アメリカの7月の失業率が上昇したことで注目を集めているのが「サーム・ルール」。これは2007年から2019年まで米連邦準備制度理事会(FRB)に勤務していた経済学者のクラウディア・サーム氏が考案した景気後退指標で、その正確性でも知られている。
先日、三井住友DSアセットマネジメント シニアリサーチストラテジスト・相馬詩絵(そうま ふみえ)氏から関連リポートが届いたので、概要を紹介したい。
ポイント1:金融市場はシグナル点灯に直面
2024年7月の非農業部門雇用者数(雇用統計)は市場予想に対し弱い数字を示し、失業率も上昇した。今般金融市場で注目されている「サーム・ルール」の基準値にも到達し、ついに米国景気は後退期に突入した、という見方が強まっている。
「サーム・ルール」は元米連邦準備制度理事会(FRB)のエコノミストであるサーム氏が2019年5月に発表した推計式で、失業率の過去3か月平均の値が、過去12か月の最低値を0.5ポイント上回ると景気後退期開始の目安になるというもの。
8月初めに発表された7月の失業率は4.3%となり、「サーム・ルール」による値は0.53ポイントとなった(図表1)。FRBの利下げ開始に向け、景気後退期開始のサインを警戒していた金融市場にとっては、まさにシグナル点灯の瞬間だったと言える。
しかしながら、足元の統計はゆがみが生じやすい状況だったと見られる。その原因の一つとして、ハリケーンの発生があげられる。
■ポイント2:ハリケーンが一時的な下振れ要因となった可能性
7月、米国の南部地域をハリケーン「ベリル」が襲い被害をもたらしたのは、雇用統計の集計期間中だった。そうした中で、米国労働調査局(BLS)が今回の統計には「ベリル」の影響はなかった旨を説明したこともあり、金融市場は軟調なデータ、とりわけ「サーム・ルール」の発動を額面通り受け取ったとも考えられる。
しかし、統計の内訳を見てみると、悪天候による就業不能者の数が、平年の同月と比べて大幅に増加しており(図表2)、一時的な解雇者数も増加している。
また、週次で発表されている新規失業保険申請件数では、ハリケーン当該地域における申請が増加している傾向が見られた。
このような状況を考慮すると、やはり7月の雇用統計には、一時的な下振れ要因が含まれていた可能性がある。金融政策を占う重要な局面下、機械的なルールを当てはめて判断するには、やや適さないタイミングだったと言えるかもしれない。
■今後の展開:米国景気は軟着陸(ソフトランディング)、FRBも利下げ開始へ
足元では、雇用統計の年次改訂が大幅下方修正される、との懸念がリスクオフ局面につながった。「サーム・ルール」の影響も相まって、金融市場は米国雇用情勢に対して引き続き敏感になっていると見られ、9月の連邦公開市場委員会(FOMC)における大幅利下げ(0.50%)実施の見方も残っている。
一方、雇用の基調自体を見ると、確かに鈍化傾向ではあるものの、急減速までには至っていないと思われる。
先日開催されたジャクソンホール会議において、パウエル議長は「政策を調整する時がきた」とし、利下げ開始の意向を更に明確に示した。
今後公表される8月の雇用統計などを見極める必要はあるが、三井住友DSアセットマネジメントでは、FRBが9月に0.25%の利下げを実施し、年内に3回、合計0.75%の政策金利を引き下げると予想している。
構成/清水眞希