スタートアップの創業者の大半は、敢えて悪意のある言い方をすれば「恵まれた人」である。
豊かな家の子供として生まれ、一流大学に入って卒業できるまでの資力のある人々が自分で会社を作り、世界中の投資家から資金を集める。しかし、彼らは本当に庶民の生活や心情を理解しているのか?
世界的有名大学の出身者ではなく、ホームレスを経験した人物が最先端テクノロジーを取り扱うスタートアップを設立すれば、より実情に適合した製品やサービスを生み出せるのではないか?
イギリスのスタートアップ『Earlbird AI』は、かつてホームレスだった女性が設立した会社として注目を集めている。
就労支援のためのAI音声アシスタント
Earlybird AIのCEO、Claudine Adeyemi-Adams氏は貧しい家庭の出身である。そして自身もホームレス生活を余儀なくされていた時期があり、ようやくそれを脱却したあとも低賃金労働者として辛い日々を送っていたという。
そんなAdeyemi-Adams氏が開発に携わっているのは、AI音声アシスタント『Earlybird』だ。
スマホで扱うことができるこのプラットフォームで、利用者はAIオペレーターと会話する。その中で利用者の個人情報やパーソナリティーを自然な形で聞き出し、データ化。それは企業の雇用担当者や就労支援のソーシャルワーカーと共有され、就業につなげるという仕組みだ。
そう、このEarlybirdはホームレスや失業者の就労サポートのために開発されたAI音声アシスタントなのだ。
なぜ、このようなプラットフォームが開発されたのか。無論、イギリスにも日本のハローワークに当たる就労支援施設は存在する。しかし、肝心なのはそこで働くスタッフである。大勢の失業者ひとりひとりに対応しなければならないソーシャルワーカーは、しかしイギリスでも人手不足が叫ばれている。
イギリスの就労支援施設は、必ず多言語に対応していなければならない点も付け加えるべきだ。なぜなら、失業者は生粋のイギリス人に限らないからである。
中東、東欧、中南米、アフリカのフランス語圏諸国からの移民も多く、彼らは英語を理解できないこともある。そうした多言語対応が現実にできているかというと、やはりそれは難しい。
そこでAIの出番である。
英語の訛りも理解可能
Earlybirdは多言語対応で、さらにそれらの言語を使いながら会話の要点や重要情報をAIが抽出してくれる機能を持っている。
驚くべきことに、英語の地方訛りや階級訛りにも対応するという。
たとえば、プロサッカーの名監督として知られるアレックス・ファーガソン氏は「怒ると何を言ってるか分からなくなる」ことで知られていた。これは英語がスコットランド訛りになるため。ファーガソン氏はスコットランド地方グラスゴー出身である。
同じグレートブリテン島の中でも「彼が何を言っているのかよく分からない」ということがあり、それがソーシャルワーカーを悩ませているのだ。Earlybirdはそれをしっかり聞き取ってくれる上、上に述べた通り就労に必要な情報を上手く汲み取ってくれる。ソーシャルワーカーにとっては、大幅な負担軽減になる仕組みである。
ソーシャルワーカーの負担が減れば、求職者もより条件の良い雇用を見つけられるようになる。そうした理屈を、Adeyemi-Adams氏は身をもって心得ているのだ。
80万ドルの資金調達を達成
そんなEarlybirdだが、実はロンドン市の主催するイノベーション発掘企画『No Wrong Door』にファイナリストとして選出されている。
この企画は、ロンドンを悩ませる失業問題に光を当てるスタートアップに資金を提供する目的で開催されている。ロンドン市長サディク・カーン氏が特に力を入れているプロジェクトだ。
パキスタン移民の子供として生まれたカーン氏は、少年時代を労働者向け公営住宅で過ごした「下町の子」である。労働者の心情をよく理解した首長として、つい先ごろも公営住宅でのカビ検知器設置義務化を約束した(イギリスの公営住宅では、2歳児がカビによる呼吸器疾患で亡くなった事故があった)。
さらに7月、Earlybirdはプレシードラウンド80万ドルの資金調達も達成した。このラウンドに参加した投資家の中に、何とGoogleも混じっている。
ホームレス経験者の手掛けた、求職者のためのAI音声アシスタント。労働者階級から発出したイノベーションが、世界有数の大都市の社会問題を解決する日が近づいているようだ。
参考
Earlybird AI
取材・文/澤田真一