「人々の暮らしを、テクノロジーで豊かにする」をミッションに、2020年に住宅関連メーカーやIT企業などの企業が業界横断で集まり、業界の垣根を超えてユーザーのより良い暮らしを実現すべく設立された一般社団法人LIVING TECH協会。『LIVING TECHカンファレンス』は、協会設立前の2017年から開催されているイベントでユーザー視点、社会課題の解決、スタートアップの視点を盛り込み、1つのテーマを異業種のパネリストやモデレーターが多角的に議論するスタイルが人気となっている。
第6回となる今回は、「業界横断の共創でつくる、環境にも人にもやさしい、well-beingな暮らし」をテーマに、日比谷三井タワーからリアルとオンラインのハイブリッドで開催された。ここでは『シニア、子ども、ペット。暮らしの安心どう「見守る」?見守りテック著者と語る、超少子高齢社会のサービスの伸びしろ』についてリポートする。
パネリスト&モデレーター (右から順に)
<パネリスト>篠原理絵さん
三井住友海上火災保険 ビジネスデザイン部 スーパーバイザー
<パネリスト>高橋弘樹さん
スマートホームの専門企業リンクジャパン アライアンス事業部 ディレクター
<パネリスト>和田亜希子さん
見守りテックコーディネーター/「見守りテック情報館」運営者
<モデレーター>中村 剛さん
家電王/東京電力エナジーパートナー 販売本部 お客様営業部 副部長、LIVING TECH協会 顧問
<パネリスト>満元貴治さん
HAPROT代表取締役、「ヨシローの家」代表、作業療法士
今後迫られる「見守り」の必要性とその課題
和田さんが実家を本格的にスマートホーム化したきっかけは、離れて暮らす認知症の母親の生活。歩行機能の低下で転倒したり、日付や時間がわからなくなる日時見当障害で、通院日以外に病院に行き無駄に帰ってくることが多発。テレビや冷房のリモコンが使えなくなる、暑さが加齢で感じなくなり高温でもエアコンをつけない、不審な業者が頻繁に訪ねてくるなど不安材料が重なった。
「昨日までできていたことができなくなる高齢者のストレスや辛さは想像を超えるものがありますが、同時にサポートする家族のストレスも相当大きいのも事実。私もきつい言葉を投げかけてしまい自己嫌悪に陥ることが何度もありました。
このままだと母も私も生活が崩れてしまうと危機感を覚え、離れて暮らしていても実家の状況がわかるように見える化したいと思ったのです。IoTを使った親の見守りという実証実験を、母親が体を張って協力してくれると考えるようにして、気持ちのスイッチを切り替え、DIYで実家をスマートホーム化することになりました」(和田さん)
母親が1日の大半を過ごす寝室と洋間にスマートリモコン、ネットワークカメラ、スマートスピーカー、スマートディスプレイを設置。
トイレの水槽タンクの上に人感センサー入れて安否確認。玄関にはスマートドアベル、スマートロックを設置、外出をして帰れなくなったこともあったため、チェックのために開閉センサーも導入した。スマート機器導入時には目的を伝えて、プライバシーの侵害にならないよう、全て母親の許可を取ったという。
「安否確認は人感センサーを中心に使っていました。トイレの人感センサーは、母がトイレに入るたびに私のスマホに通知が来ます。大体4時間に1回ぐらいトイレに行っていますので、午前中に1回、お昼、夕方、夜みたいな流れが把握できます。履歴を見て最後にトイレ行った時間からかなり開いていると、電話をする、ネットワークカメラを見るという形での安否確認していました。
スマートリモコンの一番の目的は熱中症予防です。年齢のせいか、母は30度越えでも暑さを感じなくなっていたので、スマートリモコンで、28℃を超えたら自動的にエアコンを付ける設定にしました。
スマートスピーカーはカメラがある方がいいと、途中から全部Amazon Echo
に切り替えて、最後まで使っていたのは『Echo Show5』というスマートディスプレイです。
