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話題のDX小説第33話【TOKYO2040】存在証明

2024.07.03

TOKYO2040 第33話『存在証明』

コロナ禍を機に、一気に加速した「DX」だが、行きつく先にはどんな未来が待っているのか。2020年の都知事選にも立候補した小説家、沢しおんが2040年のTOKYOを舞台にIT技術の行く末と、テクノロジーによる社会・政治の変容を描く。

【あらすじ】
 令和大震災からの復興を経てデジタル化が浸透した二〇四〇年の東京。都庁で近々役割を終える「デジタル推進課」に異動させられた葦原(あしはら)は、知事選の迫る中、データ消失事件を発端とした不可解な事態の続発に、都政を担うAI「ヌーメトロン」と古い因習への疑問を抱く――。

第33話『存在証明』

 新新宿署(しんしんじゅくしょ)のロビーで、水方(みなかた)は葦原からのメッセージを受け取ると訝しげに眉をひそめた。

 その表情を見て「何か送られてきたのか?」と、常田(ときた)が声をかける。

「個人情報を書き換えた犯罪について相談したいとのことです。身元の詐称のことだろうか」

「誰からだ」

「葦原という、以前に橘樹花(たちばなじゅか)の件で付き添いに来ていた都庁の職員です」

「デジタル推進課の奴か。今時、個人情報の書き換えで詐称するなんて相当難しいってのは向こうのが詳しいだろ」

 常田の言った通り、端末でも昔ながらの物理カードでも認証機能の偽造は不可能であり、役所の葦原がそれを知った上でメッセージを送ってきているとしたら、何かあるのではないかと水方は考えた。

「都庁のシステムがクラッキングに遭ったというなら、相談くらいで済む話ではないはず」

「もう少し詳しく訊いてみたらどうだ」

「そうします。常田さんはこれから?」

「例の宗教団体、日本レガシー党や東京レガシーの会の議員について聞き込みをしてくる」

 常田が署のロビーから出ようとしたとき、一人の男が手を挙げて近づいてきた。

「常田さん、今いいですか」

 声をかけてきたのは、記者の橋立(はしだて)だった。

「何だよ、事件の裏取りにでも来たのか」

「今しがた都庁に行ってきたところで。気になる事があって、常田さんの耳に入れておこうと思ってね」

「どちら様で?」と水方は常田に訊いた。

「記者の橋立だ。こいつとは長い付き合いでな。で、タレコミか。どんな話だ」

「単刀直入に言うと、都知事選の候補者に不審なのがいる」

「相変わらずそういうの追っかけてるんだな。昔よりマシになったとはいえ、何の後ろ盾もなく突然出馬する奴に一人二人変わったのがいるのはいつものことだろう。それとも何だ、不審に思える経緯でもあったのか」

「まあ、聞いてくれ」と橋立は話し始めた。

 立候補の希望者のうち誰がオンライン説明会に出て、誰が資料を受け取りに来たかは、その日のうちにメディアに知られることとなり、それをもとにメディアは候補者へ取材をする。これは何十年と変わってない仕組みだが、希望者を一人一人検索しているうちに、気づいたことがあったのだという。

「ところで今年は総勢で何人になりそうなんだ。現職と、この前講演会をやってた東京レガシーの会が立てる奴と、その他大勢ってところか?」

「七十人はいる。なにしろ今の時点で都知事になれば、暫定的に関東を束ねる州知事候補ってことになるからな。関東一円の猛者が集まってきたのさ」

「そんなにいるのか。十五、六年前も五十人以上いて多かったが、それ以上か。水方も覚えてるだろう?」

「ポスター掲示板が、カオスだったのはなんとなく覚えています」

「今じゃ木の掲示板なんて、電子掲示板を立てられない所に限られているからあんな光景は見られないだろうが、ヌードのポスターを貼ったり、何人もに立候補させて掲示板のマスを売り、候補者とは関係ないポスターで埋めるなんてのをした団体もあったりした。あれの警告をやったのは俺の同僚で……」

「それよりこっちの話を聞いてくれ、迷惑系の話じゃあないんだ。公職選挙法の改正があってここ十五年、変なのが減ってるのは知ってるだろ」

「そうだな。震災の後に末法思想めいたのがいたくらいだろう」

「今度のは主義主張が個性的だとかじゃない。そいつには……。過去が無い」

「なにカッコつけて言ってるんだ。記憶喪失者か、それとも検索しても過去が出てこないってことか?」

「いや、ネットにはプロフィールだの所信表明動画だのがいくらでも転がっていて、過去のSNS発言も若い時分に踊ってたような投稿動画も拾える。だが実際にこの世に生活していた痕跡が、ゼロなんだよ」

