ここ数か月、メディアを賑わしている兵庫県斎藤元彦知事のパワハラ・おねだり疑惑。9月に入り、県議会の百条委員会が知事や関係者の証人尋問が行われると報道はさらにヒートアップし、兵庫県民のみならず、全国民が成り行きを注視する自体となった。
この問題に絡み、ひんぱんに耳にするようになったのが「公益通報者保護法」というキーワードだ。「公益通報」に詳しい淑徳大学 コミュニティ政策学部の日野勝吾教授に、公益通報者保護法がどんな制度か。また、法律の視点から兵庫県騒動の問題点を聞いた。
成立から約20年が経過、それでも認知度はわずか4割程度
――斎藤兵庫県知事にまつわる報道で、初めて「公益通報者保護法」を知ったという人は多いと思います。そもそもどのような法律で、何を目的に制定されたのでしょうか。
日野 「公益通報者保護法」は企業や組織の不正行為などを通報した従業員などを保護するために2006年に施行された法制度です。当時は大きなニュースになったので記憶されている方も多いと思いますが、2000年から2002年にかけ、雪印食品の牛肉偽装や、三菱自動車のリコール隠し問題が組織内部の労働者から、外部に内部告発があり、発覚しました。2例とも消費者の安全・安心を損なう恐れのある大きな不祥事でしたが、当時は内部告発者を保護する法律がなかったため、イギリスの公益通報者保護法である「公益情報開示法」を参考にしながら、通報者が保護される要件を明確にしたのが、この法律の意義でした。声を挙げた通報者の保護に加え、内部通報制度を通じて企業の不正行為や違法行為を早期に是正させるコンプライアンス体制の整備をすることによって、国民の安心と、安全な社会を作っていくことが、法の趣旨となります。
――成立から約20年が経過しましたが、さほど認知度が高まっていないようにも思えます。
日野 おっしゃるように、消費者庁の統計をみても、まだまだ認知度は上がってないのが実態です。2016年の調査となりますが、「公益通報をよく知っている」と回答した労働者はわずか4%。「名前は聞いたことがある」が22.2%で、 約6割の方々が認知されていませんでした。2023年の調査でも、従業員数300人以上の企業に勤める従業員を対象に「通報窓口を知っていますか?」という調査を実施していますが、「よく知っている」、「ある程度知っている」が約4割にとどまりました。従業員数の少ない企業ほど、認知度はさらに低くなる傾向にあります。
■内部通報制度の理解度
消費者庁が実施した内部通報に関する意識調査(就労者1万人アンケート) 結果
――労働環境に問題がある場合「労基署に訴える」という印象があります。公益通報と労働基準法との違いや、使い分けについて教えていただけますか。
日野 労働基準法の中にも、公益通報者保護法とは別枠で、申告制度が設けられています。これは労働者の権利を守るための制度で、例えば残業代を支払ってくれない、年次有給休暇が取得できないなど、労働基準法違反があった時に、労働者が声をあげやすいよう、行政機関である労働基準監督署に申告できるルートをつくっています。
対して公益通報者保護法は、労働問題の他、消費者問題や環境問題などの違法行為を対象とするもので、労基の申告内容と重複することもありますが、制度上は別枠になります。日本の法律は約2,000本ありますが、そのうち約500本の国民の生命・身体・財産等の保護に関する法令に規定する直接に刑事罰又は過料が科せられる違法行為などに対応する制度が公益通報者保護法です。
通報対象となる事実に関して、処分または勧告等をする権限のある行政機関への通報については、労働条件や労働環境に関する通報が多く、具体的には、労働基準法や労働安全衛生法に関連する通報が最多となります。公益通報者保護法はもともと消費者の権利の擁護を念頭に置いてスタートした法律ですが、公益通報者保護制度としても、労働問題の事案が多い印象です。
兵庫県知事の問題では「なぜパワハラが公益通報にならないのか」といった議論が盛んになっていますが、法律が対象としている保護範囲とのギャップが生じているように思います。パワハラも刑法に抵触するレベルであれば公益通報の対象になる余地はあるのですが、パワハラに関して規定している労働施策総合推進法は対象法律ではあるものの、犯罪行為あるいは過料対象行為など法令違反行為とされていないため、通報対象事実に該当せず、その結果、公益通報に該当しないことになります。
■消費者庁がHPで公開する公益通報者保護制度の動画
――その兵庫県知事の一連の疑惑の中で1番の問題はどこにあるとお考えですか。
日野 公益通報者保護法の定める「公益通報」だという意識が足らなかったのが問題だと思います。3月12日に、元西播磨県民局長(7月に死亡)が、知事によるパワハラやいわゆる「おねだり」疑惑などを報道機関や県議会等へ通報した後、改めて県庁の公益(内部)通報窓口へ通報しています。元西播磨県民局長は、報道機関等に対しては自身の名前を明かさずに匿名で通報したわけですが、知事がその文書を知人から入手した後、副知事(当時)に対して調査を指示し、元西播磨県民局長の公用メールを確認したり、パソコンを回収したりして、犯人探しを始めるわけです。
そもそも外部通報先ではない県庁が通報対象となる知事自身が告発文を入手し、その後に調査指示を行うこと自体、制裁ありきの感は否めません。告発文を入手した時点で、公益通報者保護法で保護される余地があるといった基本的な理解がなかったのではないかと思います。通報対象が知事自身ですから、自分は関与せず、独立した形での調査を指示すればよかったわけです。告発文を入手した後、自身の不正の疑惑が記載されているのであれば、中立・公平性のある調査に回すべきですし、仮に指示してしまうと恣意が働き、周囲の幹部も忖度することにつながります。知事自身が告発文を入手している以上、揉み消しかどうかはわかりませんけれども、早く煙を消したいという焦りはあったと思います。ここまで事が大きくなったのは、公益通報者保護の基本的理解の欠如、初動対応の誤り、拙速な恣意的判断、この3つが主な要因と見ています。