「廃校を有効に活用した展示の魅力」
この廃校をつかった水族館の魅力は、訪れる人がどこか懐かしい校舎内の光景に子供だった頃の記憶を重ねながら歩き回ることで感じるノスタルジーな感覚と、その雰囲気に浸りながら室戸の海に暮らす生き物たちをゆっくり鑑賞して回ることである。踊り場に張り出されたポスターや模造紙に大きく書かれた学びに関する言葉には大人になった今も姿勢を正される想いにかられる。
エントランスにあるチケット売り場でチケットを購入し、エントランスに置かれた跳び箱に「あっ跳び箱だ」と心の中でテンションが上がる。そして触れたくなる。
その先に進むとそこには人体模型が迎えてくれる。人体模型は学校の七不思議にも登場する欠かせないキャラクターの一つでもある。さりげなく人体模型のそばにAEDが設置されているところにさりげない共通点があり見た人をクスッとさせる。
しかしよく見るとAEDが入るべき収納スペースには一匹の金魚がヒラヒラと尾びれを振りながら泳いでいる。肝心のAEDはというと、人体模型の頭上に置かれている。どうやらAED機械更新時に新しいAEDのサイズが元の収納スペースに収まらなかった為、水槽として活用しているそうだ。本来AEDをケースに納めないといけないというものではないため、その役目を終えたAEDの収納ケースは「金魚のお家」として生まれ変わった。こういった展示も胸の奥に残る子ども心をくすぐるユーモアが詰まっていて面白い。
※設置されているAED本体は定期的にメンテナンス管理されているため緊急時に問題なく使用できるのでご安心を。
2階に上がると手洗い場が現れる。ここ数年で日常的に手洗いうがいの大切さは再認識されているのだが。外から帰ってきたら手洗いをする。その習慣を教えられたのは学校にこの手洗い場というシステムがあったからではないだろうか。
しかし今、目の前の手洗い場はタッチプールとして活用されており「ヒトデ」や「カニ」の棲みかとなっている。よく観察していると、なんと「伊勢海老」も紛れている!やっぱり伊勢海老はつかんで持ち上げてみたくなる。胸の奥に隠れた子ども心からのサインだろう。
黒板にはチョークで書かれたタッチプールの生き物たちがイラストで可愛らしく紹介されている。
黒板の端に書かれた日付と日直の記述を見つけて学校にある黒板には必須の記述であると認識すると同時に、それがとても微笑ましく懐かしい気持ちにさせる。
先に進むと昭和世代にはなじみのある「OHP」が展示されている。当時このガラス面に透明のフィルムに書かれた教材を置き、黒板やスクリーンに投影して授業が行われていたのを思い出す。いまではプロジェクターに取って代わられたが「OHP」は昭和に活躍した文明の利器である。
操作する人がよくフィルムの裏表を間違えて投影していたのも日常だった。時間の経過とともにサビついたこの「OHP」に近づいて光源となる中を覗いて見ると、ここにも金魚が静かに泳いでいた。本来の役割を果たせなくなっても命をはぐくむという新たな役割を与えられた「OHP」にそっと触れたくなるだろう。
廃校を使った水族館の魅力はまだある。子どもの頃、授業で初めて見た海の生物の姿形に驚き、目を輝かせて興味津々で観察していたあの時のワクワクを、校舎の中に並んだ水槽に見つけることができるのだ。
キラキラと並ぶ水槽の中では、室戸の海の生き物たちが水槽を覗きに来る人を待ち構えている。
生き物たちは様々な水槽の中の生活を送っている。あるものは同居する同じ種でありながら名前の違う者同士で絡み合ってみたり、ある者は水槽をのぞき込む人の顔を見つめて離れない。様々な生き物たちが三者三様違った様子を我々に見せてくれる。そんな水槽を見てまわっているとそのうち小学生だった頃の自分の記憶がよみがえってくるだろう。
