■連載/阿部純子のトレンド探検隊
電気の力を活用して食事の味わいを変調させる「電気味覚」の技術を搭載
キリンホールディングスと明治大学総合数理学部先端メディアサイエンス学科の宮下芳明研究室との共同研究によって開発した、電気の力で減塩食品の塩味やうま味を増強する食器型デバイス「エレキソルト」第1号商品として、「エレキソルト スプーン」(1万9800円)が発売された。
エレキソルトは、減塩食品の塩味やうま味を増強させる独自の電流波形の「電気味覚」技術を搭載。電気味覚は電気刺激によって味を感じる、あるいは味が変わって感じるという現象で18世紀からすでに知られており、医療現場などの味覚検査で用いられている技術。
「我々の研究室は、食生活を豊かにするための方法として電気味覚技術を開発し、明治大学とキリンは共同研究で電流波形の制御システムを作りました。このシステムから薄味の減塩食の味わいを増強する独自の電流波形を選定しました。
電気味覚により塩味を増強する仕組みは様々ありますが、その中の一つにイオンと呼ばれる、味の成分の動きをコントロールさせるというものがあり、エレキソルトはこの技術を活用しています。
食べ物の味は舌にある味覚の受容体に触れないと感じることができませんが、塩味の基となるナトリウムイオン(Na+)は口内で分散しており、舌で味として知覚されないものもあります。
エレキソルトは、この分散してしまいがちなナトリウムイオンを、食品を介して微弱な電流を舌周辺に流すことで、舌の方に引き寄せます。これにより、塩味が強くなったように錯覚を起こすことができるのです」(明治大学 総合数理学部 先端メディアサイエンス学科 宮下芳明氏)
エレキソルトの技術(電流0.1~0.5mA)を搭載した箸を用いた試験において(下記画像参照)、一般食品を模したサンプルで電気刺激なしでは、しょっぱさを感じる塩味の評価ポイントは平均50.4、減塩食を模したサンプルで電気刺激なしでは平均35.8と、塩分が減っている減塩食はやはりしょっぱさを感じていないことがわかる。
減塩食を模したサンプルで電気刺激ありの場合だと平均55.4となり、同じ減塩食でも塩味が約1.5倍増強しているということがわかった。
「塩を加えることなく減塩食が一般食と同じ塩味に感じられていることが実験によって明らかになりました。また、被験者となった、現在または過去に減塩をしている/していた経験のある31名にのうち29名が 『塩味が増したと感じた』と回答しました。
実験を体験した方々に味の変化についてお聞きすると、『出汁を入れたみたいにコクが感じられる』『おいしくなった気がした』と、塩を加えたような感覚ではなく実際によりおいしくなったような味の評価をいただきました。
それも道理でして、我々の電気味覚技術はナトリウムイオン以外のイオンも抵動させることになるので、塩味だけでなく酸味やうま味といった他の味も増強され、実際に味がより濃くなったと感じるようになるのです。これらの実証実験により、独自の電流波形が味わいを良くすることが証明されましたので、これをエレキソルトに活用して製品の開発に移行していただきました」(宮内氏)
キリンホールディングス ヘルスサイエンス事業部 新規事業グループ 佐藤 愛氏は宮内研究室との共同研究を経て、電気味覚技術を活用したデバイスの開発に取り組んだ。
食品を介して電流を流すことができる技術は、様々な形態に応用することが可能であるため、減塩に取り組んでいる人たちに調査を実施。
特にラーメンや汁物に関して「薄味ではなく濃い味で食べたい」ニーズが高いことを確認したことから、日常の食事で自然に使える、食器・カトラリー型デバイスとして開発を進めていった。
「2022~2023年にかけて、微弱な電気の力で塩味やうま味を引き出していく食器型デバイスエレキソルトとして、お椀型やスプーン型の実験器を使って、日常生活での使用の可能性を検証してきました。
複数の民間企業や小田原市の方々にご協力をしていただき、減塩に関心のある方にエレキソルトで試食や、家庭の中で使用していただく試験を行ってきました。
エレキソルトでの塩味増強効果の体感は、個人差や食事内容による差が大きいですが、7p~9割の参加者が塩味の増強効果を体感されました。
また、減塩食や調味料、レシピ、その他健康サービスを提供する場でエレキソルトを活用いただくことで、健康的な食、減塩に対する関心が高まる可能性もあることを確認いたしました。
実証実験にてお客様のニーズが確認されましたので、安心してご使用いただける製品となるように技術の面も実験機からさらに改良を重ねました。より自然な食体験となるような技術の改良、家庭での使用に耐える安全性・耐久性、カトラリーとして重要な持ちやすさと使い勝手にこだわった設計としています」(佐藤氏)
エレキソルト第1号となるデバイスはスプーン型。カレーやチャーハン、丼、ラーメンのれんげ代わり、みそ汁やスープなどの汁物に適しており、通常のスプーンのように食事全般で使うことが可能。
エレキソルトの公式オンラインストアにて、当初は200台限定の予約抽選販売(6月2日まで)を開始。追加の通販販売は、順次公式オンラインストアに掲載する。
6月中旬からハンズ新宿店、梅田店、博多店で数量限定販売を行う予定で、6月1~2日の2日間はハンズ新宿店にて先行体験会を実施予定。
【AJの読み】スプーン型以外のカトラリーの発売にも期待したい
エレキソルトは、電源を入れランプが黄色に点灯したら、同じボタンを複数回押すことで4段階の強度を選択できる。食材をすくって口に入れたときにランプが白色に点灯すれば正しく稼働している。
2年ほど前に佐藤氏に取材した際、箸の実験機でみそ汁を試してみたが、この時はすぐに塩味が強くなったことを実感した。しかし今回、スプーンでカレーを試食すると箸で感じたような実感が薄かった。
なぜだろう?と思ったが、問題は使う側の手の大きさにあるかもしれないと思った。エレキソルトはスプーンの裏面にある電極に手が触れるように持ち、食材をすくうと電流が流れて効果が出るという仕組みだが、筆者は子ども用手袋がちょうどよいサイズというほど手が小さく、なかなか白色にランプが点灯せず、電極に触れた状態でスプーンを使うのが非常に不便、つまりスプーンが大きすぎる(長すぎる)のではないかという考えに至った。
スプーンの先端にも金属の電極があり、電極はスプーンのつぼ(すくう部分)の先端ではなく、柄に近い部分にあり、先端のみにのせるのではなく、しっかりとつぼにのせてすくわないと味の変化が感じにくい。つまり、きちんと効果を得るにはちょっとしたコツが要る。
実証実験の段階では箸型、おわん型スプーン型、さまざまな形態の実験機を開発しており、客のニーズや使い勝手を考慮して、今後はスプーン型以外の開発も視野に入れると佐藤氏は話す。使い勝手の良い箸型、持つ力が弱い高齢者や手が小さい人でも使えるサイズのスプーンなど、エレキソルトのさらなるラインナップを待ちたい。
取材・文/阿部純子