「人々の暮らしを、テクノロジーで豊かにする」をミッションに、2020年に住宅関連メーカーやIT企業などの企業が業界横断で集まり、業界の垣根を超えてユーザーのより良い暮らしを実現すべく設立された一般社団法人LIVING TECH協会。『LIVING TECHカンファレンス』は、協会設立前の2017年から開催されているイベントでユーザー視点、社会課題の解決、スタートアップの視点を盛り込み、1つのテーマを異業種のパネリストが多角的に議論するスタイルが人気となっている。
第6回となる今回は、「業界横断の共創でつくる、環境にも人にもやさしい、well-beingな暮らし」をテーマに、日比谷三井タワーからリアルとオンラインのハイブリッドで開催された。ここではSESSION 2として開催された「well-beingな”まち”と”すまい”の社会実装 ~デジタル田園都市国家構想の実現に必要不可欠な住民の幸福度~」についてリポートする。
パネリスト&モデレーター(右から順に)
<パネリスト>武田晃直さん
エリアノ共同代表CIO
<パネリスト>菅田充浩さん
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社ストラテジー・アンド・トランスフォーメーションリーダー/マーケットセグメントリーダー
<モデレーター>土屋俊博さん
一般社団法人スマートシティ社会実装コンソーシアム 運営委員
<パネリスト>山口一実さん
南伊豆町企画課地方創生室室長
<パネリスト>安達功さん
日経BP総合研究所フェロー
地方自治体がスマートシティ化を進めるための考え方とは?
政府が推進する「デジタル田園都市国家構想」は、デジタル実装によって地方が抱える課題を解決し、デジタル化によるメリットを老若男女問わずみんなが享受していくという構想。これを受けて、全国のさまざまな地域・自治体がデジタル技術を活用したまちづくり「スマートシティ」化を進めている。
一方で各地方における「住民のwell-beingの向上」の観点も注目されている。街に住む人や訪れる人にとっての「幸福度」を高めるためにはどうすればいいのか? このセッションでは、well-beingな暮らしを持続可能な取り組みとするために大事な要素を立場の違うパネリストが意見を交換した。
「デジタル田園都市国家構想」を活用してデジタル化を推進する地方自治体として、静岡県南伊豆町が紹介された。ここでは人口減が続く中で、関係人口を増やすためにシェア型のまちづくりを進めているという。
「静岡県南伊豆町は、日本の渚百選の弓ヶ浜もある海辺の町です。人口は約7500人で、高齢者が亡くなり、子供が生まれにくいという自然減を主な要因として年間120人から150人ぐらい減少しています。高齢化率も高く、今後30年で人口が半減すると予想される地域です。
一昨年に「デジタル田園都市国家構想」交付金を受けて、3つのテレワーク施設の整備を行い、サテライトオフィス誘致をすることで、都市部からの関係人口の増加を目指しています。移住はハードルが高く難しい部分もあるので、関係人口増加のために兼業と副業を進めて、人材や資源をシェアしていくという考え方でシェア型のまちづくりに取り組んでいきます。ひとつの資源を複数で活用するなどで地域を活性化していきたいと考えています」(山口さん)
南伊豆町でデジタル環境の整備を行い、関係人口増加を狙うと語る山口さん(写真中央)
人口増加期は、マーケットが広がるので投資ができ、社会サービスや公共サービスの拡充についてもいずれ税収で賄うことも可能だ。一方で人口減少期は、マーケットが小さくなって投資しても回収が難しいが、公共サービスは簡単に削減できない。今後は、公共のサービスを民間のマーケットとして捉えて、新しい社会インフラのようなものを作っていくべきと菅田さんは語る。
「老人が増えて若者が減っている中で、今までのルールや価値観が前提の産業・政策で、より便利にしていくという考え方は間違っていると思います。不便にならざるを得ないので、そのうえでシェアリングやみんなで助け合うといった地域に根強く残る日本人の生き方みたいなことをフューチャーしていくべきではないでしょうか」(菅田さん)
トレーラーハウスを活用して、さまざまな地方自治体とビジネスを展開している武田さんは、それぞれの自治体が持っている観光資源や伝統工芸など地元の宝物を見つけることが重要だと感じているという。
「エリアノでは、トレーラーハウスを設計・販売するだけでなく、“宝物”を持った自治体とトレーラーハウスを活用した新しいワーケーション施設や滞在施設を展開しています。佐渡市と地元企業の佐渡精密と一緒に小学校の廃校を活用したワーケーション兼滞在施設の運営も進めていますが、これは佐渡市と一緒にデジタル田園都市国家構想交付金の採択を受けて実践しています」(武田さん)。
デジタル化を推進して関係人口を増やすという施策は、すでにさまざまな自治体が取り組んでいる。安達さんは、地方の課題を解決するためのさまざまな技術はすでにあり、それを組み合わせればwell-beingなシーンを実現できる世界がすでに見えているという。
