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【勝手にブック・コンシェルジュ】環境省特殊疾病対策室長に読んでほしい佐藤哲也の『ノベル氏』

2024.05.15

官僚や役人の目を覚まさせるノベル氏たちの物語

舞台は人類が星間旅行の方法を発見して宇宙に進出するようになった未来。知性を持つ異星種族との遭遇が現実的な可能性として考えられるので、万が一敵対的な異星種族が出現した場合に備えて、すべての植民惑星は衛星軌道上にヘルメス衛星を配置することが法によって義務づけられるようになっています。

植民惑星の地上からの通信によって敵対的な種族による攻撃を認識すると、緊急連絡ポッドをただちに地球に向かって射出するようになっているヘルメス衛星。――と、ある日、植民惑星LZ529、通称ナウホワットの衛星からポッドが飛び出し、やがて地球に届きます。「本当に異星人から攻撃を受けているのか?」、おっとり刀の宇宙省はその確認のために、外来種族管理局ムワンザ事務所(ハローアース)の副所長をしている凡庸な役人・ノベル氏をナウホワットに派遣するのです。

「はて?」、あなたは首をかしげておられることでしょう。なにゆえ自分がSF小説をオススメされなくてはならないのか、と。でも、読み進めていけばわかっていただけるはずです。なぜなら、これはあなたのような官僚や役人、政治家を風刺した物語だからです。

地球と植民惑星で起きている種族間の争いや差別問題、移民問題。経済侵略。役所や省庁でよく見られる書類や情報のたらい回しと隠蔽。いじめ。省庁のトップや政治家たちの笑うしかないような無能ぶり。上から命じられたことにだけ忠実で一切自分の想像力や判断力を行使しないノベル氏のような小役人の凡庸悪。

船長のロスト氏や機関長のネスト氏、船医のダスト氏とノベル氏の護衛を命じられているスポッツ氏(2人は実は精巧なロボット)、テレパスのコクリ氏。ノベル氏と共に宇宙船マルットに乗り込んだ面々のナウホワットへの旅と現地に着いてからの出来事の合間に、この一件に関係した人々の証言をはさみながら、ドキュメンタリータッチで進行していくこの物語は、SFのスタイルをとってはいるものの、人類の今ここにある危機を描いているんです。

で、官僚や役人、政治家による愚かしい振る舞いの数々をシニカルに描いているにもかかわらず、その淡々とした中立的な筆致が生むのが笑いだったりするのが素晴らしいんです。多くの読者は獲得していませんが、『沢蟹まけると意志の力』『下りの船』『シンドローム』といった思弁的なのに読ませる作品で熱烈なファンを有している佐藤哲也にとって、ポーカーフェイスの笑いは十八番。この小説にも声に出して笑ってしまうくだりが多々あって……あ、でも官僚であるあなたは苦虫を噛みつぶしたような思いをされるやもしれませんね。

しかも、博覧強記の作者ゆえに「シオンの議定書」(ご存じなかったらググってくださいまし)や宮沢賢治、トールキンの『指輪物語』、クトゥルー神話、カフカ的迷宮、ヴァレリーの『テスト氏』などを下敷きにしたエピソードも頻出。パロディもまた佐藤哲也の十八番なんであります。

1977年には当時の環境庁長官だった石原慎太郎が水俣病患者を「IQが低い」と愚弄して土下座謝罪をする事件がありましたね。政権が変わるたび、内閣が解散するたびに上司が替わり、時には石原氏のようにとんでもない粗相をしでかすのだから、大変なお仕事と存じます。あなたがたには「(無能な政治家なんかじゃなく)自分たち官僚が国を動かしているのだ」という自負がおありでしょう。でしたら、ノブレス・オブリージュ。自分たちの役割と責任と倫理にも自負を抱けるような、弱者に対する想像力をフル回転させる国家運営を心がけてください。ノベル氏たちの物語は、あなたがたの目を覚まさせる力があると、わたしは思います。

文/豊崎由美(書評家)

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