動物園・水族館・植物園を専門に撮影取材している動物園写真家の阪田真一(写真家/ライター)が、そこに住む生きものを始め、施設の取り組みや、それに関わる人達の魅力を紹介。
今回紹介する「恩賜上野動物園(おんしうえのどうぶつえん)」では、「ニホンライチョウ」保全目的による飼育繁殖に取り組んでいるのだが、皆さんは「ニホンライチョウ」と言う生き物を知っているだろうか。
登山をする人であれば名前ぐらいは知っているのではないだろう。
「ニホンライチョウ」は北アルプスと南アルプスなどの高山に生息する鳥で、登山者でもなければ日常生活で出会うことは難しい。登山者からは苦労して登ってきたところで出会えるとその愛らしさと神々しさに「神の遣い」とまで言われるほどである。
ただ、現在は「神の遣い」と言われた「ニホンライチョウ」は、地球温暖化などの影響により数が激減。
現在環境省が定めるレッドリストでは「絶滅危惧1B類(EN)」に指定されている。これは一つ上の「絶滅危惧IA類(CR):ごく近い将来における野生での絶滅の危険性が極めて高いもの」ほどではないが、近い将来における野生での絶滅の危険性が高いものという状況である。
動物園の取り組みを紹介する前に、登山者にとって「ニホンライチョウ」とはどういった存在なのか、「一般社団法人 日本アルプスガイドセンター」の代表理事である新美 透(にいみ とおる)さんに話を聞いてみた。
山旅では体力や精神力を維持するためのモチベーションを上げるのに目に見える景色という物はとても気持ちを上げてくれる一つの要素でもある。しかし、山ではしばしば天候の変化によって視界が悪くなることも多い。
実はライチョウは捕食者を避けるため、そんなときを選んで活動をしていると考えられている。
山旅をしていて、視界不良で下がった気持ちで歩いていると、ひょっこり現れるライチョウの姿には何度も気持ちを救われるのだと話してくれた。山旅をする者には、ライチョウはとても貴重で心の支えになる存在なのだ。
「一般社団法人 日本アルプスガイドセンター」では、毎年環境省と協力して『日本アルプスライチョウ観察ガイドツアー』を企画して参加者がこれからライチョウを保全保護活動の主体となってもらうためのきっかけの一端を担えるツアーとなっている。自然の中で暮らす彼らの姿を見て、その存在の尊さを感じたいと思ったら、ツアーに参加することで、日常では感じることのできない達成感とその先の感動が味わえるのではないだろうか。
「ライチョウ観察ルールハンドブック」というものが、サイトで公開されている。また、同サイトではPDF版も配布されているので、あわせて活用してもらいたいとのこと。ライチョウの生体から観察する上での注意事項やマナー。また自然のライチョウを撮影する方法なども収録されたとても内容の充実した1冊となっている。
ガイドブックには、山に登らなくてもライチョウに会える施設として、「恩賜上野動物園」が紹介されている。
ガイドブックを片手に同園を訪れてみるのもよいだろう。
「恩賜上野動物園」のライチョウ保全への取り組み
さて、ここからは「恩賜上野動物園」のライチョウとの関わりについて紹介していこう。
「恩賜上野動物園」のライチョウへの取り組みは2008年6月に、寒冷地に生息するライチョウの、低地での飼育繁殖技術をもつ、トロムソ大学(ノルウェー)へその技術を学びに行くことから始まった。
およそ半月の研修を終え、帰国する際「スバールバルライチョウ」の卵23個を持ち帰る。その後、有精卵であった7個から5個が、同年8月5日人工孵化(ふか)に成功した。
これが国内初の「スバールバルライチョウ」人工孵化事例となり、これが上野動物園でのライチョウ保全の貴重な第一歩となった。
その後、残念ながら3羽が死亡したのだが、孵化したときの映像とその後2羽がすくすくと成長している姿、当時の映像として「東京ズーネットBB うごく!どうぶつ図鑑 スバールバルライチョウ孵化」にて公開されている。
「スバールバルライチョウ」とは、ライチョウの仲間が生息する北半球で最も「北」に生息する種である。
主に、ノルウェーのスバールバル諸島やロシアのフランツ・ヨーゼフ諸島の寒さが厳しいツンドラ気候で暮らしている。
園内では、東園「ホッキョクグマとアザラシの海」エリアでホッキョクグマの屋外展示場とアザラシプールの間に展示スペースが設けられている。
2015年ついに、「恩賜上野動物園」でも「ニホンライチョウ」の生息外保全の推進という目的での飼育が始まった。
これは、「ニホンライチョウ」の生息域の破壊や、温暖化による数の減少が急速に進んでいる実情を把握したことから、2014年に環境省と公益社団法人日本動物園水族館協会が協定を結ぶことでスタートした取り組みなのだ。
また、その実情を広く一般の方達に知ってもらおうということで、展示することなく飼育してきた「ニホンライチョウ」を2019年3月より一般に公開する事となった。一般公開当初、多くの来園者が「神の遣い」とまで言われる貴重な「ニホンライチョウ」の姿を一目見ようと、正門を入って左手にある「日本の鳥Ⅰ(いち)」の展示場に多くの人だかりが出来たそうだ。
「ニホンライチョウ」の人工授精によって生まれた受精卵からの孵化は、日本では初めてのことであった。
2021年7月17日土曜日、東京はお昼前後には気温30度を超えで、園内の木陰が暑さをしのぐのにとても心地よかったこの日。1羽のメスのニホンライチョウが孵化した。
これは、希少種の保護に保全に向けての取り組みとしては大きな一歩なのだ。
この実績を始め「恩賜上野動物園」では希少種の保護や繁殖に取り組んだことが評価され、2022年8月12日環境省より「認定希少種保全動植物園等」制度による認定園となった。これによって、「生息域外保全の連携体制構築」「希少野生動植物種に関する環境教育・普及啓発の促進」「「種の保存」という公的機能の明確化・社会的な認知度の向上」などの効果が期待されている。
簡単に言うと、当初から目指し活動していた「ニホンライチョウ」を始め、希少種の保全活動をより広く深く複数の園館と連携を取りながら行えるようになったのである。
このことは、いまこの世界に生きる生き物たちの姿が消えてしまわないための取り組みの一歩でしかない。次はその活動を知り、深く関心を示すことが動物園に足を運ぶ私たちがおこなえる一つ目のアクションなのかもしれない。