なぜ今、消しゴムはんこがこんなに熱いのか?
それにしてもなぜ今、消しゴムはんこにこれほど人気が集まっているのか。菅谷社長によると、いくつかの理由があるという。ヒノデワシは大正8年創業の老舗ゴムメーカーで、創業当時はゴム長靴の底を作っていた。消しゴムの製造を始めたのは昭和初期。1986年に、消しくずが散らからない消しゴム「まとまるくん」を発売し、大ヒットさせるなど、新発想の消しゴムをいくつも開発している。
同社が消しゴムはんことの縁ができたのは、1995年。以前からヒノデワシの消しゴムを「彫りやすい」と愛用していたコラムニストのナンシー関氏の要望に応え、同氏が消しゴムはんこ用に品質を監修した「はんけしくん」を発売したこと。
「はんけしくん600 ハードタイプ(148×100×11mm×5枚入り)」(3,575円)
これをきっかけに、消しゴムはんこを作り始める人が次第に増えていき、2005年頃からブームになっていった。そこで同社は「はんけしくん」関連の商品展開を本格的にスタート。「はんけしくん」インストラクター認定制度を発足させ、創業90周年を迎えた2009年には、はんけしくん通信講座をスタートさせる。2010年にはその卒業生のインストラクターたちの作品を展示する「けしごむ・はんこ・てん」がスタートして、現在に至るというわけだ。
菅谷社長によると、以前ははんけしくんは年賀状シーズンなどにしか売れない季節商品だった。それが大きく変わったのは、洗濯しても色が落ちない布用のインクが開発され、消しゴムはんこの用途が広がったこと。彫刻刀と消しゴムだけで簡単に始められるので、通信講座受講者は主婦などが多いが、男性も年々増えているとのこと。
菅谷社長が残念に思っているのが、消しゴムという安価な素材を使っているために、作品の価格が安く見積もられがちなこと。そのため、時間と手間をかけた芸術性の高い作品でも、安価な価格設定で販売するのを余儀なくされている作家が少なくない。「消しゴムはんこの世界はどんどん進化している。それを知って、作品に見合った価格で販売できるようになって欲しい」と菅谷社長は語る。
消しゴムはんこ作りの一番の魅力は、「無になれる没入感」
取材当日に会場にいた何人かの作家さんに、「消しゴムはんこの一番の魅力は?」と聞いたところ、「彫っているときは“無”になれるところ」と全員の答えが一致したのが興味深かった。
ある人は「もちろん完成させたいから彫るのだけれど、完成が近づくと、終わってほしくないと思ってしまう」と言い、他の作家さんたちも大きくうなずいていたのが印象的だった。おなまえはんこを彫ってくれたエピリリさんも、たった一度、イベントのワークショップに参加しただけで消しゴムはんこの楽しさに衝撃を受け、消しゴムはんこ用品専門店を立ち上げたという。
もしかしたら嫌なことやモヤモヤを忘れ、心を無にするのには、座禅を組んだり滝に打たれたりするよりも、消しゴムはんこを彫るのが近道かもしれない…。ちなみに「けしごむ・はんこ・てん」の東京展(2)が、2024年7月17日から7月29日まで、東京スカイツリータウン(東京ミズマチE03 コネストすみだ『まち処』)で開催されている。
取材・文/桑原恵美子
取材協力/株式会社ヒノデワシ