「デジタルツインでかなり正確に未来の変化を予想できるようになるので、それを元にどの地域に住むか選択できる時代がやってくると思います。そういったことが活かせる自治体は、デジタル田園都市として人口流入が増えるはずです。職人さんの不足などで、家の建築や都市を整備することが難しくなりつつなっていますが、それを回避するためにもデジタルツールを活用できます。しかし、職人さんの世界と意思決定する人の世界が分断されているし、未だそういったツールの導入もされていない。そこは早急に手を打ったほうがいいと思います。技術面は揃っているので、あとはそれの組み合わせや行動が重要だと思います」(安達さん)
地方でデジタル環境を整備して、サテライトオフィスなどを誘致した場合、住居や宿泊などの滞在環境の整備も重要な要素になる。景観のいい観光地は、宿泊費も割高になってしまうという問題もある。
「南伊豆町は東京から日帰りできる距離でもあるので、出張者の宿泊滞在がさほど多くはない問題はあります。観光地なので宿泊施設は多くありますが、観光客を対象とした施設に滞在するとそれなりの費用がかかります。そうなると南伊豆町に来て仕事をするというハードルは高くなります。そこでシェアハウス的なものがあれば、金額的に滞在費が軽減されて、仕事で滞在する方が仕事中も滞在中も情報交換できる場所・雰囲気作りが非常にやりやすく、結果的に使いやすくなるのではないか。今後、そういったことも検討していく必要があると考えています」(山口さん)
「トレーラーハウスは、建物が建てにくい場所や制限が多い場所でも車両を置いて活用できるので、景観のよい場所を前提に設置しています。最近多く問い合わせを受けているのは、企業の福利厚生施設としてのトレーラーハウスの活用です。二拠点生活までいかなくてもテレワークが大企業を含めてかなり普及してきたので、地域にお金を落としていただき、地域経済を活性化することを期待し、地方に施設を作っていきたいという要望があります。その中で建物を建てるとエコや脱酸素、SDGsの観点からトレーラーハウスで建物を建てず自然を害さずに活用していきたいという発想があります。トレーラーハウスは、使われていない時には車両ごと移動させて違うところで活躍させることもできます」(武田さん)
「出張が多い身とすれば、交通機関が便利になりすぎていて宿泊がしにくいですね。関係人口を増やすためには、仕事で行った先に泊まる理由が欲しい。たとえば電車・バスの時間が早く終われば泊まらないといけなくなる。そうすると、来訪者が地域の魅力を発見するきっかけになり得そうだと思います」(菅田さん)
そしてスマート化による恩恵が大きくなるのも地方自治体だと山口さんは語る。
「スマートシティやスマートホームでいうとメリットを享受できるのは、我々のような地方の小規模な過疎地域の自治体だと思います。高齢者世帯でもITを駆使できれば、いまできないことや離れていて大変なことを解決できるだろうし、安全面や健康面での補助機能も作られていくと思っています。でも『機械が故障したらどうしよう』『使い方がわからない』といった心配や不安がスマート化の進まない要因になってくるんじゃないか。
これを新しいサービスとして解消できるきっかけが作れば、地方での新しい仕事も生まれると思います。地方でスマートシティやスマートホームを実証して実装までできる環境作りをして、新しいサービスとして定着していけば地方もより暮らしやすい地域になっていくはずです。
そしてシェアリングについては、地方では自治体から進めていくべきではないかと考えています。自治体職員が先陣を切って副業・兼業を地域の活性化のためにやっていくような仕組みができれば、周囲の目が変わってくるだろうし、職員も自分の仕事につながっていく形になる。それが新しい切り口になっていくかもしれないです」(山口さん)
安達さんは、地方自治体がスマートシティを目指すうえで、「欲張らない」、「プロダクトアウトにならない」、「スマホと仲良くする」の3つが大切だという。
詰め込みすぎた施策やプロダクトアウトのような結果を求めると、うまくいかなくなることも多い。そしてスマホを含むウェアラブルなデバイスと自治体を連携させることはスマート化には必須ともいえるだろう。一方でスマート化に関する課題もある。同じ質問を属性の違う人に聞いて、そのギャップを際立たせるコントラスト調査を行うと、スマートホームについての回答でスマート化のプロと一般人で結果が違っている。
「スマートホームを普及させる上での課題を聞く調査では、プロは『メンテナンスが大変そう』『価格が高そう』といった回答があったが、消費者は『何かよくわからない』というのが上位です。そもそも消費者にとっては、スマートホームが何かわからないと回答する方が上位なのだということを理解した上で考える必要があります。
一方でスマート化というと効率化とかデジタルで0と1にするとなってしまうが、そうじゃない方面の感動や感性や共感とかを大切にすることが大事だなと思います」(安達さん)
シェアリングが地方で新しい働き方と幸福を生む
国が推進している「デジタル田園都市国家構想」は、ITやデジタル技術を推進することで、地方の生活の利便性や安全性を上げていくことを目指す構想だ。高齢化や人口減少によるさまざまな課題を解消する手段としてデジタルの導入によるスマート化は有効だと思うが、そのためには高齢者世代への普及などハードルが高い問題もある。
その問題を補うための副業・兼業による仕事のシェア化ができれば、地方での新しい働き方や関係人口を増やしていくことができるはず。住民の幸福度を上げるためのスマート化によるシェアリングが重要なキーワードになりそうだ。
取材・文/久村竜二