現在、教育移住先として注目を集めているシンガポールの学校で、必修化されているのがSEL(Social Emotional Learning:社会性と情動の学び)である。子ども達が自分自身で生きる道を切り開く力を身に付けることができる、社会性と感情のスキルを伸ばす教育アプローチだ。次世代の教育として世界的に注目されている。
このSELについて、家庭での実践方法を具体的に紹介した初めての書籍、「世界標準のSEL教育のすすめ 「切りひらく力」を育む親子習慣(下向依梨著、小学館発刊、定価1,760円・税込み)」が今月18日に発刊される。
著者の下向依梨(しもむかい えり)さんは一般社団法人・日本SEL推進協会の代表理事として全国100校以上の学校改革に携わってきた。書籍では家庭でも簡単にできるSEL教育を提唱し、発売前から大注目となっている。今回は書籍をもっと深く読み、理解するためのヒントを紹介しながら、SEL教育への理解を深めて行こう。
なぜSELが今、注目されているのか
最初になぜSELが注目されているのか。これについて著者の下向さんは「学力だけで幸せになれるのか、この命題に、私たちは向き合うべき時期に来ているのだと思います」と新刊書に書いている。
学力という、たったひとつの物差しで優劣を決めてきた、学歴社会。大企業に入社して安定したキャリアを歩む生き方は、すでに古いものになりつつある。
下向さんはSELが注目されるようになった大きな理由のひとつとして、「人間力」が評価される社会に変化してきた点をあげている。学力や運動能力などは数値化しやすいが、コミュニケーション能力や問題解決能力といった数値化できない「人間力」の方が、急速に変化する社会を生き抜くために必要な力となっている。
また、子どもたちの心を育てる教育の必要性が高まってきている点からも、SELに対する期待の声が高まっている。
子どもに与えるストレスは、学習に影響を与えるだけでなく、心の成長にも大きく関わってくる問題である。特に日本では不登校児童生徒数が8年連続で増加し、自殺した児童生徒数は過去最多(令和2年、文部科学省調査結果)と、深刻な社会問題となっている。
下向さんは「子ども達には、これからの社会を生きていくために必要な力を身に付けるべきで、この必要な力とは、子ども達が自分自身で道を切りひらいていく力です」と述べている。自分が生きたい世界を、自分でつくっていく力を身に付ける教育が、SELだった。
SELは言葉の通り1)Socialと2)Emotionalの2つの学び(Learning)である。1)は人と良好な関係を築くための社会的能力で、一般的にソーシャルスキルと呼ばれているもの。2)は自分自身の感情や考えに気づき、また、他者の状態を理解してそれに適切に対応する能力のこと。SELはこの二つの能力を伸ばすことが目的となっている。
5つの力を育むSEL
では具体的にSELとはどんな教育なのだろう。下向さんによると、SELでは1)自己理解力、2)感情抑制力、3)共感力、4)社会性、5)意思決定力という5つの力を育むことができるものだと言う。この5つの力を身に付けることで、子ども達が自分で決断し、周囲と協調しながら目的に向かって進む力を、身につけることができるとしている。
1)自己理解力:自分への気づきを深める力
自分がどんな時にどのような感情や考えを持つのかを理解すること。また、自分が何を望んでいるのか、何を目指したいのかなど、これから向かっていきたい方向に自覚的になる力も含む。
2)感情抑制力:自分の感情をうまく付き合う力
自分の気持ちや状態に気づき、その感情や思考とうまく付き合うための能力のこと。最近ではアンガーマネジメントという言葉が知られるようになってきた。ストレスマネジメントや自らを律する力、多様性に対する深い理解、他者を尊重する力などのこと。
3)共感力:他者への気づきを深める力
多様な他者の内面で起きていることを理解し、共感する力。他者の立場を想像する力。多様性に対する深い理解、他者を尊重する力などのこと。
