トレーニング効果や運動リハビリによる回復過程の「見える化」に期待
日本電信電話(以下NTT)は、スマートフォンを使って短時間の繰り返し運動の「ばらつき」を定量的に評価することにより、「器用さ(※1)」の度合いを簡単に見える化する方法を開発した(図1)。
本手法により、特殊な器具を使わずに手軽な計測ができるようになり、足の動きの器用さも計測することが可能となった。器用さを手軽に評価する本技術の発展により、スポーツ種別に則したトレーニング効果や運動リハビリによる回復過程の「見える化」が期待される。
<図1>
スマートフォンを使った手軽な手足の器用さの測定
本成果は、6月24日より開催されるコミュニケーション科学基礎研究所オープンハウス2024にて展示される。
研究の背景
人間は、学習によって複雑な感覚情報をもとに思ったとおりに動くことができるようになる。しかしロボットと異なり、どんなに上達した動きでも「ばらつき」が生じ、思った通りに動かすことはできない。
この運動のばらつきは、長年、脳運動研究分野でも注目されてきた。手や足を自在に動かす脳の情報処理の仕組みを理解するためには、成長やトレーニングによって運動のばらつきがどのように変化するかを調べ、そのメカニズムを理解することが必要だ。
これまでNTTでは、人に寄り添うICTを構築するため、感覚や運動生成に関わる脳情報処理を理解する研究を行なってきた経緯がある。
本研究では、人の「思った通りに動かせる」能力と深く関係する「動きのばらつき」を、より簡単に計測する方法について検討が進められてきた。
従来、手を「思ったとおりに動かせる」能力は、例えば一定時間に細い棒を穴に何本入れられるか、あるいは小さなブロックを幾つ運べるか、などの作業効率が評価に使われてきたが、それらの手法は特殊な器具を使用するため、専門家や研究者の使用に限定されることが多く、手軽な評価が困難でもあった。
そのため、幅広い年齢層を対象に多人数を計測することは多くの労力を要とし、成長や加齢の影響、あるいは個人のトレーニングによる器用さ(※1)の変化や左右のバランスの状態を簡単に調べることは困難とされていた。
また、足の器用さについては、片足のバランス計測をする手法などが用いられていたが、その手法は全身の感覚情報処理の機能も含む評価になってしまうため、足自体を動かす器用さの計測としては十分ではなかった。
研究内容〜「動きのばらつき」に注目
本研究では、思ったとおりに動かせるかどうかを簡単かつ信頼性高く計測するため、比較的速い速度で繰り返し円運動をする際の「動きのばらつき」に注目した。
単純な繰り返し運動は短時間でもばらつきを評価することができる。今回、測定を受ける人がスマートフォンを手に持つ、あるいは足に装着し15秒ぐるぐる繰り返し回す運動(図2)をした際の、加速度軌道のばらつき量を定量化するアルゴリズムを開発した。
<図2>
手足の繰り返し運動の「ばらつき度」から「器用さ」の度合いを見える化
右利きの方の両手両足の加速度軌道の一例(図2)を示しているが、左右の軌道を比較すると、手足ともに左よりも右のほうが軌道のばらつきが少ないように見える。
開発したアルゴリズムでその軌道を解析することにより、その「ばらつき度(※2)」を定量化することができる。
4歳から88歳までの総計608名から得られたデータを解析し、手足の利き側・非利き側(※3)の「ばらつき度」を示したグラフ(図3)から、手足ともに利き側・非利き側で、ばらつき度は成長とともに減少し、その後一定となり、加齢によって増大することが明らかになった。
また、手足ともに利き側のほうが非利き側よりもばらつき度が小さいことがわかった。
<図3>
手足の動きのばらつき度は成長と共に減少し、高齢で増大
次に、この利き手と非利き手の器用さの違い、ばらつき度の左右差がトレーニングに影響されるかを検討するため、右利き、左利き、右手への矯正者(質問紙調査で右利き538人、左利き27人、右手への矯正43人)に分けて、ばらつき度を評価した(図4)。
右利きの人は左手の方がばらつき度が大きく、左利きの人は右手の方がばらつき度が大きくなっている。また、右手を使うように矯正された人は、左手と右手両方ともばらつき度が少ないことがわかる。
右手を使うように矯正トレーニングを受けた場合には、右手のばらつき度が減少するだけでなく、左手のばらつき度は増えていない(器用さが低下しない)ということも判明した。
<図4>
右手を使うように矯正されると、手と足のばらつき度とその左右差に影響
同様に足のばらつき度も、手の左利き、右利き、そして矯正のグループに分けて解析した。手が右利きの人は、右足の方がばらつき度が少ない(すなわち足も右利き)のに対して、手が左利きの人は、左足と右足のばらつき度には差がなかった。
さらに、右手を使うように矯正された人でも、通常は足を使う運動の矯正はされないが、左足より右足のばらつき度が小さくなっていた。
矯正という利き手を変えるトレーニングは、左手と右手の器用さ度合いの差を変化させるだけでなく、さらに足の器用さ度合いの左右差にまで影響を及ぼすことが今回の実験でわかった。