昨年のChatGPTをはじめとする生成AI技術の進歩により、第4次AIブームが到来している。
ビジネスシーンで生成AIを活用しているビジネスマンも多いことだろう。
しかし、AIを活用した業務効率化についての研究はますます加速する一方で、新たなアイデアを生み出し、人の心を動かすような創造性を拡張・変革するためのAI活用に関する研究は十分に進んでいない状況だ。
このような背景の中、電通と電通デジタルは、国立大学法人東京大学次世代知能科学研究センター(東京大学AIセンター)と共同で行っている「 AIとの協働による人の創造性の拡張 」に関する研究成果の一部を、人工知能学会全国大会で発表した。
同研究にも携わり、クリエイティブ制作プロセスへのAI活用を研究する横断組織である電通クリエイティブインテリジェンスの新納大輔さんに「クリエイティブ×生成AI」に取り組む理由を聞いた。
新納大輔さん
株式会社電通
東京大学大学院修了。電通入社後、クリエイティブテクノロジストを経てクリエイティブ領域における人工知能研究開発・事業策定に従事。電通グループの人工知能関連事業におけるガバナンス策定 、戦略策定、基盤整備、人材育成任務を担う。2024年度 人工知能学会全国大会にて論文『コピーライターの思考プロセスを用いたFine-Tuning手法の提案および評価実験』を寄稿。
生成AIだけだとコピーライトの評価が「下がる」!?
――電通グループは、2024年5月28日から開催された人工知能学会全国大会で「AIとの協働による人の創造性の拡張」に関する研究成果の一部を発表、ブース展示を行なっていました。
まずは、電通グループとAIの取り組みについてお伺いできますか?
新納:電通グループでは2016年からクリエイティブ領域にAIの活用を行なってきました。
2016年にAIでコピーライティングをする「AICO」から始まり、バナーを自動生成してくれるツールや広告のクリック率などを事前に予測してくれるツールなどAIの活用はずっと続けています。
そして2022年頃から生成AIが現われ市場環境が大きく変わりました。
パラダイムシフトとも呼べる転換期において、今後、クリエイティブ領域にAIを活用するに当たり学術的に裏付けをする必要があるという背景から電通と電通デジタルは、東京大学AIセンターとの共同研究において中心的な役割を担う組織として「電通クリエイティブインテリジェンス」を発足させました。
――今回の発表が、電通グループだけでなく東京大学AIセンターとも行ったのはその背景があったからなんですね。それで、今回の研究発表はどのような内容なのでしょうか。
新納:コピーライターの思考プロセスを用いたFine-Tuning手法の提案および評価実験です。
5月、電通は「電通と電通デジタル、東京大学AIセンターとの共同研究 『AIとの協働による人の創造性の拡張』を人工知能学会全国大会で発表」というリリースを出した
――??? もう少し分かりやすく……
新納:ChatGPT(GPT-4, GPT3.5 Turbo)を活用すると広告コピーライターの成果物はどのように変わるのかという研究です。
マサチューセッツ工科大学の研究で、大規模言語モデルを使うと報告書とかニュースリリースの質が18%向上するという研究がありまして、これをコピーライティングにも応用してみようという試みです。
結果なのですが、コピーライターがChatGPT(GPT-4)を使うと成果物の評価が12%下がりました。
――え? 下がったんですか?
新納:はい。なぜかと言うと、話題に対して関係のない文脈とか雰囲気で書いている、それっぽい組み合わせをしているだけだったからです。
しかし、これは素のChatGPT (GPT-4) の場合です。
生成AIは人間の思考プロセスとは少し異なるのではと思い、少し工夫をしてみました。
①:伝えたいこと
②:伝え方
③:①から②に至った理由
この3点をセットでデータとしてChatGPT(GPT-3.5 Turbo)に組み込んだもの、専門的には「Supervised Fine-Tuning」と言うのですが、つまり大規模言語モデルの中にデータセットを加えることで、それに適用したモデルへチューニングできるんです。
そのチューニングされたモデルをコピーライターが使いこなすことで、コピーライター1人で考える広告よりも、効果の高い広告ができることが分かりました。
生成AIの誕生によって、現場のスピード&クオリティは大幅に向上
――現在、電通グループではAIをどのような場面で活用しているのでしょうか
新納:広告制作に生成AIを導入することは業務の効率化という側面もあるのですが、クリエイティブのアイデアバリエーションを拡大であったり、クオリティ向上だったりが狙えます。
つまり、クリエイターがより自分意図通りのアウトプットをサポートする助けになるんです。
生成AIは前例を教師データとして学習するので前例以上のものが創りにくい。生活者の心を動かす広告を作るためには、前例から‶アイデアをジャンプ〟させる必要があるのに、どうしてもAIだけでは凡庸な成果物になってしまうんです。
ジャンプできるクリエイターの頭脳をすぐにカタチにするためにAIを組み合わせる運用をしています。
――具体的にはどのようなフローですか?
