パラレルミライ20XXは「SFプロトタイピング小説」です。SFプロトタイピングとは、SFの想像力を活かして未来の技術や社会を描くことで、現実世界のイノベーションや問題解決に役立てるための洞察を得る手法です。
今回は未来のイヤホンの物語を描いています。
蝶の見る夢
フランク・シナトラの「Moon River」をイヤホンで繰り返し聴いている。
カウンター越しの厨房では料理人たちが中華鍋を振りながら忙しく動き回っている。
彼らの手際の良さに目を奪われながら、カネコは昨晩の不思議な夢を思い返していた。
この中華料理店はごく平凡な食事場所であり、それ以上でも以下でもない。店の内装は質素で、壁には色あせた風景画が掛けられているだけだ。とはいえ、この視覚と聴覚のアンバランスな状態のおかげで、意図せず現実から離れることをカネコは楽しんでいた。
カウンターの上には湯気を立てる麻婆豆腐と炒飯が置かれ、その香りが空気中に溶け込んでいる。いつものようにスプーンを手に取り、一口食べるたびに、昨夜の夢が蘇る。
夢の中でカネコは蝶になって自由に飛び回り、普段は見過ごしてしまうビルの谷間に咲く隠れた花や公園の澄んだ池、夜の街角の灯りと影が交錯する様子が、まるで新しい世界のように感じられた。
各々の景色が静かな波紋を投げかけるようで、それぞれの花や植物が持つ独自の色彩と形は、カネコの感情に深く訴えかけた。公園の池に映る月の光は水面を渡る風によって細かく揺れ、その光景は別の惑星に足を踏み入れたような輝度を放ち、彼の内面に新たな感動を喚起させる。夜のネオンライトは、雨上がりの街の濡れたアスファルトに反射し、非現実的な色彩の洪水を作り出していた。
蝶として飛び回る中で、これらの光は幻影のように現れ消え、彼の存在を照らし出す。その連続した瞬間のつながりのなかで、自己と世界との境界が曖昧に溶け合う感覚に心地よさを覚えた。
カネコはその日、新しいモデルのイヤホンを耳にしていた。
このイヤホンはただの音楽再生装置ではなく、彼の心拍と脳波を読み取り、最適な音楽を選出して自動で流してくれるものだった。
今日の彼の心理状態には「Moon River」が静かに流れることが選ばれていた。さらには感情の変化を感知し、これをクラウドにあるダイアリーに自動で記録する機能を備えている。