「架空の人物とでも言いたそうだが。昔にはいたぞ。ペンネームで顔写真も出さないまま立候補したようなのが」

「顔なら画像がある。今出すからちょっと待ってくれ」

 そう言って橋立はカバンからノートPCを取り出した。

「橋立さんもノートPC派か」と水方が独り言をつぶやいた。

「お、というと、常田さんが前に言ってたノートPCを使ってる若いのってあんたのことか」

「私のことでしょうか? 水方と申します」

「水方さん、若いのに変わってるね。で、俺が追ってるのがこの須佐野武史(すさのたけし)って男なんだが、メディアに提供されている名前や住所は、立候補書類を受け取った時点で認証を通っているから嘘ってことは無いはずなんだが、調べた範囲だと、同僚や同級生だった覚えのある奴が一人もいないんだ。意味わかるか?」

「昔ならいざ知らず、電子照会ができる最近の職歴や学歴を詐称するのは難しいだろうよ」

「公開したくない情報を伏せておくことはできても、公開された情報が正しいかどうかの検証ならすぐできる。いずれもデータでは問題なかったよ。そして、これがその須佐野の写真だ」

 橋立が示した画像を見て、水方は息を飲んだ。そして橋立に気づかれないように常田に耳打ちした。

「……この顔、盗まれた教育実習生型アンドロイドと同じです」

***

 葦原が新庁舎の受付へ行くと、櫛田(くしだ)と橘樹花が待っていた。何となくよそよそしい感じにも見えたのは、樹花の電話の声から察するに込み入った話をしていたからだろう。

「移動しましょう。喫茶店でいいですか」と葦原が二人に尋ねると、櫛田は「分庁舎にして。まだ開いているでしょう」と答えた。

 葦原は、前に櫛田があまり行きたくないと言っていたのを思い出し、それでもそこを選ぶということは、何か覚悟を決めているのだろうと感じた。

「そこに何かあるの?」

「儀式の場所よ。全部説明するには好都合でしょ」と、樹花からの質問に櫛田は軽い調子で答えた。

 伝え聞く儀式の重さと、櫛田の態度に差がありすぎて、葦原は少々困惑を覚えた。そして、樹花の一族も贄の家系であったことを伝えてよいものか、迷い始めた。

 分庁舎の屋上に出ると夕暮れというにはまだ明るく、遠景はガスで曇っていた。

「こんな所があったなんて知らなかった。都庁の建物って一つじゃなかったんだ」

 樹花が素直な感想を漏らした。その声色は好奇心と不安が入り交じっていた。

「一応、自分の職場です」と葦原は足元を指さして言った。

 なるべく場が和むように穏やかに言ったつもりだったが、二人の表情は変わらなかった。

 櫛田は柵にもたれて、西に向かって目を細める。彼女の視線は、曇っていなければおそらく見えていたであろう富士の方を見据えていた。

「昔から特別な場所だったの。もし木が切られなかったら、ここの高さくらいは超えていたと思う。富士山からの霊力を受けていた樹」

 そう言われて、葦原は西新宿の旧都庁跡地に行った際に櫛田が言っていた、風水の話を思い出した。あの時は不思議なことを言う人くらいに思っていたが、今なら理解できる。櫛田は代々そういった事を聞かされて育ち、その通りに今回も自身の身を因習に預けようという気でいる。

「樹花ちゃんには意味がわからないだろうけれど。昔から大きな政(まつりごと)の時にはね、ここで必ず誰かの命が捧げられていたの」

「命!? それが、儀式?」と樹花はわだかまりの答えを急いだ。

「そう。江戸時代の、もっと昔から。国や社会の姿が変わって、技術も進んで、震災もあって。東京っていうのは、何度も形を変えながら続いてきた街」

「今度もっと変わるんでしょ、州になるとかで」

「そうね。東京都が今の姿になってから百年の節目に、ここは新たな州都になる」

「どうしてそんなのに命を捧げないといけないの? 迷信でしょ。儀式なんかしなくたって、選挙とか法律とかで人が勝手に変えていっちゃうじゃん」

 反抗的な口調の樹花に、櫛田はゆっくりと答えていく。

「その一つ一つの裏で、人の生命は少しずつ削られていってる。社会を支えるってそういうこと。そして、大きく流れが変わるときは、命そのものを務めとする人が、必要とされる」

