「人々の暮らしを、テクノロジーで豊かにする」をミッションに、2020年に住宅関連メーカーやIT企業などの企業が業界横断で集まり、業界の垣根を超えてユーザーのより良い暮らしを実現すべく設立された一般社団法人LIVING TECH協会。『LIVING TECHカンファレンス』は、協会設立前の2017年から開催されているイベントでユーザー視点、社会課題の解決、スタートアップの視点を盛り込み、1つのテーマを異業種のパネリストが多角的に議論するスタイルが人気となっている。
第6回となる今回は、「業界横断の共創でつくる、環境にも人にもやさしい、well-beingな暮らし」をテーマに、日比谷三井タワーからリアルとオンラインのハイブリッドで開催された。ここではSESSION 6の「カルチャー目線で探る、スマートホーム普及のイシュー。ゲーミング業界発展の証言から学べる成長トリガーとは?」についてリポートする。
パネリスト&モデレーター(右から順に)
<パネリスト>堀田翔平さん
イーデックス取締役
<パネリスト>百地祐輔さん
プロゲーマー兼/忍ism代表取締役
<パネリスト>岡安学さん
eスポーツジャーナリスト
<パネリスト>南雲亮平さん
BCN eスポーツ部編集部 編集/記者
スマートホームと共通点を持つゲーミング業界の現在地
ゲーム会社だけでなく周辺業界や関連市場を含めたゲーミング業界は、2020年前後からeスポーツを中心にカルチャーや市場が拡大して環境が変化した。このセッションでは、そんなゲーミング業界を見てきた当事者の立場から、テックという共通点があるスマートホームの普及について考えていく。まず成長分野だと言われるゲーミング業界だが、特に注目を集めているのはゲームを競技として楽しむeスポーツと呼ばれるジャンルとその関連ビジネスだ。
「ゲームを競技として楽しむeスポーツ人口は、KADOKAWAが発行している『eスポーツ白書』では2022年の段階で700万人から770万人ぐらいと試算されており、2025年には1000万人を突破すると予測されています。市場規模も2025年には200億ぐらいになると言われています。eスポーツのシーンで活躍するゲーミングデバイスについてもBCNランキングのデータで、液晶モニターのゲーミングモデルの指標をみると2017年1月を100とした場合、2020年12月には10倍の規模になっています。
新型コロナ禍で在宅・おうち時間が増えたタイミングで、家で仕事をするためにモニターを買うならゲーミングモデルにしようと非常に盛り上がったとみられます。そのほかのゲーミングデバイスも単価が高いものが売れています。ゲーミングマウスと普通のマウスは、2017年1月の段階で3400円ぐらいの価格差でしたが、2020年8月には5500円差、2023年4月の段階で8600円差まできていますが、それでも購入が伸びている市場になっています」(南雲さん)
「一般的にeスポーツ元年と言われているのは2018年です。2020年に『VALORANT』というゲームの大会がさいたまスーパーアリーナーで開催されたときは、有料チケットが販売されて2日間で2万6000人を集客しました。これは日本一を決める大会でしたが、観客はスポーツ観戦のように会場で盛り上がっていました。コロナでいろいろなエンタメが落ちているときに、ゲームはオンライン対戦や大会の配信で好調を維持できたことで定着した感はあります」(岡安さん)
「スポンサーでいえば、いままでゲーム関連のスポンサーはゲーム業界やゲームの周辺企業など直接関係がある企業が多かったですが、コロナ以降は食品メーカーや直接ゲームと関係ないメーカーも増えています。
プロゲーマーは若い世代や女性といったファンが増えてきて、配信などでも見られる職業になって身だしなみが大切になってきています。そこで眼鏡やケア用品のメーカーがスポンサーになっていて、プロゲーマーも人に見られる職業という意識ができています」(百地さん)
「ゲーミングが盛り上がって、その下の憧れる若い世代が増えているので、有名選手と同じような部屋や同じ機材を使いたいという人も増えています。そういったeゲーム初心者や機材に詳しくない人に入門編として最初からゲーミング要素をパッケージして家賃に含めて提案していけばビジネスになると考えてゲーミング賃貸サービスを立ち上げました。ゲーム業界の周辺産業になりますが、衣食住に直結するゲーミング不動産賃貸業は市場としては大きくなると考えています」(堀田さん)
学生や指導者の育成がゲーミング業界のカギを握る
プロゲーマーに憧れる若い層は確実に増えており、今後もeスポーツを核としたビジネスはさらに大きくなりそうだという。
「全国に5000校ぐらいの高校がありますが、そのうちの600校ぐらいにeスポーツやゲームを扱う部活があると言われています」(南雲さん)
