「名選手、名コーチにあらず」なのか
コーチのほとんどは元アスリートであるが、アスリートのこれらの“ダークな”性格特性がアスリートとコーチの関係にどのような影響を与えるかはこれまであまりよくわかっていなかった。
今回の研究はアスリートとコーチの関係に性格特性がどのような影響を及ぼしているかについてもメスを入れている。研究の結果、元選手として“腹黒い”性格特性を持っているコーチほど、同じく優秀で“腹黒い”アスリートと馬が合わない傾向があることが示されたのである。
研究チームは、水泳選手、トライアスロン選手、自転車選手など300人以上のエリートアスリートとそのコーチの性格と関係を、確立された一連の尺度を用いて調査、分析した。
具体的にはコーチがナルシシズムのレベルが高いほど、コーチはアスリートのニーズにあまり応えないことがわかった。またコーチと選手が同じようにナルシシストであれば、お互いをあまり信頼しないことも判明した。しかし2人の間のナルシシズムのレベルの高低のギャップが大きいと、良好な関係を築けることも明らかになった。
コーチのサイコパシーのレベルが高い場合、コーチは選手をあまり好きはでなく、選手にあまり献身せず、選手のために最善を尽くそうとしない傾向が高かった。
一方、サイコパシーのレベルが高い選手は、コーチと一緒の時にあまり安心せず、コーチをあまり尊敬しなかった。
そしてコーチのマキャベリズムのレベルが高い場合、コーチは選手をあまり褒めなかった。一方でマキャベリズムのレベルが高い選手は、献身性が低く、よそよそしく、非協力的であった。
このように総じて選手として勝負強いアスリートであった者はあまりいいコーチにはなれないという「名選手、名コーチにあらず」が心理学の分野からも確かめられたのである。
研究チームのローラ・ヒーリー博士は「私たちの調査は、一部のコーチと選手が協力するのに苦労する理由を示しています。彼らの独特の性格特性により、コーチと選手の良好な関係を築くことが困難になっています」と説明する。
研究者らは、この研究結果は指導的立場にある人々にも広く応用でき、組織はリーダーの性格特性が周囲の人々に与える影響を考慮することで、指導の効果を最大化し、摩擦を減らすことができると主張している。
優秀な選手が名コーチになれないのは、その信念の強さにもあるように思われる。選手時代に築き上げた“必勝法”とでもいうべき自分のスタイルが、必ずしもほかの選手にはフィットしないことがなかなか理解できず、独断的な姿勢を崩せないことが選手との関係にネガティブな影響を及ぼし、選手の育成を難しくさせるのかもしれない。
自分にスタイルや信念にとらわられず“客観性”を見失わないことが指導者に求められているのだろう。またナルシシズムは加齢と共に僅かずつ低下していくことが今年のスイス・ベルン大学の研究で報告されていることからも、指導者としては年季を重ねさまざまな経験を積むことも“円熟”に繋がる道になるのかもしれない。
※研究論文
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S019188692400148X
文/仲田しんじ