コーヒー豆をブレンドするように、塩を自分好みにブレンドできる
星の数ほどある調味料の基本中の基本といえるのが、塩。スーパーの棚にはさまざまな塩が並んでいるが、「どれが一番好みか」と聞かれても正直、味の違いがよくわからない。「自信を持って、『自分が一番好きな味の塩はこれ!』と言えるようになりたい…」と、長年思ってきた。そんな時耳にしたのが、自分好みの塩をつくれるワークショップ体験ができる店がオープンしたというニュース。もしかしたら、そこに行けば、自分はどんな塩が好みなのかわかるかもしれない…!さっそく訪れて、挑戦してみた。
店の名前は「ぐるぐるしゃかしゃか」。東京ソラマチ4Fに2024年7月11日オープンしたばかりだ。600パターンにもなる塩のブレンドレシピのなかから、その人にぴったりの1レシピを提案し、持ち帰り用の塩約100gをその場でブレンドできる「塩をつくる体験」を提供している。時間は約30分で、料金は税抜き2,700円。
「ぐるぐるしゃかしゃか」(東京都墨田区押上1丁目1-2 東京ソラマチ4F) 営業時間:10:00~21:00
この日、ナビゲートしてくれたのは、同店を監修した一般社団法人日本ソルトコーディネーター協会の代表でソルトコーディネーターの青山志穂氏。「このお店ではお塩を単品でお渡しするのではなく、おいしいソースを作るような感じでお塩同士をブレンドしていき、600パターンのブレンドレシピの中で一番恵美子さんにぴったりのお塩をこれから探して、持って帰っていただきます」(青山氏)。
一般社団法人日本ソルトコーディネーター協会の代表でソルトコーディネーターの青山志穂氏
STEP1…自分の好きな塩の方向性を探る
登場したのは、青い寒天と、5つの塩。この塩は甘味、旨味、酸味、塩味、苦味に特化するようにブレンドされたもの。
「日常生活で、お塩をそのまま食べるということはしませんよね。だから何かに乗せて召し上がっていただきたいんですが、ごはんだとお腹いっぱいになっちゃうし、トマトなどの野菜だと食材の味に引っ張られてしまうので、いろいろ試した結果。無味の寒天で試していただいています」(青山氏)。京都・宝泉堂の黒豆茶で口直しをしながら、ブルーの寒天といっしょに5種類の塩の味比べをしていく。
「甘味」の塩(左)は、確かにまろやかで、塩なのに突き刺さるような塩辛さがない。「旨味」の塩(右)は味に奥行きがある感じで、食べた後に余韻が残り、しみじみおいしいと感じた。
「酸味」の塩(左)は正直、特徴がよくわからなかった…。「レモンのような酸味ではなく、鉄由来の酸味なので、わかりにくい特徴なんです」と青山氏。「塩味」(右)は、少量でも刺さるような強い塩味を感じる。粒子が細かく、溶けやすいからだろうか。
最後の「苦味」は、人によって最も評価が分かれる味だという。確かにそれまでの塩と違うちょっと異質な味わいがあったが、それほど嫌いではない。「すごく苦いお薬を飲んだ時のような反応を示す方もいますし、すごく好きとおっしゃる方もいます」(青山氏)
STEP2…好きな方向性から、ベースとなる塩をブレンド
私が一番好きだと思ったのは「旨味」、次が「甘味」だった。ここで、旨みが一番で次に甘みが来るように、3種類の塩をブレンドする。これがベースの塩になる。
この段階で味見をすると…、
うまい!
塩だけなのに、ほっぺの内側がきゅん!とするような、これまで塩で感じたことがない強い旨みを感じる。「もうこれでいい‼」と思ったが、ここからさらに一番好きな塩のイメージを膨らませていくという。
STEP3…ベースのブレンドに、4つの要素をプラス
「好きな塩のストライクゾーンが定まってきたところで、最終仕上げとなるアレンジ。
「ここからさらに、4つのわがままを言っていただきます。食材に寄せる、食感を変える、色をつける、味を調えるというジャンルから、4つ、選んでみてください」(青山氏)
「食材に寄せる」とは、例えば揚げ物に合うようにちょっと酸味を加えたり、牛肉に合うように少し鉄分を加えたりすることができる。「食感を変える」では、サラサラ、サクサク、ガリガリから選べる。面白かったのは「色をつける」という項目。正直、「料理に使ったらわからなくなるから、そんなに意味ないのでは?」と思っていたが、これが大あり。
例えば赤い塩は赤ワインで着色しているため、赤ワインの香りがほのかに残っている。黄色はレモンなのでレモンの爽やかな香り。意外だったのは「緑」で、笹の香り!「高級旅館の香り、とおっしゃった方もいます(笑)」(青山氏)。つまり、色と同時に香りも加わるのだ。そのほか、ピンクの塩ならまろやかさ、青の塩なら旨味が加わる。
何を選ぶかで、がらりと味が変わりそうで、ここが一番、迷った。ターメリックの香りがする黄色にもひかれたが、「あまりはっきりした特徴があると、いろいろな用途に使える汎用性が低くなるかもしれません」と青山氏からアドバイス。何にでも使える汎用性を担保するか、面白そうな冒険をとるか…。なんだか自分の生き方を問われているような気も…。結局、選んだのは以下の4項目。
