遂に今年2月米国での発売を迎え、以降世界での販売も予定されている『Apple Vision Pro』。他のXR機器とは一線を画す、「空間コンピューティング・デバイス」とうたう理由を業界に詳しいITジャーナリスト・西田宗千佳が実際に購入して考察する。
ITジャーナリスト
西田宗千佳さん
1971年、福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。
毎日使って見えた「アップルの目指す未来」
アップルは 『Apple Vision Pro』(以下、Vision Pro)を「空間コンピューティング・デバイス」と説明している。だが、その言葉だけではちょっとわかりづらい。その割に、本体は600gと他より重く、約3500ドル(約52万円)と高額。「そこまでして使う必要はあるのか」という声も聞こえてくる。
しかし、発売以来2か月近く、ほぼ毎日使っていると、アップルが何を狙ってほかとは異なる言葉で表現しようとしているかが見えてきた。それは「日常的な作業を、実空間からバーチャルな世界に移行する」ことであり、「四角い画面の中に縛られていた表示を空間全体に拡大する」ことだ。
現状、『Vision Pro』の一番便利な使い方はMacとの連携だ。巨大な画面を空中に浮かべて作業できる。映画を見るのもいい。自室や飛行機内に、自分だけのホームシアターを作って楽しむことだってできる。
どれも特別なことではない。『Vision Pro』でできることの中心は、PCやタブレットで日常的にやっていることだ。
だが、それを「自分だけが見える空間すべて」を使って行なうのが違う。視界を覆うデバイスであるが、周囲がちゃんと見えるので、つけたまま飲み物を取りに行ったり、部屋の中を歩き回ったりもできる。映像やウインドウなども、ほかのXR機器よりかなり解像度が高く、見やすい。
操作は手と目を使うが、基本は「目線で選んで指先で決定」。手を上に持ち上げる必要はほとんどなく、慣れると圧倒的に快適だ。視線認識を使った「空間を操作するためのマウス」と表現してもよいかもしれない。
アップルは『Vision Pro』で「彼らの考える未来を今体験できるデバイス」を作ったのだ。高価であるのも「今できる最高のもの」を作ったから、と言える。
もちろん、アップルが思い描く通りの未来が必ずやってくるとは限らない。頭に何かをつけるのは苦痛も伴う。しかし「それでどこまでのことができるか」を示すことで、もっと軽くて安価な機器が作れるようになったら世の中がどう変わるかを体験させることは可能なのだ。
アップル『Apple Vision Pro』
参考価格3499ドル
24年3月現在はアメリカのみで販売。片目4KのOLEDディスプレイ、多数のセンサーと2つのチップセットを内蔵したパワフルな処理能力が特徴だ。音声、視線、手によって操作される世界初の空間OS「vision OS」を搭載。
[SPEC]
パススルー方式/ビデオ式 片目解像度/3800×3000ピクセル
重さ/約600g 基本方式/AR IPD設定/自動調整 視野角/約90度
12個のカメラで全く新しい操作へ
デバイスには外向きに10個、内向きに2個、計12個のカメラを内蔵。目的は、周囲の様子を正確に把握することと、手の動きを正確に捉えることだ。周囲の様子がリアルに見えるのも、カメラ映像を使って「奥行き」を把握し、ディスプレイ越しでもかなり正確に再現しているためだ。また、コントローラーなどを持たなくても、マウスのように正確な操作を行なえる。手を認識するためのダウンカメラは下向きに付いているので、手を目の前に持ち上げて操作する必要はない。
驚異の28サイズ展開によるフィット感
『Vision Pro』の本体は600gとかなり重い。単に頭につけるだけでは、「誰もが快適に使える」ようにはならない。そのため、購入時にはまず『iPhone』を使って顔をスキャンする。顔や頭の形を計測し、購入者に合った「ライトシール」「バンド」を組み合わせて、フィット感を店頭で体験してから購入するのが基本になっている。バンドなどはサイズごとに細かく分かれており、すべてのバリエーションを並べると28種類にもなる。それでもまだ重いのだが……。
後継機を前提としないてんこ盛りされた機能
目に見える空間全体をディスプレイとして使えるのが『Vision Pro』の特徴。【1】ウインドウを自分の周囲に並べたり、【2】Macの画面をそのまま内部に持ち込んだりもできる。【3】利用中には、本体前面に「自分の目」を表示。周囲にいる人と、『Vision Pro』を外すことなく対話できる。【4】映画などを見る時には、「自分だけの特別なシアター」が用意される。「Disney+」のアプリでは、アベンジャーズタワーの上で映画が見られる。
取材・文/西田宗千佳 撮影/水野谷維城
※本記事内に記載されている商品やサービスの価格は2024年3月31日時点のもので変更になる場合があります。ご了承ください。