日時見当障害で大きな課題だったスケジュール管理は、私がすべての予定をGoogleカレンダーに入れておき、母親が朝、Alexaに今日や今週の予定を聞くという形にしました。後に自動化できることに気付き、『Echo Show5』のカメラが動体検知すると予定を読み上げて、予定時間直前にリマインドを流しました。
来客応対ではスマートドアベルが効果を発揮。玄関に近づく人がいれば、私のスマホに通知が来てサムネイルの写真がくるので、見たことのない作業着姿の人を見たら、私の方からスマホで断りを入れます。それを繰り返していたら、頻繁に来ていた不審な人物がほぼゼロになりました。
自力で起き上がれなくなったことも数回あったので、母の友人に助けに来てもらったり、介護事業者にヘルパーを派遣してもらったりする臨時の際に、遠隔操作で鍵を開けられるよう、スマートロックを活用しました。
宅急便や生協もいつも同じ担当者なので、遠隔操作で開けて荷物を玄関の中まで入れてもらい、遠隔で鍵を閉めることをよくやっていました。
スマートホームによって得られたことは『安心・安全』です。母親自身もかなりストレスが減ったと思います。不思議なもので、私があれこれ言うと険悪になることも多かったのですが、Alexaが言うと素直に従うんです。
家族間のストレスが認知症の症状を悪化させるケースもあると専門医から聞き、私自身が母の認知症を進行させてしまった要因の一つになっていたのかもしれません。それを助けてくれたのはスマートホーム製品だったのではないかと思っています」(和田さん)
これからの「見守り」と、「やさしい住まい」のあり方~DIYからビルトインへ
スマートホーム、アライアンス、エネルギーマネジメント、ヘルスケア、サービス連携等の、IoT技術で住宅のすべてをリンクするのが、リンクジャパンが提供しているIoTプラットフォームアプリ『HomeLink』。住宅に関わる全てのサービスや住宅機器をワンアプリに統合し、住宅を管理するOSの役割を果たす。
「弊社ではこの考えをホームOSと呼んでいます。ホームOS構想を掲げることによって、スマートフォンが古くなっても新しいサービスを受けられるのと同様に、築年数を問わず住宅自体がユーザーのライフステージに合わせてアップデートできる世界観を提供したいと考えています。
IoTを取り入れた住宅は非常に進んでおり、若い夫婦世帯をターゲットにする物件が多い印象を受けますが、若い夫婦でも年数の経過と共に、子どもの見守りができる、さらにその先には子ども夫婦から見守ってもらうと、スマートホームに求められるものも変わってきます。
ライフステージが変わったタイミングで、見守りができる住宅に移行する場合、『HomeLink』を使って、大きなリフォーム・リノベーションするのではなく、ソフトウェアをアップデートすることで家を対応させていく取り組みを行っています。
ITに詳しい方はご自身で商品選定や設定までDIYでできる方もいますが、弊社では詳しくない方にもを簡単かつ安心・安全に使っていただけるサービスとして提供しています。ここがDIYとビルトインの大きな違いだと考えていて、ホームOSを使うことによって、ユーザーのライフスタイルに合わせて家を変えていくことを目指しています」(高橋さん)
これからの「見守り」と、「やさしい住まい」のあり方~屋外の見守り
三井住友海上の住宅IoTプラットフォームサービス「MS LifeConnect」は、損害保険業界で初となるIoT分野への取り組みとなる。第一弾としてAIスマートカメラをリリースし、6月には屋外用に続き屋内用のAIスマートカメラもリリースした。
「高齢者が自宅からいなくなってしまった時に、屋外に高性能なAIカメラをつけることで、服装やどちらの方向に行ったかなどある程度把握できるという話を伺ったことがあります。見守りにカメラを使うことにプライバシーの観点で抵抗がある方もいらっしゃると思いますが、細かな検知設定や通知設定があり、人・動物・車両を見分け、見たいものを見たい時間帯だけ見るといったことを可能にする高性能なカメラは、高齢者の見守りとプライバシーの確保のために、意味があると考えています。
