音楽を映像とともに聴く「ミュージックビデオ(MV)」文化は、YouTubeなどの動画配信サービスやSNSの普及で新しいフェーズに突入。音楽を聴くツールがオーディオ専用機器よりもスマホやPCなどネットサービスを利用したものを使う層の方が主流になり、音楽の届き方がまた変わっていくなかで、注目されているのが「リリックビデオ」だ。
音楽プロモーション動画の映像手法のひとつとして、歌詞に重きを置いた表現をした短編映像作品は、なぜ注目されているのか?
Adoの楽曲『Value』のリリックビデオを手掛けたG子さんに、その作成や表現についても伺った。
リリックビデオは無料動画サービスの普及のなかで生まれた新たな音楽体験
音楽を聴くツールがオーディオ専用機器よりもスマホやPCなどネットサービス経由が主流になっているが、2024年3月に発表された「2023年度音楽メディアユーザー実態調査 定点調査」によると、音楽の聴取方法は「YouTube」「テレビ」「定額制音楽配信サービス全体」の順で利用されているが、前年と比較するとYou Tubeと回答したユーザーはは5.4ポイント減少。有料聴取層、無料聴取層に関わらず、「YouTube」が圧倒的に使われている。
ミュージックビデオのなかでも、歌詞を字幕ではなく、映像作品中に盛り込んだものを「リリックビデオ」と呼ぶ。これは楽曲を流しつつ、キレイな静止画をカットインさせながら歌詞を印象的に見せるものだ。歌詞のタイポグラフィを立体化し、そのなかを巡っていくサカナクションの『アルクアラウンド』(2010)など、ミュージックビデオのなかに全歌詞が登場する作品もあったが、歌詞に重きをおいた映像を「リリックビデオ(Lyric Video)」というタイトルをつけて投稿される例は2014年頃から増加。この時期の作品には高橋優『太陽と花』、ONE OK ROCK『Clock Strikers』(いずれも2014年公開)がある。
リリックビデオは、楽曲のミュージックビデオとは別に歌詞を伝えるものとして2本目以降にYouTubeなどのオンライン上に公開されている。これは、音楽の視聴体験が変化するなかで、ミュージックビデオの映像には字幕で歌詞を入れることは世界観を疎外するものとして外していたが、歌詞カードなどがないなか、より歌の意味を伝えるものとして歌のリズムとリンクして歌詞が出るリリックビデオが求められたことから広がったのではないだろうか。
アニメ『ぼっち・ざ・ろっく』の劇中バンドである結束バンドの2022年11月公開のリリックビデオ『ギターと孤独と蒼い惑星』は、2024年5月時点で約3525万再生。バンド活動は映像の世界から飛び出し、8月には国内最大級のロック・フェスティバル『ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2024』への参加も発表されている。
作品関係者によると、アニメ作品内のバンドだが、PVに加えてリリックビデオまで作るのは、バンド活動として特別に珍しいものではなく、本作でもバンドのプロモーションの当然の流れとして制作したという。また、再生数がここまで伸びている要因には、単純にオンラインでフル尺を手軽に視聴できるツールとしてYouTubeが活用されているからだと見ている。
リリックビデオは、音楽を広く届けるための1つの形として定着したようだ。
結束バンド『ギターと孤独と蒼い惑星』のリリックビデオ
注目のアーティスト・Adoの楽曲『Value』をリリックビデオにしたG子さんに伺う作品づくり
では、リリックビデオというものはどうやって作られているのだろうか?
今回は2024年2月23日にYouTubeにてプレミア公開(その後一般にも公開)されたAdoさんの楽曲『Value』を手掛けたアニメーターのG子さんにお話を伺った。今回の作品はiPadのプロモーションでもあったため、使われているツールはiPad ProとApp Store内にあるアプリだ。
https://www.youtube.com/watch?v=5iAQF_q6FSk
CAP:Ado「Value」
―今回の作品づくりはどのような経緯で決まったのでしょうか?
