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話題のDX小説第16話【TOKYO 2040】アバター・スナッチャー

2022.10.20

コロナ禍を機に、一気に加速した「DX」だが、行きつく先にはどんな未来が待っているのか。一昨年の都知事選にも立候補した小説家、沢しおんが2040年のTOKYOを舞台にIT技術の行く末と、テクノロジーによる社会・政治の変容を描く。

※本連載は雑誌「DIME」で掲載しているDX小説です。

【これまでのあらすじ】
 二十年のうちにデジタル化が浸透した二〇四〇年の東京。都庁で近々役割を終える「デジタル推進課」の葦原は、現実社会と量子ネットワークの両方から消えた住民データの調査を進めるさなか、行方不明者の妹である橘樹花から請われ、櫛田とともに警察署へ同行することになったが――。

アバター・スナッチャー

 三人が新新宿警察署のロビーで刑事が来るのを待っていると、橘が「ねえ、あれ!」と葦原の腕を引っ張った。

「さっき話してたアメノナツキ、一日署長やるって」

 指差す先のモニターでは、アメノナツキが出演する動画が流れており、来週の啓発キャンペーンで一日署長を務めることが映し出されていた。

『アバターの中身、本当にあなたですか?』のキャッチフレーズで、最近目立ってきたメタバース内での犯罪「アバター・スナッチャー」への警戒を呼びかけている。

 古いSF作品から名付けられたその犯罪は、他人のアバターに成り代わってメタバースのデータを抜き取り、それと結びつけられた現実の資産をも奪っていく悪辣なものだ。

 人間に似せた自律型アンドロイドがアバター犯罪予防キャンペーンのイメージキャラクターに選ばれていることに、葦原はうまいプロモーションがあったものだと感心した。

「あのアンドロイドも、あれだけリアルなのだから、誰かの姿や人格を奪ったものかもしれないですね」

 葦原の突拍子もない冗談に、橘は相変わらず興味がなさそうだった。その様子を見て櫛田が「さっきの話の続き? それこそAIや意識って何って話にならない?」と少しだけフォローをした。⇔

   *

 三人が通されたのは、こぢんまりとした会議室だった。ドアが閉まった瞬間、廊下に面した厚手のガラスに色がつき、外からの視線を遮った。

「あれ、おじいちゃん刑事は?」と口を開いた橘は、慌てて「じゃなかった、常田さん」と言い直す。

「急に別件で呼ばれてしまったが、その分も私からお話しするのでご安心を」と水方は三人へ座るように促した。それからPA(パーソナル・アシスタント)端末に表示された訪問者名と、三人を見比べた。

「橘さん、お二方とはどういったご関係ですか」

 険しい表情で水方が質問するので、橘はどう言えばよいか迷った。力になってくれそうだという直感だけで、そんなに親しくもない葦原と櫛田を付き合わせていることをうまく説明できそうもない。

「えっと、都庁で担当してくれたデータの人と……」

 データの人と呼ばれて葦原は、PAから名刺カードを水方へ送った。それに続いて櫛田が「彼の、同僚です」とPAに表示させた名前を見せた。

「都の職員の方でしたか。ちょうど私からも情報公開課に問い合わせようと思っていたところです」

「じゃあ、ちょうど良かったじゃん」

 橘はそこから堰を切ったように話し始めた。

「兄のことなんですけど、データは消えたんですけど、消えてないデータがあるかもしれないっていうか、データ? じゃなくてメタバースなら兄のAIが何だか残っているかもしれなくて、そこに兄がアバターのデジタルツインが……ボットの、何だっけ。それを葦原さんから教えてもらって」

 要領を得ない説明に水方が眉根を寄せる。橘は伝わっていないことを感じ、どうぞと葦原に説明を譲った。

「橘さんのお兄さんが、メタバースにご自身の代理アバターを残したままにしているかもしれないんです」

 簡潔な説明に水方は納得して「それなら手がかりが掴めそうだ」とノートパソコンを開けた。それから、橘からできる限りのことを聞き出し、橘広海がメタバース内でしていそうなことや、「集会へ代わりに行かせる」と言っていた覚えがあることなどを入力していった。

