子育ての終了、役職定年、親の介護、健康不安……。自分の「これから」に向き合うきっかけは、人それぞれ。連載【セカステReal】では、自分らしい生き方を模索し、セカンドステージに歩を進めたワーキングウーマンたちの奮闘、葛藤、感動のリアルストーリーに迫ります。
【セカステReal #️02】前編
人工乳房の彩色技術者として、感謝される喜び(きつさん・53歳)
profile
武蔵野美術短期大学部卒業後、会社員を経てイラストレーターに。子育て情報誌、教育関連の書籍などを中心に活躍。イラストレーターとして仕事する一方で、画塾で美術大学の受験指導も担当。48歳のとき、これまでの経験や技術を活かし、「人工乳房」の彩色技術者の道を歩み始める。現在、自宅で「人工乳房」のサロンを開き、日本人を始め、さまざまな国のお客様を迎え入れている。夫、子どもと3人暮らし。
「人工乳房」の彩色技術者に求められること
20代の頃から、数々の雑誌や単行本のイラストを描いてきた、イラストレーターのきつまきさん(53歳)。50歳を前にして「新しい天職」を得たといいます。「人工乳房」の彩色技術者として新しい道を歩むきつまきさんに、前編では「天職」に出合ったきっかけやその仕事内容について伺います。
――きつさんは「人工乳房」に色を付けるお仕事をなさっていますが、「人工乳房」とは何ですか。
きつまき(以下、きつ):乳がんで胸を切除した人のための、取り外しが可能な貼り付けタイプのシリコン製人工バストです。国内では数社が扱っています。
――「人工乳房」の仕事に出合ったのはいつ頃、どのようにして?
きつ:コロナ禍の少し前、インターネットで知りました。ちょうどイラストのレギュラーの仕事がひと段落した頃です。彩色なら、自分の技術が役立つかもしれないと考えて、応募してみました。
――見事、採用されたのですね。
きつ:もともと、美容系の仕事の経験者が多いようでした。でも、近年、彩色希望のお客様が増えたため、急遽、彩色の技術を持つ美術系出身者を募集したそうです。また、年齢もちょうどよかったのかもしれません。
――40代後半での仕事探しが、ちょうどよかった?
きつ:はい、お客様の年齢層に近いからこそ、採用されたと思います。この仕事には、お客様とのコミュニケーションが重要ですから。
――再現する技術だけではなく、コミュニケーション力も必要なのですね。
きつ:後で人工乳房をつくる流れについてお話ししますが、彩色技術者は、初めてお会いするお客様と2~3時間向き合って、いろいろお話を聞いて人工乳房をつくりあげる仕事なので、コミュニケーション力が大切なのです。私は、もともと人のお話を聞くのが好きですし、画塾での受験指導から、コミュニケーションは得意なほうなので、それも新しい仕事に活かせると思いました。
――若い人よりも人生経験の豊富な人が向いている?
きつ:そう思います。40代後半の私が採用されたのも、そういう一面があったでしょう。
一人ひとりに合わせた胸を細かく追求。スタート後、難しさに直面
――新しい仕事はスムーズでしたか。
きつ:それが、全然! 大学で美術を学び、イラストレーターとしてのキャリアも20年以上ありますから、比較的簡単にコツがつかめるだろうと思っていたのですが……。
――想像していた以上に難しかった?
きつ:最初に、本社の研修に参加したとき、指導講師の彩色の仕方を見て「あ~、私、下手くそだな……」と落ち込みました。自分なりにコツがつかめたなとまで、自信が持てるまで1年ほどかかりました。
――どんな素材に、どう彩色していくのですか?
きつ:使う絵具は、特殊なもので5色。それを混ぜ合わせて肌色をつくり、シリコン製の人工乳房に色を塗っていきます。お客様ご自身に合わせた肌の色合い、血色、血管の浮き具合、ほくろなど、とことん細かく追求していきます。
――血管やほくろまで!?
きつ:基本の肌色4色から選ぶコースもありますが、せっかく作るなら、自分の肌にぴったり合う色で、かつての「私の胸」を再現してほしいというお客様もいらっしゃいます。彩色技術者は、そういう「自分専用の彩色」を希望される方のために、一人ひとりの「新しい胸」をつくりあげるのです。