「命そのものが務めって、全然わかんない。これまでもずーっとそんなことがあったってこと?」と樹花が振り向いて葦原を睨みつけた。その目には怒りが浮かんでいた。

 葦原は静かに頷いた。

「それでね、生贄を出さなきゃいけない家は、昔から私の家のほかにもう一つあった」

「なんだ、そこに任せちゃえばいいじゃん」

「……それはもうできない。だから知っておいてほしいんだ」

 葦原は、櫛田が樹花へ真実を全部話してしまうと気づいて「櫛田さん、それ以上は」と言って止めに入った。

 だが、櫛田は首を小さく横に振って、真剣な眼差しを樹花へと向けた。

「十五年前の震災があって、やっぱりこの世界は生贄を必要としていたのだけれど、その務めの前に逃げてしまったのが橘家の……あなたのお母さん」

 樹花は小さく「えっ」とつぶやいて、言葉を失った。

「そのことを責めたいんじゃないから、安心して。そのおかげで樹花ちゃんに出逢えた。地震のときにあなたのお母さんの命が使われていたら、小さかったあなたはここまで育たなかったかもしれない。縁ってほんと奇妙」

「全然知らなかった。私が娘だって、ずっと知ってたの?」

「新新宿署に一緒に行った日、あなたの名前やご両親がいない事を聞いて、後で調べた。その時から」

「じゃあなんで優しくしてくれたの。逃げ出した女の娘なのに。次は私の番になるから?」

「その次はないと思う。そこの、葦原さんはこれで終わらせようとしている」

 櫛田は葦原のほうに視線を送った。

「違います。櫛田さんの番と言わず、今ここで終わらせるんです。こんな非科学的で非合理的な因習に付き合う必要はない、それに……」

 葦原が続けようとしたのを、樹花が遮った。

「待って。それなら私の母を探し出して連れてくればいいんでしょ? 今度は私のお母さんにちゃんと務めさせればいい。だって、命が務めの家系なんでしょう?」

「あなた、自分の母親を私の身代わりにしようとしているの、わかってる?」

「こっちのこと置いて出て行ったんだよ? 知らない人がこの世から一人減るようなもんだし、関係ない」

 樹花は冷たく言い放った。

「さすがにそれは聞き捨てならないですね、知らないも同然だとして失われていい命があるわけがない」と葦原が口を挟む。

「葦原さんは黙ってて。じゃあ櫛田さんのことも止めなよ、何突っ立ってんだよ」

 そもそも止めるつもりで樹花の呼び出しに応じたというのに、理不尽だなと葦原は思ったが、すぐに樹花を諫められるような言葉は思い浮かばなかった。

「昔のことは知りませんが、儀式が行われなかったことでペナルティがあるわけじゃありません。逃げても追ってくる者がいるわけではありません、そうでしょう?」

 葦原が櫛田を説得しようとしたが、櫛田は目を閉じて首を振るだけだった。

 そして樹花は櫛田に寄り添うと、励ますように言った。

「それだったら、一緒にその儀式やろうよ。どうせ、これまでのことどうでもいいって気になってたから」

「それは困ります」と再び葦原が口を挟んだ。

「樹花ちゃん。私きっと、あなたのこと試したんだね。ごめんね、そこまで言わせちゃって。私一人でするべき。もうすぐ都知事選の公示日でしょう。その日から用意していくの。身体を清めたり、色々」

「ダメ。橘家の女に資格があるなら、わたしでもいいんでしょう? やめるか、わたしと一緒にするか、どっちかにして」

 葦原は今日だけで説得できるとは思っていなかったが、櫛田の信念が揺るがなさそうなことと、樹花が厄介なことを言い出したのには困惑があった。

 どうにかして樹花を味方につけ、公示日から選挙当日までの間に櫛田を止めなければ――。

(続く)

【用語・設定解説】
公職選挙法の改正:2024年の東京都知事選挙では、選挙期間前の事前運動や、ポスター掲示板の取り扱いについての疑義がメディアを賑わせた。その直前の選挙であからさまな選挙妨害行為が発生し、警告を受ける者や逮捕者が出ていたこともあって機運が高まったことで一度改正され、令和関東大震災後にも混乱する社会の中で正常な選挙の施行が求められ、この物語の舞台である2040年までの間に再び改正された。

※この物語およびこの解説はフィクションです。

沢しおん(Sion Sawa)
本名:澤 紫臣 作家、IT関連企業役員。現在は自治体でDX戦略の顧問も務めている。2020年東京都知事選にて9位(2万738票)で落選。

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