急増中の生活困窮者のペット飼育問題
――今回、新たなペットの社会問題として浮上してきている「生活困窮者のペット飼育」について、なぜ問題となっているのか、現状などについて教えてください。
奥田先生 人と動物の共生センターでは2022年から動物相談ホットラインを設置して、ペットの飼育などに関する相談に対応してきました。寄せられる電話の中には、多頭飼育崩壊の相談が目立っており、その背景に生活困窮者のペット飼育問題があることがわかりました。
奥田先生 多頭飼育崩壊の解決には、単に現場から犬や猫をレスキューするだけでは解決できない問題が山積しています。飼い主さんの生活の立て直しや、カウンセリングが必須なのですが、日本では制度としての道筋ができていないため、人の福祉が置いてきぼりにされてしまっているのです。
多頭飼育崩壊では、飼い主さん自身のペットに対する考え方が変わらなければ、また同じ問題をくり返してしまいます。
生活困窮者のペット飼育問題は今後ますます増えて行くと予想されています。景気低迷や高齢化により、生活困窮者は増えると予想されています。自分には関係ない話だと感じる人は多いと思いますが、いつ生活困窮者になるか、誰にもわかりません。私自身も同じです。でも、そうなってしまった時に、ペットをどうするかという問題について、今からきちんと道筋をつけていくことは必要だと私は思います。
単に「貧乏人はペットを飼うな」という問題ではありません。ペットを飼っている人ならば、誰でも起こりうる問題なのです。
ペットの存在が人の福祉の妨げに
――確かに、他人事で済まされる問題ではなさそうです。
奥田先生 もう一つ大きな問題は、人々を幸せにしてくれるペットの存在により、人が福祉サービスを受けることができないという問題です。ペットと暮らす独り暮らしの飼い主さんが病気になり、入院しなければならないのに、ペットがいるために在宅治療しているというケースは少なくありません。
最近多いのは、高齢の飼い主さんが介護施設に入居することが決まった時、飼っていたペットを誰が飼育するか、という問題です。ペットがいるから施設に入れないという、飼い主さんからの電話相談も目立っています。
さらに、不幸にも独り暮らしの高齢者が亡くなった後、自宅に遺されたペットを誰が飼育するかという問題も増えています。実際に、地域包括支援センターから派遣されたケアマネさんなどから相談を受けることがありますが、自治体によって対応に差があります。ペットに理解のある担当者であればよいのですが、中には飼い主さんのいなくなった家にそのまま放置されたり、家から出されて野良となってしまうケースも少なくありません。
――深刻な問題ですね。では解決のためにはどうしたらよいと奥田先生は考えていますか?
奥田先生 いろいろなケースがあり、こうすれば必ず改善するという問題ではないのですが、生活困窮者のペット飼育問題は「動物の福祉」ではなく「社会福祉の問題」として広くとらえるべきだと考えています。
ケアマネさんは介護者のペットを扱うことはできません。現在の介護保険制度では、犬の散歩や餌やりなどの、ペットの世話をすることはできないのです。ペットを飼っていることがあたりまえの社会であるにもかかわらず、ペットを飼っている高齢者は福祉の制度から零れ落ちてしまっているのです。
さきほど、ペットが家族の一員となっているのが当たり前の日本で、ペットと共に避難できない現状があると言いましたが、同様に、日本は制度的に高齢者がペットを飼えない社会になっているのが現状です。これはやはり改善していくべき社会問題だと、私は思います。
高齢者の一人暮らしでペットの世話ができるのは動物ボランティアや動物関係のNPO団体ですが、こうした人達はすべて無償で活動しているため、フードや治療費はすべてボランティアの負担です。彼らにもしわ寄せがどんどん来ていて、ボランティアさんも厳しい状況下にいます。国や自治体には動物のために使うお金が無いのです。