「展示されている生き物は漁師さんからの厚意で賄われている」
展示されている魚たちは全て、むろと廃校水族館の前に広がる海で定置網漁をしている漁師さんたちから、競りにかけられない(一般的に競りにかけても売れない種、傷のある魚たち、食材として流通しない魚)を、漁師さんたちの厚意で譲り受けたものばかり。作物であれば訳ありに分類されるのだが、とはいえ「むろとの海の幸の皆さん」なわけだ。海の幸というとどことなく水槽が「いけす」のように見えてくる。
ここは水族館だから食材を見るような見方や考え方、発言は恥ずかしい。そんな風に考える人もいるかもしれない。しかしここでは「美味しそう」という感想でもよいのだ。
室戸の海の豊かさを、彼らの姿を見ることで感じてもらうことも地域に寄り添ったこの水族館の役割でもある。食育にもつながる取り組みであり魅力的な場所だ。なんなら、スタッフに魚の美味しい食べ方を聞いてみても良いだろう新たな食べ方の提案が受けられるかもしれない。すべての魚のレシピを教えてくれるとは限らないが、水族館なのに!海の幸を扱う水族館職員だから知る面白い魚の話が聞けるかもしれない。じつは飼育スタッフも声をかけてもらいたいと思っていたりもするものなのだ。
この水族館に譲り受けられる理由の一つとして「孫に自慢ができるから」とこんな話を聞いた。
水族館に海の幸を提供している個人の漁師さんがお孫さんを連れて来館された時のこと。
スタッフが提供された魚のいる水槽に案内したところ。お孫さんはしばらく、その海の幸を不思議そうに見て、漁師のおじいちゃんに「この魚なんてなまえ?」と聞いては、しばらくその魚をじっと見ていたそうだ。その時のお孫さんの顔はとても嬉しそうで興奮していたという。「自分の仕事が孫に喜んでもらえるのはうれしいですね」と漁師さんもどことなく誇らしげな笑顔で一緒に水槽を眺めながらスタッフに話したそうだ。そんな物語がこの水族館に並んでいる水槽には秘められている。展示されている海の幸の皆さんは誰かの自信や誇りの象徴でもあるのだ。
取材の中で館長の好きな魚はと聞いたところ、ぜひ見てもらいたいのは「ボラの水槽」と言われた。しかも「おいしい魚だ」というのだ。釣りをするものからすればボラは臭くて好んで食べることのない魚だと話しにきくのだが、きれいな水で育ったボラはとてもうまいのだとか。そんな話を聞いてからこのボラ水槽の前に来て見ると。ボラのほうが来館者を見つけて、さながら海外のアーティストが訪日して空港で姿を現した時のような「人だかり?」いや、「ボラだかり」現象が起きる。その光景の気味の悪さに驚きがジワジワ来る。見ていると気持ち悪いのに面白い光景に目を奪われる。なんだか魚との距離が縮まったようにも感じる展示である。(記事を書きつつ、館長にどこでおいしいボラ料理を食べることができるかを聞き忘れたことを後悔している)
室戸市民と室戸の漁業や海への関心を高める取り組みの拠点として
ウミガメの研究はもとより、水族館運営には地元の漁師さんたちの協力なしでは成り立たない。しかしその協力を受けるだけではなく、むろと廃校水族館では冒頭に紹介した地元の魅力発信基地として地域水産業継続の取り組みにも積極的にアイデアを出し取り組んでいる。また、子どもたちの地元水産業への興味や発見を促す取り組みとして、魚の調理実習や水産の現場見学さらには水族館での宿泊体験なども実施された。一日中魚たちと過ごす非日常と身近な海の不思議や魅力に気づいてもらうイベントなどにも取り組んでいる。
水族館が海の生き物を知ってもらうだけの場所ではなく、その海と共に生きる人々の暮らしについても学んでもらう活動もしていることは多くの人に知ってもらいたい。