「時は金なり」というシンプルだが揺るぎない格言に則り、限られた時間をぜひとも有効に活用したいものだが、そこには無視できない“落し穴”もありそうだ。最新の研究によれば、動画コンテンツ消費において“タイパ”を追求すると皮肉にも退屈が増すことが報告されている。
動画の早送りと“つまみ食い視聴”で退屈感が増す
すでにこの世には1人の人間が一生かけても読破できない書物があり、同じくネット上は無数のデジタルコンテンツで溢れかえっている。
それでもできる限り多くの有益な情報を入手したいと考えるのは自然な知識欲であるが、そのためのライフハックとして“速読”や“早送り”などが意識されてくるかもしれない。
特に若いZ世代(おおむね1990年代後半から2000年代に生まれた世代)は、映画やドラマなどの動画コンテンツを倍速で視聴するなど、タイムパフォーマンス(タイパ)を強く意識しているとよくいわれている。
限られた時間を最大限に有効活用したいものではあるが、しかし新しい研究によると、退屈しのぎに動画コンテンツをデジタルスイッチング(digital switching、動画の短い断片を見たり早送りしたりすること)すると、実際にはさらに退屈になり、コンテンツに対する満足度や関心が低下する可能性があるという。
カナダ・トロント大学の研究チームが今年8月に「Journal of Experimental Psychology General」で発表した研究では、ネット上の動画コンテンツを早送り再生で視聴したり、一部を“つまみ食い視聴”してすぐ別の動画に移ったりすると、実際には人々はより退屈し、コンテンツへの満足度や関心が低下する可能性があることを報告している。
計7つの実験にアメリカとカナダの大学生1200人以上が参加したのだが、実験前の参加者は総じて暇つぶしの動画コンテンツ視聴において、動画を最初から最後まで全部見るのではなく、早送りしたり、つまらないと感じたら別の動画に移った方が退屈を紛らわせられると予測していた。しかしその思い込みは間違っていたのだ。
たとえば1つの実験では参加者は2つの視聴スタイルで動画を視聴したのだが、まずは早送りすることなく10分間のYouTube動画を視聴した。
次に10分以内に5分間の動画7本を自分本位に自由に見たのだが、この場合はもちろん早送りや“つまみ食い視聴”も自由であった。
視聴後に参加者はこの体験を評価したのだが、1本の動画を最初から最後まで視聴したときの方が退屈を感じにくく、さまざまな動画を“つまみ食い視聴”したときよりも内容に満足感、魅力、意義深さを感じていることが明らかになったのである。
参加者たちも当初は限られた時間の中でさまざまな動画を興味本位に“つまみ食い視聴”するほうが時間を有効活用できると考えていたのだが、実際にはじっくりと腰を据えて1本の動画を視聴したほうが満足感は高くなったのだ。
研究チームはデジタルスイッチングにより、人々はコンテンツ内容を深く理解する時間がないため、動画の内容が無意味に感じられる可能性が高まるからではないかと説明している。
退屈をまぎらわす暇つぶしのための動画視聴で、あまりにも自由に“つまみ食い視聴”し、皮肉にもより退屈感が増してしまうという“落し穴”には陥らないようにしたいものだ。
“手持無沙汰な時間”に短い動画は好都合のコンテンツ
感銘深い優れた映画は鑑賞後にいろいろと考えさせられることがあり、そのことが鑑賞体験をより意義深いものにしてくれる。一方で短い動画コンテンツを次々に“つまみ食い視聴”していればその内容について考えたり反芻する時間はあまりなさそうだ。
内容について考えたり、より深い理解に達する時間は“タイパ”では換算することができない貴重な時間なのである。
すでに数年前から日本の社会にスマートフォンが普及し切った感があるが、電車などの公共の場でも飲食店でも1人でいる者のほとんどがスマホに向き合っているという光景はもはや普通になってしまっている。文字通り“手持無沙汰な時間”にはスマホを手にしていることが標準化してしまったともいえそうだ。
その“手持無沙汰な時間”に人々はスマホで何を見ているのか。もちろんメールやLINEのチェックをしているというケースも多いのだろうが、今やYouTube、TikTok、FacebookなどのSNSで短い動画コンテンツを視聴することは一般的な娯楽となっている。“手持無沙汰な時間”には短い動画は好都合のコンテンツなのだ。
しかし今回の研究が指摘する“落し穴”によって、そうした動画視聴で退屈感が増すことになれば、何のための暇つぶしだったのかという話にもなる。
特に現代社会において退屈を軽視してはならず、退屈によって引き起こされる落ち着かない気持ちや空虚な気持ちを打ち消すために、多くの人があらゆる手段を講じていることがわかっている。
退屈を避けるために場合によっては、楽しみのために他人を傷つけたり、衝動的に買い物をしたり、自分に電気ショックを与えたり、極端な政治的志向を支持したり、非生産的な作業に固執する可能性があることがこれまでの研究で確認されており、またスマホの過度な使用は退屈を増大させ、社交の場での楽しみを損なうことも指摘されている。
今回の研究でもデジタルスイッチングは退屈の関連原因であり、精神衛生に悪影響を及ぼす可能性が示唆されており、慢性的な退屈は、うつ症状、不安、サディスティックな攻撃性、リスクテイキングと関連しているとの言及もある。スマホを利用し過ぎることで退屈をこじらせてしまう愚を避けたいものだ。
※研究論文
https://www.apa.org/pubs/journals/releases/xge-xge0001639.pdf
※参考記事
https://www.apa.org/news/press/releases/2024/08/online-videos-boredom
文/仲田しんじ