【勝手にブック・コンシェルジュ 第11回】フワちゃんさんを「発達障害」と決めつけた皆さんに、柴崎友香『あらゆることは今起こる』を
8月1日、お笑い芸人のやす子さんがX(旧Twitter)に「やす子オリンピック 生きてるだけで偉いので皆 優勝でーす」と投稿したところ、タレントのフワちゃんさんがよほど虫のいどころが悪かったのでしょうか、乱暴な言葉を返したことから大炎上。ニッポン放送は9日に公式サイトで「フワちゃんのオールナイトニッポン(ZERO)」からフワちゃんさんを降板させると発表し、ご本人も11日に更新したXで芸能活動休止を告げました。
でも、今回わたしが本をおすすめしたいのは、やす子さんやフワちゃんさんにじゃありません。批判が昂じた挙げ句(というか、批判が楽しすぎて興奮するあまりでしょうか)、「フワは発達障害だから仕方ない」「遅刻癖や言っちゃいけないことを口走るのは発達障害の特徴だから」などと、フワちゃんさんを発達障害と決めつけて悪口を垂れ流すことで、生半可な知識を振り回すことで、発達障害を抱える人たちを貶めた皆さんに、わたしはこの本をお読みになることをおすすめしたいのです。
柴崎友香の『あらゆることは今起こる』(医学書院)。
『あらゆることは今起こる』
柴崎友香
医学書院
厚顔無恥無知な人間になってはいないか
睡眠障害が悪化して仕事にも支障をきたすようになったため、20年来気になっていた発達障害の診断を受けたのが2021年の9月。いくつものテストや検査や面談を経て、小説家の柴崎さんはADHDだと告げられました。
フワちゃんさんを憶測で発達障害と決めつけた方々はおそらく、「落ち着きがない、片づけられない、遅刻や忘れ物が多い」のがADHD(注意欠如多動症)で、「人の気持ちを察せない、場の空気が読めない」のがASD(自閉スペクトラム症)程度の雑な知識しかなかったのでしょうね。もしかすると、ネットに転がっている10程度の質問に答えるだけで発達障害の傾向があるかどうかを診断するような代物を試して、「やだー、傾向あるみたーい」だの「よかった! 全然フツー」だの一喜一憂したこともあるやもしれません。でも柴崎さんのこの本を読むと、発達障害やADHD、ASDと診断がついたり傾向があったりする人の、その〈特性や表れ方も、困っていることも困っていないことも、すごく多様〉だということがよくわかるのです。
たとえば柴崎さんの場合は、〈脳内多動〉。
〈とりあえず、常に複数の考えがランダムに流れ続けているし、なにか外からの刺激があるとさらに次々に思い浮かぶ〉
そのせいで、乗り継ぎでどこかに向かう時も途中で1回でも予定どおりにならないと、頭の中であらゆる選択肢が渦巻いて動けなくなってしまう。でも、柴崎さんのそんなあたふたした状態も外から見れば単なる改札の前でぼーっと突っ立っている人なんです。いわゆる「多動」には見えません。生半可な知識でADHDは「落ち着きがない」と決めつけている人は、このエピソードひとつとっても目からウロコなのではないでしょうか。
コンサータという薬があって、ADHDの人がこれを服用すると「頭の中がすごく静かになった」という効果が得られることが多いのだそうですが、柴崎さんの場合は36年間ずっと悩みの種だった眠気と睡眠障害からの解放でした。
その他にも「コミュニケーションの線が2本になると脳がフリーズしてしまう」とか「話が飛びがち」とか「人に助けを求めることができない」とか「スクリュー型の蓋が閉めにくい」とか「服を後ろ前逆に着てしまう」とか、柴崎さんは自身の特性や困っていることをたくさん具体的に挙げることで、「発達障害」がひとくくりにはできない人それぞれの脳の特性であることを明らかにしていくんです。
わたしが個人的に大変興味深かったのが、神経伝達物質であるドーパミンにまつわるくだりでした。ADHDに関する本では、このドーパミンが働かない現象は「脳の報酬系がうまく働かない」と表現されていて、たとえば掃除をするとすっきりするから次もがんばってやろうと思えるのが「報酬系が働いている」状態なのだけれど、柴崎さんの場合はそのすっきり感がないばかりか〈「イヤ度」のほうが積み上がっていき、一つ一つの行動をやり始めるときのハードルが上がってしまう〉。
そのことについて考える柴崎さんは〈蓋を閉めるとか棚に戻すとか一つ一つにインセンティブが必要ってことなんやろなあ〉と思いが至り、「incentive」をスマホの『ジーニアス英和・和英辞典』に入力します。
〈「incentive【原義 …に対して(in)励ましの歌を歌う(cent)誘因となる(ive)】」
と表示された。
それやん!!
「励ましの歌を歌う」!!
私の脳は、励ましの歌を歌ってくれへんのやわ。
励ましの歌、必要なんやわー。〉
で、柴崎さんはこの〈励ましの歌コーラス隊〉の発見をもって、ADHDの〈先延ばし癖と言われたり、集中の難しさだったりする〉特性に対し、さらに理解を深めていくんです。わたしも掃除や洗濯、入浴といった日常生活のあれこれを「面倒臭い」のひと言で先延ばしにしてしまうので、柴崎さんの考察に脳が「!」と反応しっぱなしでした。
〈定型の人〉がいろいろであるのと同じく、ADHDの人の感じ方や在りようもまたさまざま。この『あらゆることは今起こる』という本の中で、柴崎さんが幼少期から経験してきた自身にとって困難なことや状況を丁寧に語り起こしてくれるおかげで、読者はADHDの多様性に気づかされ、関心を深めていくんです。
〈他人は自分と感覚が違う。世界を認識する仕方が違う。自分は自分しか体験できない。人の感覚を、認識を体験してみたい、絶対できないからすごく体験したい、という興味と欲望は、どうやら私の根源的なもので〉と語る柴崎さんは、だから小説を書いているのでしょう。ADHDという自分の傾向と真っ直ぐ向き合うこの本は、だから期せずして柴崎文学の美点を明かすものにもなっています。それもまた、本書の貴重な“特性”なのです。
フワちゃんさんを発達障害と決めつけ、その決めつけの文言の浅はかさによって発達障害当事者を傷つけた皆さん、どうかあなたがたの脳内の〈励ましの歌コーラス隊〉が『あらゆることは今起こる』を手に取らせてくれますように。無知は罪。厚顔無恥無知な人間にならないためにも、是非熟読を!
文/豊崎由美(書評家)