4)社会性・社会スキル:他者と良好な関係を築く対人関係力
相手の背景も含めて傾聴し、対話する力のこと。他者との間に生じた課題を解決し、ときには他者の不適切な言動を注意する力も含まれる。対立した際の交渉力や、必要に応じて他者を助ける力、チームワークも該当する。
5)意思決定力:責任ある意思決定ができる力
責任をもって意思決定する力のこと。適切な選択をする力や、自らの行動が招いた結果に対して責任を的確にとらえる力のこと。
これら5つの力を育み、発揮していくことが、必要な学びに向かい、環境によって生じる心の課題を解決していくことに繋がっていくと、著者の下向さんは解説してくれた。
SELが効果的な3つのポイント
さらに、SELが効果的なのは、1)実践的で年齢を問わず、始めやすいこと。2)子どもの5大悩み(挑戦しない、自分で決められない、自分の意見を言えない、やるべきことをやらない、友達と上手く付き合えない)を解決できること、3)親子の関係改善にも効果的、という3点にある。
これらの問題解決のために、何をすべきか。この本では具体的な事例が詳しく掲載されていて、実践しやすい。例えば自分で決められないのが悩みの子どもには、降水確率40%の日に傘を持っていくかどうかを決めてもらおう。それによって、「選択の自由と責任」を体験するといった、実践方法が掲載されている。
たいていの親は子どもがずぶぬれで帰ってくるのを心配して、「今日は傘を持っていきなさい」と指示してしまう。しかし、傘を持たずに学校へ行き、ずぶぬれになって帰って来た体験をもたなければ、自ら傘を持っていこうという気持ちにならないのは、当然なのである。
傘を持っていくかどうか、自分で決めて、その結果、起きた出来事に責任を負う。こうした具体的な実践事例がたくさん掲載されているのもこの本の特徴の一つだ。さらにSELの観点からの“処方箋”や、“今日からできるSELワーク”も掲載されている。
さらに、親子の社会性と感情スキルが成長し、より良い関係を築けるのもSELの良いところだと、下向さんは解説している。SELを親子の日常にして、共に成長する喜びを実感できる一冊。あなたもぜひ実際に、SELワークを体験してみて!
対談動画はこちら
著者 下向 依梨(しもむかい えり)さん
株式会社roku you 代表取締役
一般社団法人 日本SEL推進協会 代表理事
慶應義塾大学 総合政策学部(SFC)に入学。在学時に、社会起業家の経験値や暗黙知をパターン・ランゲージの手法を用いて言語化した『チェンジメイキング・パターン』を 日本語と英語で製作し、英語版を出版。
2014年に渡米し、ペンシルベニア大学教育大学院にて、学習科学・発達心理学の修士号を取得。ここでSocial Emotional Learningと出会い、社会起業家育成(21世紀型問題発見解決スキルの養成)において、いかにSELが寄与するのかについて、修士論文にまとめる。
大学院卒業後、再び帰国し、東京のオルタナティブスクール(小学校)で教鞭をとる。算数・英語を中心とする教科を教えながら、探究学習のカリキュラムづくりと、SELベースのプログラムの開発に従事。後に、株式会社 Live Innovationの取締役に就任し、教育クリエイト事業部の立ち上げと、公教育向けのカリキュラム・教材開発などに携わる。
2018年春、フリーの教育クリエイターとして独立し、人と人との間でしか起きない学びの機会・カリキュラムづくりを軸に全国様々なプロジェクトに関わり、2018年数名の教育クリエイターとともに、教育企画・コンサルティング会社 roku you を立ち上げ、現在は代表取締役を務める。
その傍ら、「泡盛ガール」として泡盛の魅力をネットやイベントで発信している。
新刊書は「世界標準のSEL教育のすすめ 「切りひらく力」を育む親子習慣(小学館発刊、定価1,760円・税込み)」。
rokuyouとは|学びプロダクション 株式会社roku you (roku-you.co)
文/柿川鮎子