上の写真左から、野菜に合う塩・サラサラの塩・ガリガリの塩・黄色の塩。これを全部ブレンドするのかと思いきや、そうではなく、この4種類の味を試せるので、その中から1種類を選ぶのだという。
野菜に合う塩は、旨みはありつつも上品な感じで捨てがたい。また「食感」では、「ガリガリ」が予想以上にガリガリ感が強く、溶けにくそうだったので、最初に排除。薄い板状の「サクサク」は、舌の上で少しずつ溶け、時間さで塩味を感じる面白さが好みだった。「黄色」のレモンの香りは、少量を舌で溶かす程度だと思ったほど感じない。結果、「サクサク」を選んだ。
塩をブレンドする準備の間の口直しに提供されたのが、「くるくるとんとん」というクルトン。たっぷりのシュガーバターにオリジナルの塩を合わせた塩クルトンだそうで、くせになりそうな絶妙な甘じょっぱさ。「大人気商品なんです。白ワインにも合いますよ」(青山氏)とのことで、帰りに購入。
STEP4…ぐるぐるしゃかしゃかブレンドする
選んだ塩に入っていた3種の塩を、青山氏は不思議な形のガラスの器に入れた。このガラスの器は、もともとはコーヒー豆を焙煎するための耐熱性の道具。胡麻などを炒る「焙烙(ほうろく)」の形をもとにデザインされたものだという。
3種類を入れ終わったら、ぐるぐる回して均一にブレンドする。これが店名の由来となった作業だ。
これで、世界にひとつだけの自分好みの塩が完成。ちなみに私が選んだ塩は、高知県産、山形県産、イギリス産の3種類がブレンドされたもので、すべて海水塩だった。
「こちらの高知県の塩は、海洋深層水ですごく旨みが強いお塩です。山形県産のお塩は、酒田市で海水を釜に入れて薪でグツグツと煮詰めて作っています。手間がかかりますが、旨味と甘味がしっかりあるので逆に塩味もしっかりあるという、非常にバランスのいいお塩なんです。最後の、『サクサク』で選んだイギリス産のフレーク状のお塩は、英国王室御用達のお塩。」(青山氏)
ワークショップを体験した人のデータはカルテ化されて保存されるため、同じ塩が欲しい時は、カードに記された番号か、名前と誕生日で、同じ塩を購入可能(200g1500円のリピーター料金)。
きっかけは、梅干し作りに最適な塩「梅子」
同店をプロデュースしたのは、同じソラマチ4階の「立ち喰い梅干し屋」や、浅草の「梅と星」など、「梅干し」に特化した店を運営している株式会社バンブーカット。
きっかけは2018年に、だれでもおいしく梅干しづくりができるキット「梅子」を開発したことだった。同社の竹内順平代表は、青山氏に、梅干しづくりに最適な塩の監修を依頼。当初は、青山氏が所持している約2000種類もの塩の中から最適な塩を選んでもらうつもりでオファーしたが、青山氏から「作ってしまいましょう」と提案され、国産の塩を4種類ブレンドして「梅子の塩」を作った。
「ぐるぐるしゃかしゃか」の向かいにある「立ち喰い梅干し屋」は、16種類の梅干しを自然製法茶と一緒に立ち喰いスタイルで味わえる店
「立ち喰い梅干し屋」の飲食コーナーは、行列ができるほどの人気
この「梅子の塩」のおいしさに感動した竹内代表は、普段使いの塩としても愛用するようになり、「なんて万能な塩なんだ!」と青山氏に伝えた。だが青山氏は、「梅子の塩」は梅干し作りに特化してブレンドした塩なので、万能ではないのに…」と不思議に思ったという。
そこで竹内代表が「万能な塩だ」と感じた理由を二人で追求するために、竹内代表が今回のような塩のテイスティングをした結果、「梅子の塩」が竹内代表の好みに寄り添うものだった、という結果になった。とすれば、その人の好みを同じように知ることができれば、竹内代表と同じ感動が味わえる塩をつくることができるのではないかと考え、同店を企画。そこから構想2年、世界初の「ブレンド塩づくり体験」ができる店をオープンさせた。
取材前は「塩のワークショップなんて、マニアックすぎてお客さんが入るのだろうか」と思っていたが、平日なのに、ワークショップを希望するお客さんが途切れない盛況。女性が多いかと思いきや、足を止めて商品をガン見していく男性客も多かった。
そういえば2024年7月8日、渋谷ヒカリエの裏手に開業した「渋谷アクシュ」内の「塩・酒・肴 中井商店」も、各テーブルに10種類の塩が並んでいて、自由にかけて楽しめるというスタイルが人気を呼んでいる。もしかしたら今、塩ブームが静かに押し寄せているのかもしれない。
日本橋の老舗塩問屋「中井商店」の新業態の日本料理店「塩・酒・肴 中井商店」。「いろいろな塩が楽しめる時代になったので、ぜひ食べ比べて欲しい」というコンセプトそのままに、各テーブルやカウンターには10種類の塩が用意されている
取材・文/桑原恵美子
取材協力/株式会社バンブーカット