見た目は透明だが、間違いなく醤油の味がする商品が日本のみならず、世界を騒がせている。
この「透明醤油」は2019年、熊本県の老舗醤油メーカー「フンドーダイ」が創業150年の記念商品として開発した新世代の醤油。
『醤油は黒い』という常識を覆したそれは、たとえ衣服についてもテーブルにこぼしても、透明ゆえ汚れも目立ちにくい。
なのに、味はと言うとさらっとしていてコクがあり、食材や料理の鮮やかさを邪魔することなく美味しさを引き立たせてくれる。そんな魅力満載の透明醤油は発売後、すぐ話題になり「フンドーダイ」を代表するヒット商品となった。また、今年7月には「透明すぎる料理店」と題したイベントを東京浅草で開催。
透明すぎる 「トマトのカプレーゼ」や「トリュフ風味のカルボナーラ」、「ポテトチップス透明醤油味」、「透明プリン」など透明醤油を使った斬新なコース料理で人々を驚かせた。
濃口醤油から作られたという透明醤油はいかにして生まれたのか?狙うは海外市場とも語る「フンドーダイ」広報の横森さんに開発秘話を聞いた。
なぜ「透明化」を実現できたのか?
――透明な醤油を作ったきっかけから教えてください
「弊社創業150年記念商品として、今までにない振り切った醤油、新しい斬新な調味料、フンドーダイの顔となる商品をお届けしたいという想いから開発がスタートしました」
「そもそもは企画を託された商品開発のメンバーが、保育園児が醤油で衣類を汚す姿を目にし、『汚れない醤油があればいいのでは』と思ったことがきっかけなんです」
商品開発メンバーの体験を機に開発された醤油界の革命児。
だがここで気になるのは、なぜ「透明化」を実現できたのか?という点に尽きる。黒い醤油を透明にした技術に迫りたいところだが…
「透明醤油のベースは原料である大豆、小麦に食塩を加え、酵母菌や乳酸菌をはじめとする微生物の力で発酵させてつくる濃口醤油なんですが、まずは一般的な本醸造濃口醤油をつくってから、弊社独自の技術で透明化処理を行い、黒い要素を分離させるんです」
「詳しい技術については企業秘密のところもありますが、いわば一度つくった濃口醤油からアルコールや塩分を抜く、引き算の技術を応用して黒い要素を抜き、最後に味を調えて透明化処理に成功しました」
狙うは世界!海を越えて愛される醤油へのこだわり
透明醤油は見た目のインパクトも去ることながら、和食のベースとなる基本調味料、醤油の可能性を拡げた。
2019年に販売を開始した透明醤油は、5年目となった2023年度も国内外合わせて前年比1.6倍を超える販売の伸び率を記録。
特に海外からの注目度が高く、イギリス、イタリア、スペイン、そしてフランスではミシュランの星獲得レストランにも導入されている。
また、アジアではシンガポールを中心に透明で洗練された新しい調味料として認知を広げ、最近取り組みを始めたアメリカでは、既に知られている黒い醤油と差別化した逸品として紹介されている。
国境を越え、西洋料理など世界各国の隠し味としてもつかえる旨味調味料となった透明醤油。既存の醤油には考えられなかったレシピも実現できる。
たとえば、透明醤油とオリーブオイル、レモンなどでソースを作れば、美しい「魚のカルパッチョ」が完成し、透明醤油でみたらし餡を作れば、写真のような今までにない不思議な「みたらし団子」を生み出せてしまう。
透明醤油を使った詳しいレシピは公式サイトでチェックして欲しいが、この武器を携え「フンドーダイ」が狙うは、大きな可能性を秘めた海外市場だ。
少子化による人口減少に加え、家庭での料理時間も減ってきている。それに伴い、調理済食品を使う傾向が増えている今、醤油をつくり続けてきた老舗は世界に眼を向けていた。
「基礎調味料の消費は下降しており、国内のみでは将来も減少していく流れになります。透明醤油は海外の方からは「醤油」というよりも『旨味調味料』としてとらえていただいており、日本食の「UMAMI」を手軽に料理に使える点が評価されていると感じています」
透明で水のようであり、しかし確かな醤油の美味しさを感じられる「透明醤油」。世界で活躍する柔軟な料理人たちは、アイデア料理や創作料理に積極的に使用している。
「透明醤油は見た目だけではなく、煮物系や漬けメニューなどの料理も色鮮やかにしてくれます。醤油のもつ「塩味」と「旨味」をしっかり伝えられる調味料としておすすめしたい逸品です」
今後、汚れづらいというメリットと共に素材の色目を鮮やかに映し出せる調味料としてさらに活用されることだろう。
日本の醤油の未来は明るいのか?老舗が生き残るための秘策
「フンドーダイ」は明治2年の創業時から受け継ぐ酵母菌、乳酸菌などの発酵に欠かせない微生物を大切にしながら、最新の技術を駆使して、時代の変化、嗜好の変化に合わせた醤油づくりに取り組んでいる。
全国でも数少ない生揚げ醤油からつくり続けているが、日本の食文化をささえる醤油の未来についてどう考えているのか?
「ユネスコ無形文化遺産として日本食が注目されてインバウンド需要も増加し、日本食への関心も高まっています。そんな中、甘い九州醤油も人気になっていると実感しています」
「醤油というと濃口醤油が海外でも一般的ですが、その濃口醤油に甘さを加えた九州醤油は海外でもポピュラーな照り焼きやすき焼き、焼き鳥などの味わいで好まれているようです。フンドーダイでも甘口の九州醤油商品もご紹介していく考えです」
――今後、日本の醤油業界がやらなければならないことは?
「世界から注目されている醤油は、今や国内生産だけでなく海外メーカーも競合の状況にあります。日本国内の醤油メーカーにとっては今後、海外発の醤油商品との差別化を図っていく必要があると考えています」
「そのためにも「日本の醤油」として国際規格(コーデックス規格)を、業界としても確立して取り組んでいくことが求められていると思っています」
国内メーカーだけでなく、世界との戦いを強いられている醤油業界。日本発という古からのプライドだけでは太刀打ちできない状況にあるのかもしれない。
その急先鋒となる透明醤油、実は塩分濃度が15%と一般的な濃口醤油の17.5%と比べても低く、塩分が控えめ。これも大きな強みとなるだろう。
透明醤油を「醤油界の色物」などと侮ってはいけない。少子高齢化社会に向かっていく日本での生き残りには、積極的な海外への販路拡大戦略が必要不可欠。老舗の挑戦がこれからも楽しみだ。
取材協力
株式会社フンドーダイ
文/太田ポーシャ