こうしたサポートできる仕組みがない、無償でやっても当然と考えられている動物福祉は異常です。でもなぜか、動物に関してはそれが異常と思われない。「動物ならば無償は当然」という、不思議な感覚がまかり通ってしまっています。
保護団体の持続性も考えないと、彼らも資金的にショートしてしまいます。それには、多くの人々の支援を得られるような気運をつくっていくことが大事で、私達も実態の調査報告をしたり、国会で勉強会などを開催して、問題を広く社会に提起していきたいと考えています。
――今後の活動について教えてください。
奥田先生 動物福祉に関しては3つの要素が欠かせません。まず資金=お金です。そして活躍できる人の存在と、制度です。お金に関しては今後、ペット後見制度という仕組みづくりを考えていて、飼い主さんが亡くなった後も、ペットが安心して暮らせるような資金を確保できるような制度を考えています。財源が確保されたら、飼い主さんが亡くなったら野良猫になってしまうような不幸な状況は防げます。
また動物福祉に関するプロフェッショナルな人材の確保も必須です。今、こうした動物に関するプロがいない状態で、専門性の高い人材教育を進めている最中です。これは単に動物の扱いが上手だというだけでなく、飼い主にどんなサポートが必要で、どこからそれを確保できるか、そうした人の福祉に関する知識まで持った人材です。特に地方都市の中で、こうした役割を果たす人材と組織は不足しています。
例えば動物のプロが多頭飼育崩壊の現場に行き、フード提供しながら飼い主さんの気持ちに寄り添い、信頼されるようになると、飼い主さんのためのケアマネも受け入れてもらえるようになります。動物を通じた支援から、門戸を開ける人材が社会に求められています。
もうひとつ制度化の問題ですが、自治体レベルからペット飼育している被支援者が求める支援は何か、きちんと把握し、制度化していくことが重要だと思います。
さらに生活困窮者の問題などは、国レベルで飼い主の支援は無視できない問題だと明示化していくことです。今、人と動物の共生センターではホットラインを設置していますが、ペットに関して困った時に、相談できる先は必要です。本来、ホットラインの設置は自治体の中で設置されるべきなのですが、現状はそうなっていません。
現在の自治体の動物福祉制度は、狂犬病予防法や愛護法の下で行われている活動です。これを社会福祉活動の中で活動できるようになれば、大きく進展していくはずです。
――ありがとうございました!
「医者は人の身体を治すが、獣医は社会も治すことができる職業だ」と言ったのは日本動物福祉協会横浜支部の兵藤哲夫先生。奥田先生の話を聞くと、ペットの問題が私たちの社会に直接関わっていることが実感できた。今後も奥田先生の活動から目が離せない。
奥田 順之(おくだ よりゆき)先生
獣医行動診療科認定医
鹿児島大学共同獣医学部 講師(動物行動学)
帝京科学大学 講師(ペット共生学)
NPO法人 全国動物避難所協会理事長
岐阜大学獣医学課程卒 岐阜大学在学時、殺処分問題解決を目的とした学生団体を設立し活動。 卒業後、社会的合意形成を支援するパブリック・ハーツ株式会社入社。社会教育プログラムの開発に携わる。NPOを起業するにあたり、社会的起業支援プログラムに参加。ソーシャルビジネストライアル2011年度優秀賞受賞、東海若手起業塾第4期5期。
2012年NPO法人人と動物の共生センターを設立。飼育放棄の主な原因となっている、問題行動の予防・改善を目的に、犬のしつけ教室ONELife開業、2014年ぎふ動物行動クリニック開業。2017年に獣医行動診療科認定医取得。現在、同クリニックでは、年間150症例以上の新規相談が寄せられ、解決のサポートを行っている。2015年からペット産業の社会的責任に関わる調査やシンポジウムを実施。2018年に、ペット産業CSR白書を発行している。動物行動学の専門家として、ペット産業の適正化に取り組んでいる。ペット防災活動にも取り組み、2021年NPO法人全国動物避難所協会設立。
文/柿川鮎子