シントトロイデン・フィンク監督の言葉で指導者転身を決意した岡崎
岡崎の方も「欧州で指導者の道を歩む」と決意したからこそ、今季限りでユニフォームを脱ぐことを決めたのだ。
「シントトロイデンのトルステン・フィンク監督が現役ラスト2シーズンをバイエルンのセカンドチームで過ごした時に、(元ドイツ代表キャプテンの)フィリップ・ラームのような有望な若手と共闘し、自分の経験を伝えたという話を聞いて、今の僕と重なりました。
さらにフィンク監督は指導者転身直後にバーゼルへ行って、(グラニト・)チャカ(レバークーゼン)を間近で教え、大きく飛躍させたという話もしてくれた。
そういうエピソードを聞いているうちに
『ベテランになった今の経験を今、若い選手たちに還元し、その後は欧州で監督をやりたいな』という気持ちも芽生えてきたんです」と岡崎は少し前に話していたが、引退後のイメージを具体化できたのだろう。
今月のヘント戦でプレーヤーのキャリアに終止符を打った後には、欧州で指導者ライセンス講習会に参加する予定で、日本に戻って引退会見を開くのはしばらく先になるという。その段階でより明確な今後のビジョンが語られることになる。
現役最後のクラブ・シントトロイデンでつねに全力を注いでいた岡崎(筆者撮影)
岡崎はどこで指導者修行に踏み出すのか?
彼のような「侍魂」を持つ男なら、「一緒に働いてほしい」と願う監督も少なくないはず。シントトロイデンに残ってフィンク監督の下でコーチ修行をするのも一案だろうし、これまで在籍したシュツットガルト、マインツ、レスター、ウエスカといったクラブの関係者からのオファーもあるかもしれない。すでにドイツには、自分自身がスーパーバイザーを務めるドイツ6部のバサラ・マインツというクラブがあり、そこで1から指導を学ぶという手もありそうだ。
いずれにしても、岡崎の「欧州に残ってコーチになる」という意思は固い。彼の場合、長谷部ほどドイツ語ができないため、講習会を受けるのも苦労するかもしれないが、持ち前のチャレンジ精神とアグレッシブさで乗り切るに違いない。
彼ら2人が先駆者となって、日本代表としてW杯に参戦した人材が欧州トップクラブの指揮官の道を切り開いてくれれば、サッカー選手のセカンドキャリアの可能性もより一層、広がっていく。長谷部と岡崎の今後の動向を注視していきたいものである。
岡崎には日本代表50得点という偉大な実績と経験を若い選手に伝えてほしい=筆者撮影
取材・文/元川悦子
長野県松本深志高等学校、千葉大学法経学部卒業後、日本海事新聞を経て1994年からフリー・ライターとなる。日本代表に関しては特に精力的な取材を行っており、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは1994年アメリカ大会から2014年ブラジル大会まで6大会連続で現地へ赴いている。著作は『U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日』(小学館)、『蹴音』(主婦の友)『僕らがサッカーボーイズだった頃2 プロサッカー選手のジュニア時代」(カンゼン)『勝利の街に響け凱歌 松本山雅という奇跡のクラブ』(汐文社)ほか多数。