災害救助犬や警察犬、爆発物探知犬など、見えない所で私達の生活を守ってくれる、さまざまな犬たちがいる。高齢になり、引退した後は、大好きな家族に囲まれ、仕事のストレスから離れて、ゆっくり幸せに暮らして欲しい。動物福祉が専門の日本獣医生命科学大学の獣医師(博士)で特任教授田中亜紀先生は、人間のために働いてくれた犬たちの幸せを実現するために活動している。
自衛隊で爆発物探知犬として活躍していた犬が、一般家庭に引き取られた。なぜ譲渡が可能になったのか、道を切り開いた田中先生に取材した。
退役する使役犬の動物福祉実現のための民間譲渡
使役犬の民間譲渡は、先生の専門である動物福祉の研究からスタートした。まずは先生の研究内容から聞いてみよう。
「動物福祉ですが、ものすごく簡単に言えば、犬や猫がいかに犬らしく、猫らしく生きるためにはどうすべきか、という研究です。科学的アプローチから考えていくもので、米国ではシェルターメディスンといい、レスキューされて収容した動物が、暮らしやすいようにするためにはどうすべきかを、科学的に研究するところから発展しました。
譲渡でも単にかわいそうだから譲渡する、ではなく、その動物が幸せになるための、動物福祉の観点からの譲渡、です。ケガを治したり、病気の治療をする獣医療も、実は動物福祉の一環と捉えることができます」。
田中先生は2001年に渡米し、19年に帰国して、現在は大学で教鞭を執っている。研究の対象となる動物は使役犬の他にも、ブリーダーで繁殖目的に飼育されている犬や実験動物、食用の牛や鶏など幅広い。人間に関わるすべての動物たちに、あまねく福祉が実現されるべきだと田中先生は考えている。
使役犬がいかに活躍できるかを研究するところからスタート
自衛隊で活躍する犬たちは、警備や危険物の探知など、人命にかかわる重要な役割を果たしている。現在では無くてはならない存在だが、どの隊にどんな犬が何頭飼育されているのかなど、国家機密に関する情報だけに、一般に公開されることがほとんどない。
田中先生は動物福祉の観点から、自衛隊内で活動している爆発物探知犬、警備犬などのパフォーマンスの向上について、自衛隊と共同研究を行った。
自衛隊と共同で、犬たちがその役割を最大に果たすために、どのようなストレス管理が適しているかなどを調査した。その際、隊員たちが引退した犬たちの行方について、心を痛めていることを知ったと言う。
「前提として、私が調査した自衛隊内で活躍している犬たちは、どの子も適切に飼育され、愛されていました。ハンドラーの隊員さんとの関係も良好で、ストレスなく、嬉しそうに仕事をしていました。労働も適切で、むしろ労働を楽しんでいる犬が多いです。
一方で、自衛隊は税金で維持運営されている国の重要機関です。犬も若くてパフォーマンスが高い時は良いのですが、高齢になれば、活動が難しくなる。予算の関係からも、高齢犬を死ぬまで自衛隊内で介護するのは難しいし、犬のためもなりません。退役犬の幸せをどう実現させるか、自衛隊側も悩んでいたのでしょう」(田中先生)