コロナ禍以降、若年層女性を中心に幅広く浸透している「推し活」文化だが、実際に推し活に‶ハマるまでの心理〟について調査した事例は少ない。そこで電通の女性特化型プランニングチーム「GIRL’S GOOD LAB」が、独自の調査をもとに推し活に関するインサイトや態度変容モデルを分析したレポート「イマドキ女子の推しインサイト」を発表した。この調査をもとに策定した5段階の「推しモデル」、そしてその活用方法とは。
GIRL’S GOOD LAB
2010年に発足した「電通ギャルラボ」を前身とする、電通社内有志のチーム。若年女性を中心とする生活者が「いいね」と思える社会の変化(=GIRL’S GOODと定義)を生み出すことを目指し、広告、商品開発、ビジネス戦略策定、社会課題解決など、さまざまな領域で顧客企業を支援している。
辰野アンナさん
CXクリエーティブセンター PRプランナー
入社以来PR視点でのクリエーティブ開発や情報開発設計を担当。女性インサイト分析を強みとした幅広いソリューション立案を行っている。幼少期からアイドル好きで、現在はハロープロジェクト所属のアイドルグループ『つばきファクトリー』の河西結心さん推し。
川畑茉衣さん
第3マーケティング局 コミュニケーション・プランナー
女性向け商材のコミュニケーションプランニングやメディアと連携したコンテンツ開発、インフルエンサー施策やイベントの企画プロデュースなどを担当。自身はこれまで特に推し活の経験はなかったが、直近Netflixのボーイフレンドにドハマりし、箱推し中だそう。
飯野朝美さん
第8マーケティング局 マーケティング・コンサルタント
社会やターゲットのインサイトを感性的に捉える右脳なプランニングと、データを活用した左脳的なプランニングの掛け合わせを強みに、ティーン・ミレニアル世代・女性向けコミュニケーションや、アウトプットまで一貫した戦略プランニングを多く担当。男性アイドルをライトに推す。
推し活は若い世代にとって自分を形作るステータス
――GIRL’S GOOD LABとはどういった組織なのでしょうか。
辰野:電通の中で唯一、女の子に特化した部署横断的な組織です。特に10代から20代の女性はトレンドの起点になることが多く、この世代の流行を調べることがマーケティングにおいて重要です。しかし社長などの決裁者はもっと上の年代であることが多く、その世代に寄り添った分析や判断は難しい。そこで我々がその間を取り持ち、女の子たちのリアルな考え方やトレンドに基づいた支援やソリューション開発を行なうことをミッションとしています。
飯野:今回着目したのが、コロナ禍以降において若年女性の消費活動を代表する言葉でもある「推し活」です。今でこそ30〜40代でも推し活は浸透していますが、その源流は若い子たちの高い熱量です。
そこで10代にフォーカスして、そもそもどうやって推しにハマっていくんだろうという心理的な変遷を紐解こうと考えました。そこを知ることで、どんな要素が彼らをそこまで没頭させ、夢中にさせるのか、理解するためのヒントが隠れているのではないか。それが今回の狙いです。
――推し活に関する調査ということですが、みなさんは推し活はされているのでしょうか。
川畑:実はこれまで全く推し活をしたことがなくて(笑)……そこまで熱中したものもなく、ある意味客観的な目線で今回調査を行ないました。
飯野:私は男性アイドルにハマっているのですが、結構ライトな推し方です。辰野が一番深いかも(笑)
辰野:幼稚園のころからアイドル好きで、ずっと追いかけています。最近だとつばきファクトリーの河西結心さんが推し。でも、自分の中でこれが推し活だと自覚したのはつい最近ですね。ライブに行ったり、新曲の発売週に広告を見に行ったりみたいなことはしていたのですが、推し活という言葉が流行るにつれて「あ、これって推し活だったのか」と気づきました。
――われわれ上の世代でも、10代の頃には好きなアイドルやタレントがいて、応援したりグッズを買って楽しんだりしていたと思うのですが、それと今の推し活では、何が違うのでしょうか。
辰野:本質的には近いものだと思いますが、昔よりも応援や共感といった要素が強いように感じます。
川畑:Z世代以降はセルフブランディングが必要な世代と言われていて、推し活の盛り上がりもその流れを汲んでいると思います。推しを公言することで「〇〇を応援する私」という周りからの見え方を意識しているように見受けられます。昨今流行しているMBTI診断もそうですが、わかりやすく自分の個性を表現できるステータスの一つににもなっています。
飯野:個性に加えて、日々の遊びとも紐づいていますよね。アクリルスタンドなどを持ってカフェに行き、ラテアートと一緒に並べて写真を撮りSNSに投稿する、までが一つの遊び方で余暇の過ごし方になっている。推し活は自身のステータスであり、一つのライフスタイルになっています。
イマドキ女子は「沼りやすく、発信までがセット」
――今回の調査では、10代女性のおよそ9割に推しがいるということが明らかになりましたが、若年女性が推しにハマる心理はどういったものなのでしょうか。
川畑:本調査をもとに、推しへの出会いから推し活に至るまでの移り変わりについて、5つのステップに分解した態度変容モデルを作成いたしました。
ステップ1は推しとの出会いです。まずはテレビ番組やドラマ、家族や友達との会話を通して知るというケースが多いみたいですね。ステップ2は対象が気になりSNSで調べるうちに、新たな一面を発見してさらに好きになる、というものです。そしてステップ3で自分にとって大切な存在だと自覚し、推しと認定し、ステップ4以降は推し活として様々なコンテンツや情報を追いかけたり、自分から発信したりするようになります。
――ステップ2の「沼る」とステップ3の「自覚する」ではどう違うのでしょうか?
