局、裁判で決着をつけることになります。例えば、「降格になったのは公益通報を理由にしているから、これを無効にしてください」と、裁判所に訴えなければなりません。主張だけではなく、原告である通報者側が立証しなくてはいけませんので、組織が持っている証拠を入手しないと勝てない。まさに証拠の偏在ですが、通報者にとっては非常に分が悪く、公益通報者保護法を用いて裁判で勝訴するのはとても難しいといえます。

――となると、やはり法改正が必要ということですね。

日野 公益通報を理由とした不利益取扱いに対する行政措置等の導入です。現行法では、結局裁判で白黒はっきりつけることにならざるを得ず、公益通報を理由とした不利益取扱いに対する事後的な救済・回復制度が存在しません。そのため、不利益取扱いを懸念する通報者にとっては公益通報を躊躇させ、事業者にとっても早期に違法行為を発見・是正する機会を失わせます。公益通報を理由とした不利益取扱いに対する行政措置等の導入するならば、公益通報を理由とした不利益取扱いに係る事実確認や事実認定を行う消費者庁の執行体制の整備が課題となります。国として、公益的価値としての公益通報をどのように位置づけるかが問われていると考えます。

また、証拠資料の収集・持ち出し行為の法的免責規定の導入です。現行法では、特に保護規定はなく、公益通報を目的とした場合であっても、形式的な当てはめによって、公務員法や就業規則上に基づいて守秘義務違反により懲戒処分になるケースが多いです。公益通報者保護法によって行政通報の要件が緩和され、必ずしも真実相当性の要件を具備する必要はないですが、今回の兵庫県の事件のように、外部通報(3号)は真実相当性の要件を求めています。通報対象事実を裏付ける資料の収集・持ち出しがなければ、外部通報をすることは困難である。通報先(内部通報)にとっても、通報対象事実に関する疎明資料がなければ、調査や是正措置を着手することが困難な場合も生じます。

消費者庁が求めているガイドラインに基づいて設置された内部通報通報制度に伴う保護と、公益通報者保護法上の保護が不一致であることも問題です。消費者庁の法定指針の解説(令和3年)では、通報対象を「幅広く設定し、内部公益通報に該当しない通報についても公益通報に関する本解説の定めに準じて対応するよう努めることが望ましい」としています。

消費者庁「公益通報者保護法を踏まえた地方公共団体の通報対応に関するガイドライン(内部の職員等からの通報)」(令和4年)では、「適正な業務の推進のために各地方公共団体において定める事実」も通報対象の範囲として定め、県の内部通報制度(兵庫県職員公益通報制度)もそれに従い通報範囲を拡大して運用しています。同ガイドラインは、通報受理後、「通報に関する秘密を保持」し、「通報者が特定されないよう十分に留意しつつ、遅滞なく、必要かつ相当と認められる方法で」調査を行うよう求められています。

なお、指針の解説では、「指針を遵守するための考え方」として、「法第2条に定める「処分等の権限を有する行政機関」や「その者に対し当該通報対象事実を通報することがその発生又はこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者」に対して公益通報をする者についても、同様に不利益な取扱いが防止される必要があるほか、範囲外共有や通報者の探索も防止される必要がある。」としています。

つまり、法律上の保護を受けるためには、対象法律の不正や違法行為を求めているのに対し、指針などでは、幅広に受け付けることが組織の自浄作用に資するとして通報対象を拡げるよう推奨しています。仮に拡げて運用しても、厳密な解釈をすると、結局、法律上の保護は対象法律の枠内の者のみ保護されるに留まり、この矛盾が混乱を招いているように思えます。

――兵庫県の問題を踏まえ、今後改善ポイントを学ぶことがあるということですか。

日野 斎藤知事の件にフォーカスしてこの問題を見ると、公益通報者保護法が、約500本の法令違反のみ保護をしてくれますが、例えば刑法に抵触しないパワハラだとか、公職選挙法、地方公務員法などは対象外になってしまいます。このような対象法律を限定することを解除しないと、安心して通報できる環境とはいえないと思います。

もう一つ、今回の兵庫県問題でいいますと、私的な情報、プライバシーに関する事柄の漏洩や、通報者が特定されてしまうといった不手際がありながら、組織には罰則がありません。公益通報を理由に通報者が不利益を被ったり、同僚からいじめを受けたりした場合には、組織に対して罰則を用意しないと、結局、絵に描いた餅になってしまうおそれがあると思います。

――組織や若い労働者の公益通報への意識は変わりつつありますか。

日野 組織に関しては非常に閉鎖的ですし、老舗であるほど和を重んじる傾向は強いですね。そして、不正も組織の中では組織の論理として正しいと思われているケースもあります。 不正を犯していても、経営上、利益が出ていれば、不正を告発することで利益が損なわれるといったジレンマもあります。長年、組織にいる労働者等は、当たり前だと思っている不正を見て見ぬふりをする体質を、壊していくのは、上司や先輩社員に「これおかしくありませんか!」と正しいことは正しいと率直に言える人だと思います。そのためには多様な人材を確保する採用プロセスが重要で、多様な価値観を大切にした採用プロセスが求められるように思います。その多様な視点こそ不正を見るチェック機能がより機能すると考えます。

――兵庫県の例が、今後の公益通報者保護法の改善するべき点としてフィードバックされる可能性もありますか。

日野 2022年に改正公益通報者保護法が施行されて、先ほど言ったような内部(公益)通報体制整備義務や公益通報対応業務従事者に対する守秘義務の導入が盛り込まれました。施行後3年を目途に、法律を見直すかどうかの検討を行うことになっており、来年が施行3年目となります。消費者庁ではすでに公益通報者保護制度検討会を立ち上げていますが、兵庫県の問題で、公益通報者保護法が内包していた問題点が表面化したので、この件を含めて検討会を進めていただきたいと思います。この事案が1つ契機となって、検討が加速することを期待しています。

取材・文/安藤政弘

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