「人々の暮らしを、テクノロジーで豊かにする」をミッションに、2020年に住宅関連メーカーやIT企業などの企業が業界横断で集まり、業界の垣根を超えてユーザーのより良い暮らしを実現すべく設立された一般社団法人LIVING TECH協会。『LIVING TECHカンファレンス』は、協会設立前の2017年から開催されているイベントでユーザー視点、社会課題の解決、スタートアップの視点を盛り込み、1つのテーマを異業種のパネリストが多角的に議論するスタイルが人気となっている。
第6回となる今回は、「業界横断の共創でつくる、環境にも人にもやさしい、well-beingな暮らし」をテーマに、日比谷三井タワーからリアルとオンラインのハイブリッドで開催された。ここでは『個々の生活の物語から見つける本当の「顧客起点」。ライフスタイルに融け込むスマートホームのデザイン』についてリポートする。
パネリスト&モデレーター (右から順に)
<パネリスト>高川弥生さん
「アイロボットジャパン」マーケティングコミュニケーション マネージャー
<モデレーター>水上淳史さん
RoomClip住文化研究所 主任研究員
<パネリスト>村上雄一さん
アニュウインク 代表取締役/BLUE BOTTLE COFFEE ブランドキュレーター
<パネリスト>藤沢あかりさん
フリーランス編集者/ライター/エッセイスト
<パネリスト>伊藤菜衣子さん
暮らしかた冒険家
暮らしのリズムを作るのにスマート家電は役立っている
「スマートホーム」は徐々に認知されつつあるが、日本でのスマートホーム、スマート家電の普及率は13%。スマートホーム化が進むアメリカ、中国、ノルウェーに比べて非常に低いのが現状だ。
「スマートホームは全てが便利に解決してしまうみたいなイメージがあるかもしれません。でも実際のところ、生活者にとってまだイメージが湧かない、未知なもの、よくわからないものです。ライフスタイルに溶け込むまでには、個々の生活それぞれにどのように入り込んでいくのか、見極めることがヒントになっていくのではないかなと考えています」(水上さん)
東京・札幌・熊本・岡崎と引っ越しをしながら、DIYから建築家との新築戸建てまで家づくりを行ってきた伊藤さん。札幌出身で元実家にはしっかりとした断熱性能があったことから、引っ越しを繰り返す中で断熱の必要性を実感して勉強を始める。
同氏はスマートスピーカー、スマート照明、スマートエアコンを暮らしに取り入れているが、断熱等級6の家屋で室内の温度が一定に保たれていることから、スマートエアコン以外のスマートスピーカーと照明を活用しているという。
「私がスマート家電を使う理由は時間を捻出するため。一番使っているのが4個のスマートスピーカーで、家のどこからでも話しかければ答えてくれる位置にあり、家中フルカバーされていています。
息子が小学生のときに下の子を妊娠していてつわりがひどく、朝の送り出しができない時期がありました。それ以来、息子は朝は一人で起きて朝食を摂るようになり、息子が起きる時間、出発の時間をスマートスピーカーでリマインダーすることで息子は自分で時間を管理するようになりました。塾の曜日など細かなスケジュールの管理もすべてスマートスピーカーがやってくれています。
子どもたちと一緒に使うAlexaは時間制御ができるので、21時になったらYouTubeが見られなくなるように設定しています。そうすると、2歳の息子が21時に『ママ、お風呂入ろう』って言うようになりました。泣き崩れてる時もありますが…(笑)。
暮らしのリズムを作るのにスマート家電は役立っていて、自分たちの暮らしに合わせてめちゃくちゃカスタマイズしています」(伊藤さん)
“得体の知れないもの”でも哲学を感じれば受け入れられる?
5時に起きて、犬の散歩、英会話、10年続けているヨガを1時間半行うのが毎朝のルーティンだという村上さんは、毎朝同じ時間に同じ場所で同じことをやると、自身のことがよくわかると話す。
「ヨガで同じポーズをやっても全然集中できない日もあれば、逆にすごく調子がいいなっていう日もあり、自分の状態がわかります。そうすると、前の日に何があったかなと振り返ることができる。仕事の悩みがあった、飲みすぎたとか、自己セッションが始まり、もっと自分の生活が豊かになりそうな要因を見つけることができます。
ちなみに僕、スマート家電を一つも持ってないので(スマートホーム化していない)87%の方のアナログな人間です(笑)」(村上さん)
スマート家電とは無縁の暮らしをしている村上さんだが、愛車は電気自動車の「テスラ モデル3」。12年ほど乗ったドイツ車からテスラに切り替えた。
「試乗した瞬間にこれしかないと確信に変わり、試乗した日の夜に注文したぐらい、僕の心がすごく動いたんです。iPhoneが日本に上陸したときの『iPhone 3G』も発売翌日に買いましたが、テスラはそのときの感動と全く一緒でした。機能やデザインの裏に流れている哲学みたいな部分にすごく心が動かされたんです。
僕の興味って“豊かさ”なんです。人生は選択の連続だと言われますが、物を買うときも、仕事を選ぶときも、選択の基準にしているのが、それをやると今より豊かになるかどうかということ」(村上さん)
iPhone 3Gはバグが多く、テスラもトラブルが多いとネガティブな意見も聞かれるが、やっぱり買ってよかったと思わせるフィロソフィーを感じるという村上さんに、水上さんは「圧倒的な満足感というか、惚れ込んでいるからそれも許せてしまう部分は、スマート家電をこれから導入する人へのヒントになるのでは」と話した。
スマート家電を使ったらすべてが楽になるというのは幻想?