新納:クライアントとの意思決定にテキスト生成AIや画像生成AIを用いることで、意思決定のスピードアップが可能になっています。
例えば、クライアントとのオリエンの場でも弊社では戦略設計の段階でまずAIを使っています。電通グループの戦略プランナーの思考プロセスを反映した独自の戦略プランニングAIを使えば「こういう市場環境で、競合はこうなっているので、●●という方向性がいい」と出てくる。
しかし、それだけだとアイデアのジャンプがない。
そこにクリエイターが生成AIを使うことで、具体的なソリューションやアイデアのアウトプットをその場で提案できるようになっています。
――以前からAIの活用はあったと思いますが、生成AIによって変化はありましたか?
新納:変わりましたね。
テキストはもちろん画像も生成AIを活用することによってほぼ最終系のアウトプットができるようになりました。アイデアの「参考にする」というレベルから、「最終納品物として共有できる」というレベルにまで飛躍しました。
生成AIの一番の強みは「公平さ」と「公正さ」
――こうした電通グループのAI活用の中に、先ほどの共同研究の結果はどのように使われていくのでしょうか
新納:電通グループにはコピーライターやアートディレクター、CMプランナーといったクリエイティブ職種の方が約1000名在籍しています。
これほど多くの、しかも一流のクリエイターがいるというのは電通グループの圧倒的な強みです。これを活かさない手はありません。
そこで、大規模言語モデルに弊社のクリエイターの思考プロセスや審美眼、勘どころを機械学習によってモデル化していくことで、電通グループのノウハウにチューニングされた生成AIが誕生します。
――電通グループの知識が集約されたAIということですか?
新納:それができればいいなと思っています。
クリエイティブとAIがともに進む未来を描く新納さん
――そうなると、電通グループのクリエイターは不要になってしまうのでは……
新納:そうではありません(笑)。
逆なんですよ。先ほどの研究結果では、生成AIとクリエイターを掛け合わせることによって、より優れた成果物を誕生させることができると示すことができました。
アイデアをジャンプさせないと生成AIだけではよい結果は生まれません。
また、クリエイターと生成AIを組み合わせる更なる利点としては、これまでは1000人の一流クリエイターがいても、一つのアイデアをその1000人全員と共有してブラッシュアップすることは物理的に不可能でした。
しかし彼らの思考を学習したAIがあると、これまで不可能だった1000人との壁打ちが可能になり、よりよい結果を生み出せます。
――それは、クライアントや生活者にとってどのような価値があるのでしょうか
新納:クオリティの向上はもちろん、より時代に合った適切な表現を届けてくれるようになることに大きな意味があると私は思っています。
多様な価値観を学ばせることによって、より公平な価値基準が構築されるからです。
広告において今一番大切なことは「正しさ」です。
企業としてはブランドイメージを損ねる、あるいは損ねかねない広告を出さないためにリスク管理を徹底しようとしています。
また、生活者にとっても間違った広告があると誤った価値観を知らず知らずのうちに学んでしまう。
そういった社会にしないために、広告会社として電通グループは「公平」で「公正」な広告を作ることに責任があると思っています。
私が「クリエイティブ×生成AI」で実現したいのは、‶アイデアのジャンプ〟だけでなく、そうしたより良い社会の実現です。
今回の研究や今後、電通グループが取り組む生成AIの活用も社会全体の課題にソリューションを提供できるものでありたいですね。
「より良い社会を作りたい」と力強く語る
取材・文/峯亮佑 撮影/干川修