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話題のDX小説第15話【TOKYO 2040】サイバー捜査官

2022.09.20

コロナ禍を機に、一気に加速した「DX」だが、行きつく先にはどんな未来が待っているのか。一昨年の都知事選にも立候補した小説家、沢しおんが2040年のTOKYOを舞台にIT技術の行く末と、テクノロジーによる社会・政治の変容を描く。

※本連載は雑誌「DIME」で掲載しているDX小説です。

【これまでのあらすじ】
 二十年のうちにデジタル化が浸透した二〇四〇年の東京。都庁で近々役割を終える「デジタル推進課」の葦原は、現実社会と量子ネットワークの両方から消えた住民データの調査を進めるさなか、行方不明者の妹である橘樹花から請われ同行することになった。その頃、行き先の警察署では――。

サイバー捜査官

 新新宿警察署のサイバー犯罪対策室。サイバー警察局から応援に来ている水方が、VRゴーグル内に多量のスクリーンを並べAIがピックアップする映像を一つ一つ確認していると、可視領域外からの侵入警告が表示された。

「ずっと籠ってると思ったら、付近の監視カメラ映像を集めてたのか」

 水方がゴーグルを外すと、老刑事の常田がにこやかに笑顔を浮かべて立っていた。

「そろそろ来るぞ、あのお嬢ちゃん。少しでもいい知らせを伝えられりゃいいんだが」

「正直なところ、難航しています。照会すべき人物データが不足していますから。橘広海は、行方をくらますために、自ら丁寧に痕跡を消したとしか思えない」

「このご時世でそんなことできると思うか? どこへ行っても監視カメラがあって、ネットで何をやっても履歴が残る。SNSから自分の情報を削除したって、漏れくらいありそうなもんだ」

「行政のシステムからも消えていますし、本人が徹底して消して回ったと考えるべきでしょう。実際、自宅マンションに設置されていた監視カメラ映像も、クラッキングに遭って前後数日の映像が消されていた」⇔

「同じアパートの別の部屋に潜伏している可能性はゼロだ。生身の人間が幽霊みたいにスッと消えちまうことはねえとして、街中のカメラのどこかには映っているはずだ」

 常田は眉をひそめた。

「そう考えて、行方不明になったと想定される日時から対象者の自宅を中心に、地域の外側へ外側へと移動する人物を抽出していったんですが、AIによる照合では特定することはできませんでした。車で移動したにしても、運転席や助手席を問わず、少しでも顔が映っていればその車を追えるのですが」

「ないのか。例えばすれ違った車のドライブレコーダーに映っていたりは?」

「保険会社のクラウドに保存されているドラレコ映像など、開示された映像はすべて調べています。現場付近で撮影されアップロードされていたダンス動画まで総ざらいしても、見つかっていません」

 常田は「これじゃまたお嬢ちゃんに怒られちまうかな」とこぼしながらしばらく腕組みをして考え始めた。

「そういや昔、デカい楽器ケースに身を潜めて国外逃亡を謀ったなんてのがいたが、何かに身を隠して移動した可能性は?」

「常田さん、私もそれを思いついて、深掘りしてみたいものが一つあります」

 水方はさっきまでゴーグル内に映していたスクリーンの一つをモニターに転送し、映像を拡大してみせた。粗く白い塊でしかなかった画像が綺麗に補完され、縦横1メートルほどの箱が動いている様子が画面いっぱいに表示された。

「配達用のドローンか。この風呂桶にフタして車輪をつけたようなヤツが、人を運んで行ったと?」

「仮説です。これからこの配送会社に連絡して、当時このあたりを行き来していた配送ドローンすべての経路データを受け取ります」

「この風呂桶の行方を各地のカメラ映像から抜き出せなかったのか」

「同じ形のものが多すぎるんですよ。人間の追跡なら顔や背格好や歩き方から、AIがほぼ間違いなく特定して追えるんですが。この運送会社のドローンは区別がつきません」

 配送ドローンは停車位置や受取人の識別を近距離ビーコンで行なっている。ドローンとスマホやPAなどの端末同士が“会話”し、受取人は正しい荷物のみを取り出せる。保安上、荷物とドローンを紐づけて追跡されないように、人間が見てわかる記号は一切ついておらず、ナンバープレートもない。