新築の家の購入者に取材をするとルンバを使っている人が多いと話す藤沢さん。一方で、便利なロボット掃除機でも、溜まったごみを捨てるのが面倒、子どもが食べこぼした時はその場で掃除した方が早い、自分の手で掃除する方がきれいになるなど、一度使ってもやめてしまう人もいると指摘する。
「私もそうですが、スマート家電を全然使っていない、使いこなせない人間からすると、スマートスピーカーを買ったら一気に暮らしが楽になる、ルンバを買ったらすぐ家じゅうがピカピカになると期待してしまいますが、決してそうではなかったと感じる人が多いようです。バリバリ使いこなすためには時間が必要で、ものすごく試行錯誤して暮らしにスマート家電を導入したことがわかりました。
たとえば、鉄のフライパンは『油ならし』や『油返し』など手間やお手入れが必要で面倒です。でも鉄のフライパンでしか味わえない料理のおいしさもあり、その手間を楽しみと捉えている。フライパンが我が家の暮らしに馴染んでいく過程で、試行錯誤して楽しんでいるわけです。
それなのにデジタルについては過信し過ぎている傾向があり、一回失敗したらもう使えないみたいな、仲良くなることを諦めているのではと感じます」(藤沢さん)
デジタル、スマート家電にこだわることなく様々な層に向けて、ルンバを販売するアイロボットジャパンでは、スマートな生活にすべて振り切るのではなく、ルンバと一緒に共生してほしいという想いをのせてプロモーションを行っているという。
昨年末に、ルンバをまだ持ってない方に対して『ルンバは掃除をするロボットだけではなく、あなたの暮らしを豊かにしてくれるロボット。あなたの暮らしをルンバが支えます』というプロモーションをしました。
ユーザーに取材する中で体感したのは、どの家庭でも、どんなきっかけがあったとしても、自分で掃除機がけをするのが好きという人であっても、365日毎日必ず掃除をしたいわけではないということ。
すべてをルンバに任せられると期待していた人、自分で掃除機がけしたい人に対して、やっぱり要らないと思わせるのではなく、ルンバをうまく自分の生活に慣らしていくことで、掃除の存在を忘れて豊かな暮らしをお手伝いできるとお伝えします。ロボット掃除機を前面に出すのではなく、お客様視点でどのような暮らしを望んでいるのかという視点でプロモーションを考えたり、お客様の声を聞くのが非常に大事だと思っています」(高川さん)
スマート家電がライフスタイルに融け込むには?
水上さんはパネリストのエピソードと自身の経験から、未知のもの、よくわからないものとの出会い方には、人それぞれにバリエーションあると指摘。スマート家電も同様で「掃除が簡単にできるようになる」といった機能面が最初の取っ掛かりとなるが、村上さんのように理念や哲学のようなプラス体験が加われば一気に惚れ込むきっかけになるのではないかと話す。
「さらに大事なのが、スマート家電を迎え入れた後のこと。使ってみて機能や良さを実感するのはもちろんのこと、ダメなところとどう折り合いをつけていくかがポイント。うちでもロボット掃除機が隙間にはまってしまったり、スマートロックがいきなり外れてしまい開かなくなったことがありました。
全てが便利に解決することだけを期待していたら、こんな事態になると『これダメだ、使い物にならない』となりますが、ロボット掃除機に進入禁止エリアの設定をしてきちんと機能させたり、助けにいく運用で対応するなど、スマート家電との付き合い方をデザインしていく積み重ねにより、自身のライフスタイルになじんでいくのではないかと思います。
また、便利な家電、今まで体験したことのない家電を導入するのは、ペットを迎えるときと一緒だと思います。事前に調べるけれど、飼ってみて予想以上に、掃除や散歩が大変だと気付く。それでも大変さを受容して家族の一員として受け入れます。得体の知れないスマート家電が自分のライフスタイルに溶け込んでいくには、付き合い方までデザインすることが重要になるのかもしれません」(水上さん)
付き合い方のデザインの視点を持って
従来からある道具や家電も、何度も使っているうちにユーザーが利点や弱点を理解して使いこなせるようになっていく。スマート家電も同じような過程を積み重ねることで“信頼関係”ができあがるのかもしれない。
筆者も最初に買ったロボット掃除機が、テレビモニターやスピーカーの配線があるところに突っ込みその場でぐるぐると迷走、AV機器が故障したという苦い経験があった。怒りが収まらずすぐに廃棄、以来ロボット掃除機は一切使わないと誓った経験がある。
今回のセッションを聞いて、付き合い方をデザインすればスマート家電に対する認識も変わるのではないかと気づかされた。人でもモノでも付き合っていくうえで、相手の強みや弱点を知ることが大事ということだろう。
取材・文/阿部純子