2023年ラグビーのワールドカップで南アフリカが2大会連続4回目の優勝を果たしたことは記憶に新しい。そんな南アフリカでは新たなスポーツの人気が近年上昇している。
そのスポーツとは「パデル」だ。パデルとはスペイン発祥のラケットスポーツで、テニスとスカッシュの要素をもち、強化ガラスと金網で囲まれた専用のコートでプレーをする。
なぜパデルが南アフリカでブレイクしているのだろうか?
南アフリカ在住で現地の友人と毎週パデルを楽しむ筆者がパデルの魅力と南アフリカで人気の理由に迫る。
最近、日本でも目にする機会が増えてきたパデル
新感覚スポーツ「パデル」とは
パデルは1970年代に誕生した、テニスとスカッシュをかけ合わせたラケットスポーツ。
2024年現在全世界90か国以上に約5万コート、競技人口は2500万人にのぼる。
とりわけスペインではサッカーを抜いて国内第1位となる競技人口を持つなど、ヨーロッパを中心に全世界で最も成長しているスポーツとして注目を浴びている。
周囲を強化ガラスと金網で覆われているコートがパデルの特徴。
ポイントの数え方や試合進行はテニスと同じだが、壁面のバウンドを活用したダイナミックなショットはパデルならでは。周囲の壁を戦略的に使う頭脳プレーが魅力的なスポーツである。
現在日本では、パデルができるスポットが増え、競技人口35,000人、選手登録者数は1,000名ほどいる。
南アフリカでパデル人気が急上昇
クラブではパデルラケットやシューズを購入することもできる。
2019年に南アフリカで初めてのパデルコートがケープタウンに建てられた。そこから2024年現在は400コートを越えており、南アフリカのパデル人口は数十万人にのぼるといわれている。
パデルコートはヨハネスブルグ、ケープタウン、ダーバンなど主要地域にあり、全国的に広がっている。中にはテニスコートを潰し、そこにパデルコートを建てているところまであるのだ。
パデル専用のクラブも次々に設立している。クラブはコートやラケットを提供するだけでなく、WhatsAppを使ってプレイヤー同士のグループを作成したり、トーナメントを開催したりしている。
南アフリカではパデルコートのレンタル料は1時間R300~400(約2,400~3,200円)、ラケットは1本R50(約400円)で借りられ、手軽に始めることができる。
なぜ南アフリカではこの数年の間にパデルが急激に人気になったのだろうか。
初心者が挑戦しやすいスポーツ
パデルのラケットはテニスラケットよりも軽い
パデルが人気になった理由のひとつとして、初心者でも簡単にプレーできるということが挙げられる。パデルのラケットはテニスラケットより短いので、扱いやすい。ガットではなく板状のためどこに当たってもボールが真っすぐ飛び、初心者でもすぐにボールに当てられる。
コートはテニスコートの7割程度の大きさのため、相手コートに返球するのは簡単。
周りの壁を利用して返球することができるため、動く範囲がテニスに比べて格段に狭く、
子どもから年配の方まで体力的な負荷をかけずに楽しむことができる。
ボールはテニスボールと色や形は似ているが、パデルボールはテニスボールより空気圧が低く、反発力が小さくなる。
年齢やレベルに関係なく、老若男女が楽しくプレーができることがパデル人気の理由のひとつといえる。
ブームの背景には南アフリカの民主化の歴史も
プレトリアのユニオンビルにあるネルソン・マンデラ像
パデルブームの背景には南アフリカの歴史的・文化的な背景も関係しているといえる。
南アフリカではかつてアパルトヘイト(人種隔離)政策が行われていた。
今では南アフリカの国民的スポーツであるラグビーも、以前は白人のスポーツとしてアパルトヘイトを象徴するものだった。
しかし、黒人初の大統領に就任したネルソン・マンデラ氏が「スポーツは人種の壁を越えて団結する力がある」という考えのもと、アパルトヘイト政策の撤廃に尽力した。
このような歴史的背景により、現在の南アフリカにおいてスポーツは人種に関係なく楽しむことができる娯楽となり、ラグビー、クリケット、サッカーなどのスポーツが盛んになった。
パデルも例にもれず、白人、黒人、インド系など人種に関わらず認知度の高いスポーツとなった。
また、南アフリカはヨーロッパの文化を強く受けており、テニスが人気なお国柄もパデルの普及に影響していると考えられる。
パデルの火付け役、パデル専用マッチングアプリの誕生
Playtomicのアプリを使用するとコートの予約や決済ができる
南アフリカにはパデル専用のアプリ「Playtomic」がある。「Playtomic」を使用するとプレーをしたい人はアカウントを設定して、最寄りのコートを簡単に予約できる。
このアプリはコートの予約だけでなく、友達とのプライベートマッチを作成したり、公開してパートナーを見つけたりすることも可能だ。
パデルのコミュニティを作るうえでも一役買っており、パデルの新規参入を促しているといえる。
また、南アフリカのパデルコートには軽食が食べられるスペースやカフェが併設されており、プレーの前後で食事をとりながらプレイヤー同士が交流することも可能だ。
夕方になると仕事終わりの人たちがパデルコートに集まり、ビールを片手にコート横で談笑していることも。
パデルは年代問わず様々な人と繋がることができるので、フレンドリーで社交的な場を好む南アフリカ人にとってパデルのコミュニティで繋がれることも人気の理由の一つかもしれない。
パデルコート横のコーヒースタンド
南アフリカの「健康増進型」保険もパデルブームに一役買っている
南アフリカ最大の民間医療保険会社Discovery社が生み出した健康増進型の新しい保険のモデル「バイタリティ」。このバイタリティもパデルブームに一役買っていると考えられる。
バイタリティは、加入者が健康になればなるほど見返りが得られるシステムだ。
定期的にジムに行き、健康的な食事をし、健康診断を受ける顧客に、保険料の割引や提携企業のサービス特典といった報酬が与えられるのだ。
住友生命、第一生命、東京海上日動あんしん生命など、日系の生命保険各社もこぞって始めた「健康増進型」保険のパイオニアだ。
このバイタリティ加入者がパデルをするときにも特典がもらえる。
加入者が前述のアプリを利用してコートを予約すると4週間前までコートを独占的に予約できたり、アプリを通じてコート代を支払うと前払い20%オフの割引が受けられたりする。
パデルは楽しいスポーツというだけでなく、体力増進や健康維持にも効果的だからだろう。
無理なく有酸素運動ができるため、生活習慣病の予防などにも効果が期待できる。
南アフリカでは運動する習慣がある人が多いため、楽しく運動することができるパデルは良い健康習慣として人気だ。パデルは楽しみながらダイエットや健康促進ができる生涯スポーツともいえる。
南アフリカのパデル人気の理由には、誰もが楽しくプレーできるパデルの魅力と南アフリカの歴史的・文化的背景が関係している。また、パデル専用のアプリや保険会社のサービスがパデルの人気を後押ししていることが分かった。
近年、日本でもパデルができるスポットが増えているという。パデルは楽しいだけでなく手軽に健康増進を図れることから、運動不足が問題になっている日本でもブームになるかもしれない。
文・写真/山本千裕
南アフリカ・ダーバン在住ライター。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」会員