「人間捜索用AIってのも融通が利かないもんだな、ツルツルの箱一つ追えないなんて」

「地上用の配送ドローンもパトカーの対空表示みたいに、天板に大きく番号を書けばいいのでしょうが、法律で定められていないので難しいでしょうね」

「現金輸送車もそうだったな。震災を境に現金そのものが減ったから最近めっきり見なくなったが。俺の親父の頃には輸送車から三億円を現金で強奪する事件だってあったほどだ。知ってるか?」

「有名な事件ですね。資料で読んだことがあります。現金輸送車どころか、今どき現金を大量に扱うなんて、管理費もガードマンの人件費も馬鹿にならないので廃れて当然です」

「それにしても、何日これに構ってたんだ。サイバー警察局の貴重な戦力だろうに」

「出向ですからね、気楽なもんです」

「冗談言うな。……サイバーからこっち来た理由、別にあるんだろう」

「触っちゃいけないものに触ったからですかね。大阪で数年前に起こった日本レガシー党議員の電子選挙法違反、あれです」

「金バッチか」

「結局、リアルでもっと大きな汚職が明るみに出たんで、世間の話題はそれに持っていかれてしまいましたが。闇献金で使われた暗号資産の経路を追っていて」

「挙げ句、変なもの引き当てちまったんだな」

「昔は現金を握らせてたんですよね? まだそのほうが牧歌的だったかもしれない。オープンなDAO(分散型自律組織)のフリをした集金システムが、政治家の腹芸と相性がいいとは思いませんでした。こんなものが何年も放置されてたとは」

「それを探り当てたところで捜査を打ち切られたのか」

「そんなところです。許せなくて報告を早く上に通してもらえるように食い下がったんですが、相当煙たがられまして」

「案外熱いとこあるじゃねえか」

 そう言われ、水方は顔をしかめて話を進める。

「いずれ問題が明るみになるでしょうし、それまでは言われたとおり大人しくしておくつもりです」

「大人しくっつったって、こういう地道なやり方も十分に役に立つ。運送会社に当たるのは俺がやろう。どこかに潜伏しているとわかれば周辺の聞き込みは足でやったほうが確実だ」

 常田はぽんぽん、と自分の太腿を叩いてみせた。

「それにしても、住民データが消えた件って都から公表されていませんよね。個人情報に関係するシステムのインシデントだ。会見くらいあってしかるべきでしょう」

「俺も注意して都内のニュースを見ているんだが、都知事が会見で触れたのは先日のアクセス障害の件だけだったな」

「内部調査が遅れているにしても、消えている事実は総務省への報告が必要かと。橘広海本人がクラッキングした可能性が高いとなれば尚更です。都の情報公開課に裏とってみます」

「そうしてくれ」

 水方のPAが3名来訪の通知を表示した。

「橘樹花が来たようです。計3名、知らない名前だ。友達でも連れてきたんですかね」

「騒がしくされちゃたまらんな。会議室をとっておいてよかった。行こう」

(続く)

※この物語およびこの解説はフィクションです。

【用語・設定解説】

電子選挙法:この物語では、2040年までにインターネット選挙運動は解禁されたが、投票そのものの電子化や遠隔投票は懸念事項の払拭に至らず、投票所の仕組みは残っている。DXによって入場券の電子化、本人確認のAI顔認証の導入や、開票時の自動読み取り分類、計数機の性能向上が図られている。

配送ドローン:2025年に発生した首都直下型地震からの復興において最も発展した技術はドローンや自走ロボットで、それから15年経って人口減少や一層進んだ高齢化・過疎化における重要な働き手となっているという設定。配達業においては大型トラックの配送コースにドローンが待機しており、ラストワンマイルを埋める担い手である。

沢しおん(Sion Sawa)
本名:澤 紫臣 作家、IT関連企業役員。現在は自治体でDX戦略の顧問も務めている。2020年東京都知事選にて9位(2万738票)で落選。

※本記事は、雑誌「DIME」で連載中の小説「TOKYO 2040」を転載したものです。

この小説の背景、DXのあるべき姿を読み解くコラムを@DIMEで配信中!

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