「例えば高校野球の強豪である仙台育英高校の野球部員は80人ぐらいらしいのですが、同じ高校のeスポーツ部の部員数は104名で野球部の部員よりも多いです。高校でゲーミングパソコンを約80台用意して環境も整備されています。世間の感覚よりも高校生レベルならeスポーツはかなり浸透しているといえます」(岡安さん)
「いまは全国的にeスポーツの専門学校や学校が増えているので、プロゲーマーになるための講師の需要も増えています。でもプロゲーマーになる人口とプロゲーマーになりたい人の人口がまったく合っていないので、そういったところが解消されるといいなとは思います。僕も仙台で講師をやっていますが、足りてない実感はあります」(堀田さん)
ゲーミングカルチャーの動向がスマートホームにつながる
オンラインゲームやゲーム配信などで重要になるのがネット回線の状況。マンションやアパートなどの集合住宅の場合、一棟で回線をシェアするケースが多く、ネット遅延も発生しやすくなる。そういったネット環境自体の課題もゲーミング賃貸などのサービスが広がれば解消できるかもしれない。
「ゲーマーの方に部屋を賃貸するときも一番聞かれるのは『部屋の回線速度』と『防音などの環境』です。集合住宅では、みんなが利用する時間が集中して遅延してしまう。ゲーミング賃貸の場合は、部屋独自の回線を引き込んでいます。大家さんが年配の方だと回線速度などの重要性に気づいていないことが多いです。無料でインターネットを使えると言われても遅延がある回線だと敬遠されます。大家さんもゲームやネット環境の問い合わせがきてもわからないので、カスタマーサポートを使ってチャットベースや電話で対応しています。そういったサポートとスマートホームをうまく調合させるようなトライもしてみたいです」(堀田さん)
「まだ多くの人が競技的なゲームと一般的なゲームの違いがよくわかっていないです。競技的なゲームは、本当はその場で一緒にプレーしないとさまざまな遅延が出ます。通信環境もWi-Fiやスマホのテザリングでは遅延が出るし、モニターも一般的なテレビだと遅延が出るので競技になりにくいと言えます。そのため、遅延しない専用の機器や通信環境が必要になります。」(岡安さん)
「若い人にはWi-Fiでネット対戦する人もいますが、やはり回線速度がある程度出たとしても安定性には欠けます。世界大会のレギュレーションだとWi-Fiを禁止しているものもありますし、いまの『ストリートファイター6』では画面表示の設定次第で相手プレーヤーの通信環境も分かります。ある格闘ゲームの大会では回線速度のスクリーンショットを送付しないといけないものもありました。ある程度の回線速度がないと大会に参加できないこともあるので、プロゲーマーは、有線LANがよしとされています」(百地さん)
「ネットの遅延の問題は、格闘ゲームだけでなくFPSなどリアルタイムでやりとりするゲームはすべて重要になるので、インフラ整備という意味では光回線を入れてほしいです。回線サービスをしている『NURO光』はプロゲーマーを使ってエキジビションマッチイベントを行ったこともありますが、ネット回線業者がそういったことをやるぐらい重要性はあります。スマートホームの構築にもネット環境が必要になりますが、スマートホームのためだけに入れるのはハードルが高い気がします。でもゲームのためなら光回線を入れるし、せっかく光回線になったらスマートホームにも挑戦してみようとなると思います」(岡安さん)
「僕もそうですがゲーマーはプレーを始めると、ゲームに没頭してずっとやっているイメージがあって、家庭のことにズボラや雑な人間も多くいそうです。ゲーム以外であまり動きたくないので、ロボット掃除機を使うなどして楽に家事をしようとしてスマートホームにつながるというのもあると思います」(堀田さん)
「ゲームに集中できる環境についてはゲーム配信を開始したら同居している家族にスマートホーム化した機能で伝えるなどパソコンのモニター上で完結してくれると助かります。部屋の雰囲気がいいとモチベーションも上がるので、ゲームを起動すると照明が大会会場の雰囲気に自動で調光してくれるなどの機能があれば面白いと思います」(百地さん)。
写真は百地さんの奥さんでプロゲーマーのチョコブランカさんの部屋。ゲーミング部屋から発展させてスマートホーム化を目指せば、これまでとは違ったアプローチの住まいの提案もできそうだ。
ゲーマーたちが支持すればスマートホーム普及は加速するはず
ゲームのためにネット回線を引き込む人たちは回線速度など細かい環境までこだわる人が多く、ゲーミングデバイスなど必要な機材なら投資もしていく。固定のネット回線を引き込むことやスマートデバイスの導入などのハードルをクリアすることはスマートホームにとって重要な課題だ。環境にこだわるネットリテラシーの高いゲーマーたちを引き込めれば、スマートホーム普及の新しい一歩になるかもしれない。
取材・文/久村竜二