弊社は保険会社ですので、事故や災害など何かがあった時のお客様の経済的損害を補償することがメインの仕事でしたが、何かが起こってしまう前、保険の出番が来る前にお客様に安心を届ける取り組み、そして何かが起こってしまった後のリカバリーも支援する取り組みを広げていきたいと思っています。将来的には、AIスマートカメラに続く第2弾となるデバイスの発売だけでなく、住宅のIoTデータと連動した保険商品の展開も見据え、リスク管理のプロである保険会社がIoT分野に取り組み社会課題を解決する未来を目指しています」(篠原さん)
「見守り」の前に、そもそも「安心・安全」な住まいへ
作業療法士で安全な家づくりアドバイザーの満元さんは、作業療法士視点の安全持続性能を重視した安心・安全な家づくりを提唱し、自治体、大学、企業などを対象に多くの講演を行っている。
「健康寿命や介護をする側の負担を考えたとき、自宅でできるだけ長く自立して安全に快適に暮らす『エイジング・イン・プレイス』が重要になります、
日本において、高齢者の転倒、転落による救急搬送は、年間で推定70万人~100万人程度。うち約60%は住宅内で発生しています。
転倒、転落の原因は、体の機能低下や認知機能の低下だけでなく、階段など環境面の要因、夜中に水を飲みに行く、トイレに行くといった行動的要因があります。
環境要因、行動的要因に関しては、階段に滑り止めをつける、フットライト、人感センサーをつけるなどによって、転倒、転落のリスクを下げることはできます。家の中の危険な部分は改修によって改善するのが望ましいですが、バリアフリーリフォームのボリュームゾーンは100万~200万円ほどかかってしまうため、諦めてしまう高齢者も多く、結果的に何度も事故が起こる事態になります。
CDC(米国疾病予防管理センター)によると、住宅改修に作業療法士が入ることによって、アメリカでは年間4万5000件の転倒転落を予防できると推計しています。医療費に直すと620億円、一人当たりで140万円削減できるとされます。
家を安全に改修すると見た目が悪くなるのでは?と思われる方もいますが、こちらの(下記画像)新潟の家は安全持続性能の三ッ星を取っています。洗面室や階段も安全面の工夫をしており、木をふんだんに使ったデザイン性の高い家になっています。
実はこの家を建てたのは、将来を見据えて自分たち家族を大切にしたいという20代のご夫婦です。安全持続性の家は全国50棟以上あり、少しずつ増えています」(満元さん)
安心・安全な家×IoT×家族の見守り=「未来の見守りのかたち」が実現できるかがカギ
LIVING TECH協会の顧問も務める中村さんは、「人々の暮らしを、テクノロジーで豊かにする」が協会のミッションだが、現実にはテクノロジーだけではなかなか暮らしは豊かにならないと指摘、安心・安全な設計、IoTの活用、見守りのシステムを連携すること重要だと話す。
「安全な家に改修する場合も高額な費用がかかるので、保険の適用も考えてもいいと思いますが、ITリテラシーが高くない医療・介護従事者から必要ないと判断されてしまう可能性もあるので、医療・介護従事者に必要性を感じてもらうことも大事だと思いました。
皆さんのお話にありましたが、、ユーザーのリテラシーで頑張るところもあれば、ビルトインで頑張るところもあり、データ解析をしたり、医療・介護の視点で見るところもある。これらが連携することが重要ではないかと思います」(中村さん)
見守りはシニアだけでなく、子どもやペットにも摘要できる。また、カメラを設置すると見守られる側が「いつも監視されている」と感じてしまうこともあり、プライバシーの侵害にならない見守りの形も難しい。
今回のセッションでは、自宅で長く自立して安全に快適に暮らす「エイジング・イン・プレイス」がキーワードではと感じた。ホームハザードのない安心・安全な設計の家で自立して暮らし、スマートホーム化により心身に負担のない生活をして、IoTを活用して見守ることで遠く離れた家族とのつながりを感じる。こうした「未来の見守りのかたち」が実現できるかが、今後さらに進む高齢化社会の中でのカギとなるだろう。
取材・文/阿部純子