クリエイティブスタジオの「R11R」というサービスがあるのですが、そちらを通して私に声がかかりました。普段は『Value』で使用した機材に加え、普段はAfterEffects(以下、AE)やPCも使用していますし、アナログ画材やカメラ等を使用することもあります。題材にあった手法を探すという感じなので特定の機材や手法に拘る感じはそこまでありません。
『Value』ではリリックモーションも手描きです。今回の場合はAppleさんのiPadのプロモーションが念頭に置かれていたので、「手書き文字を魅力的に」というオーダーがありました。普段はリリックが主役の動画を制作することは稀なので、『Value』にあたって専用に文字の扱い方を開発するように掘っていったという感じでしょうか。(以下、すべて回答はG子さん)
―楽曲をアーティストが歌で表現した世界があるなかで、リリックビデオというまた別の表現をさらに作るというのはどのようなオーダーがあるのでしょうか?
『Value』に関しては「手描きの文字を重視したい」「iPadのみ」というオーダー以外はほとんどこちらにゆだねられていました。今回は「人類史」、「木の棒で砂に文字を書く」などの大まかなテーマを私から提案し、それ以降は絵コンテやVコンテを提出しながらすり合わせていきました。
自己表現に関しては、他の案件では完全にお任せのようなところもあります。『Value』の場合は規模も大きいため、すり合わせは割と丁寧に行った印象です。
文字が時には画面の外にはみ出したり、音の波形のように躍動。
―ミュージックビデオのなかでも、リリックビデオならではの面白さってありますか?
今回はリリックも手描きのアニメーションなので、AEでできるような数値の調整では少し難しそうな動きを意識して行っています。人が文字を書く際のトメ・ハネ・ハライ的な動きのタメツメを入れる、文字が大きな変形を行うなど、『Value』はプリミティブなイメージと可読性の間を取る文字デザインが課題でした。
また、日本語のリリックビデオは、表意文字の持つ印象をうまく使えるのが面白い点だと思っています。『Value』でも、漢字一文字を一瞬だけ大きく出すなどしています。「孤独」や「葬」といった文字が一コマだけ大きく出ると、少しピリッとする感じがあります。個人的には、すぐれたタイポグラフィであまり大きくは動かさない方向性もクールで気になっています。
画面全体を文字で覆い尽くす場面も。
―今後どのような活動を行なっていく予定でしょうか?
現在は大学院の修了制作に注力しています。PVは音楽ありきなので、ゼロから映像をつくる方面にも少し興味を持ち始めています。表現手法にはあまりこだわらず、主題によってオーダーメイドにいろいろチャレンジすることは続けていきたいです。
その中でいかに一本の軸をもって活動できるかというのがいまの課題になっています。
私はもともとは趣味で雑多にやっていたところにお仕事のお誘いが来るようになりました。美大で実技の教育を受けていたわけではなく、明確な「作家性」のようなものが定まっていませんでした。
デッサンでは(手元の)紙を見ずに対象物のみを見ながら手を動かし、その後、紙に残った塊から形を起こしていくという方法がありますが、そういった過程にあるのかもしれません。
なんども手を動かすうちに同じ部分がどんどん濃く残っていくような…しかしそれでは受け身すぎるというか、ちょっと気が長すぎるように感じられてきたので、積極的に軸を探そうとしています。「どの作品も違うけれど(ワンパターンではない)明らかに一人の作品としてみなすことができる」という状態に意識的にもっていけるようにしたいです。
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ミュージックビデオは、その名前を冠した音楽専門チャンネル「MTV」が1981年に誕生し、マイケル・ジャクソンの『スリラー』(1982)など、ただ歌を流すだけではなく映画のように独自の物語性を持ったものへと進化。ミュージックビデオからプロモーションビデオ(PV)と呼称も変化してきた。
一方で「TikTok」など、また新たなSNSの台頭で音楽視聴ツールも増加傾向。これはとくに10代では顕著な傾向となっている。
今後、リリックビデオの表現も代わり、また新たな音楽映像の世界が広がっていくのだろうか。
取材・文/北本祐子