飯野:大きく違うのは「自分をポジティブにさせてくれる」という点でしょう。例えば部活や勉強がうまくいかないときに、気になっていたアイドルの動画を見て勇気を貰い、推しだと自覚する、などのケースがあります。
川畑:ただ、「推し」という言葉が一般化し、推しがいることが当たり前となっている今、推しへの愛の深さやスタンスは人それぞれですし、複数の推しがいる人だと対象によってその感情移入度にもグラデーションがある。なので、我々は推しを「たくさんの中から自分のものさしで選んだ、自分をポジティブにさせてくれる存在」と定義しています。
――アイドル推しである辰野さんから見て、ご自身の過去の経験とこの5つのステップはどの程度リンクしているものなのでしょうか。
辰野:まさにこの5段階のステップをたどっているように感じます。ただ、今はステップ3までのハードルがとても低くなっていますね。昔はコンテンツを漁ろうと思っても雑誌を買うなどお金がかかっていましたが、今は無料で提供されるコンテンツが格段に増えているし、TikTokのような動画SNSはアルゴリズムのおかげで類似コンテンツが次々流れてくる。受動的でも沼にハマっていけるというのが今の良さですね。
飯野:ステップ3から4への移行に関しても、昔と今だとちょっと違うかも。コンテンツの消費速度が非常に上がっているので、推される側にも動画やグッズなどのコンテンツを定期的に提供することが求められています。
辰野:逆もまたしかりで、コンテンツがありすぎても追いつけなくて離脱する人がもいます。お金や時間をかけないとコンプリートできないから、自分のペースに合わせた推し活を選ぶ人も増えています。
川畑:ステップ4と5がセットになっているのも、今の若年女性の特徴だといえます。冒頭で説明したセルフブランディングの側面もありますが、推し活している自分を発信したいし、それが楽しいと感じているのが今の時代ならではだと思います。
企業が大事にするべきは好きになってもらうまでのプロセス
――今回の分析をもとに、クライアントのマーケティングやブランディングの相談にどのように繋げようと考えているのでしょうか。
川畑:この態度変容モデルはコンテンツだけに限った話ではないと思います。企業にとって、サービスやブランド、企業が推されることって凄く嬉しいゴールだと思うんですよね。そこに至るまでの必要なものをチェックするためにこのモデルは有用だと考えています。
飯野:企業の目線だと、収益が生まれるのはステップ4以降なので、ついそちらに目を向けがちなのですが、好きになってもらうまでのステップ1から3が実は重要なんです。これまでその過程について言語化した事例は少ないので、うまく活用できればと思います。
――企業はどのような形でステップ3まで消費者を誘導すればいいのでしょうか。
辰野:若年女性の目線で考えると、ステップ1では顔がかっこいい、かわいいといったインターフェースの情報が大きく、ステップ2では表には見えない一面やギャップといった内面的な情報がきっかけになります。この考え方をそれぞれの企業に当てはめる形で応用できるのではないでしょうか。
川畑:Appleやスターバックスコーヒーのようなグローバルで若者に受け入れられているブランドは、このモデルケースだと思います。ビジュアル面での良さを持ちつつ、新商品やニュースを定期的に供給してくれる。それだけでなく、企業哲学など内面的な良さも持ちつつ、発信することが一種のステータスにもなる。ステップ1から5まですべてを兼ね備えている企業といえます。
飯野:企業さんのお悩みを伺って分解していくと、やはりステップ1から3について課題を抱えていらっしゃるケースが多いと感じます。上記のようなアプローチで、推されたい商品やサービスにどうやってときめかせハマってもらうかを一緒に解決していくのが、これからの我々の課題であり新たなミッションです。
***
消費者の趣味嗜好が多様化した現代では、従来のように広告を打つだけでは消費者がなびきにくくなっている。いかに知ってもらい、好きになってもらうかが重要だ。GIRL’S GOOD LABが行なった今回の調査では、推し活にハマるまでの消費者の心理が可視化されただけでなく、SNSと切っても切れない関係にある現代のマーケティングやブランディングにおいて一つのスタンダードとなる考え方が言語化されたといっても過言ではないだろう。
取材・文/桑元康平(すいのこ)
1990年、鹿児島県生まれ。プロゲーマー。鹿児島大学大学院で焼酎製造学を専攻。卒業後、大手焼酎メーカー勤務などを経て、2019年5月から2022年8月まで、eスポーツのイベント運営等を行うウェルプレイド・ライゼストに所属。現在はフリーエージェントの「大乱闘スマッシュブラザーズ」シリーズのプロ選手として活動中。代表作に『eスポーツ選手はなぜ勉強ができるのか』(小学館新書)。
撮影/干川修