「警察でもキーボードのついたパソコンを使うんですね」と櫛田が興味深そうに訊いた。

「いくらPA端末が便利になっても、我々公務員はどうしても使うことになります。民間では事務以外ではほとんど見ないが、こればっかりは」

「そのシステムだとマルチバースをまたがって検索できるんですか。民間のも?」

「検索はプラットフォーマーから提供されているAPIの範囲内だけですね。ある程度絞り込んだらメタバースに入る必要がありますが」

「最後は現実の聞き込みと同じなんだ、大変ですね」

「むしろ世界が二重三重になったようなもので、苦労は昔より増えてると思いますよ」

 横で遣り取りを見ていた葦原は、この気難しそうな刑事から苦笑いを引き出した櫛田のコミュニケーション能力に舌を巻いた。

「情報の提供ありがとうございました。すみません、橘さんにだけお話ししたいことがあるので、先にロビーへお願いできますか」

 水方に促され、葦原と櫛田は席を立つ。

「そうだ、葦原さん。最後に、データが消えていることを何故公表しないのかについて、お聞きしてもよいですか。重大なインシデントだと見受けられますが」

「しかるべきタイミングで公表できるように準備はしていると聞いています。データの復旧や調査はうちの課でしているのですが、個別の事例なのか、他にも影響があるものか、詳しくはわかっていないというのが実際です。それ以上のことは私からは。必要であれば情報公開課に繋ぎます」

「縦割りですね」と水方が皮肉交じりに返すと、櫛田が横から「我々公務員ですから」と笑って見せた。

「それは警察も同じでしたね。失礼しました」と水方も笑った。

    *

 常田が水方のところへ戻って来たのは、三人が帰ってしばらくしてからだった。

「急に呼び出されて、何かあったんですか」

「身元不明の死体が発見された。最近聞き込みに回っていた地域に近かったんで、色々とな」

「まさか橘広海ってことはないですよね」

「まだわからん。どうだった? あのお嬢ちゃんは何か言ってたか」

 水方は先程の話からマルチバースでの検索や調査が必要なことや、橘兄妹はドローンによるデリバリーを日常的に利用しており、橘樹花が兄の失踪に気づいた日、食料や日用品が何箱も届けられていたという証言が得られたことを常田へ伝えた。

「大量の荷物を受け取った後に、配送用ドローンの空いたスペースに身を忍ばせた可能性は確かにある。そんなことをする理由がわからんが、足取りは掴めそうだな。配送業者への連絡は済ませておいた。集配に詳しい奴はもう帰ってたから、それは明日だ。あと、お嬢ちゃんが何人か連れてきたって言ってたよな、友達だったか?」

「いえ、二人とも都の職員でした」

「どうして都の職員が出張って来たんだ。名前と所属はわかるか?」

 水方はPAの来訪者名が書かれた通知を見せた。

 名前を見て何か気づいた様子で、常田は眉をひそめる。

「……おい、櫛田ってのはどれくらいの歳だった」

「二十代後半に見えましたが。心当たりが?」

 常田は「同じ苗字ってだけだ」と言って、椅子に深く腰掛けた。

「二十年くらい前になる。今の都庁ができる前にあの辺一帯は森だったんだが、落雷があったんだ。そのそばで白装束の女が倒れていた。死体には焦げの一つもついていなかったが、検死で高電圧の電流が脳天から右足の踵へ抜けていったことがわかってな。奇妙な話だ」

「じゃあ、今日来ていたのはひょっとして」

「残された小学生の娘さんかもな。祖父に引き取られたと聞いていたが」

「その娘、父親はいなかったんですか」

「同じ場所で一週間後に自殺したんだよ、後を追って」

(続く)

※この物語およびこの解説はフィクションです。

【用語・設定解説】

メタバースでの犯罪:現代でもメタバース内で著作権侵害の3Dモデルが使われたり、ハラスメントやストーカーまがいの行為は存在する。ほかに現実では業法によって制限されていたり、許認可が必要な分野をメタバース内で模倣した場合にどういう法解釈をすべきかなどの議論がされている。

ノートパソコン:物語の舞台となっている2040年では、一般家庭の情報端末はパソコンの形をしておらず、スマホやタブレット以外にも様々なIoT家電がネットワークへのインターフェイスとなっている。パソコンは1980年代のように事務や開発用途に使われる特別なもので、キーボード操作は珍しい技能の一つになっている。

沢しおん(Sion Sawa)
本名:澤 紫臣 作家、IT関連企業役員。現在は自治体でDX戦略の顧問も務めている。2020年東京都知事選にて9位(2万738票)で落選。

※本記事は、雑誌「DIME」で連載中の小説「TOKYO 2040」を転載したものです。

この小説の背景、DXのあるべき姿を読み解くコラムを@DIMEで配信中!

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