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話題のDX小説第12話【TOKYO 2040】デジタル推進課、最初の仕事

2022.07.21

コロナ禍を機に、一気に加速した「DX」だが、行きつく先にはどんな未来が待っているのか。一昨年の都知事選にも立候補した小説家、沢しおんが2040年のTOKYOを舞台にIT技術の行く末と、テクノロジーによる社会・政治の変容を描く。

※本連載は雑誌「DIME」で掲載しているDX小説です。

【これまでのあらすじ】
 二十年のうちにデジタル化が浸透した二〇四〇年の東京。都庁で近々役割を終える「デジタル推進課」の葦原は、現実社会と量子ネットワークの両方から消えた住民データの調査に関わることになる。民間で使われているメタバース内にデジタルツインのアバターが残されていれば、そこから手がかりが掴めると踏んだのだが――。

デジタル推進課、最初の仕事

「でもあの高校生、来るって言ってるんでしょう。来たからといって何かできることある?」

 音声通話の向こうで櫛田は言った。

 葦原は橘広海の足取りが掴める可能性を早く伝えたかったこともあり、実際に来た時にどう応対していいか、考えを持っていなかった。

「あまり分庁舎には行きたくないから。どうしようかな。それに、情報公開課の淡路さんに言ったほうが早いんじゃない」

 葦原は力を貸してほしいと伝えたかったが、櫛田はそれも察していたのだろう。

「それはそうですね。橘さんが最初に立ち寄るのは本庁舎だろうから、淡路さんには話をしておきます」

「うん。誰か頼れる人が欲しいんだと思う。葦原さんに協力を勧めたのは私だし、少し考えてみる」

 気を遣って言ってくれているのだろうな、と葦原は感じた。

「ありがとうございます。本庁舎に行って自分が対応したほうがよさそうですね」

 通話が終わった後、課長の大黒が訝しそうに葦原へ「誰と会話してたんだ」と尋ねた。⇔

「文書課の櫛田さんです」と葦原が言い終わらないうちに、大黒は「彼女は決裁の流れでこの件を知ったとは思うが、直接の関係はないだろう」とぴしゃりと言った。

「それでこっちに来るのか?」

「いえ、気が進まないみたいだったので、櫛田さんが関わることはないと思います。自分が本庁舎に行って対応します」
 葦原が答えると、大黒は「そうか」とだけ言い、デスクに片肘をついて目を閉じた。横で作業をしていたエンジニアの谷津は「じゃ、お先に」と小さい声で言って、部屋を出て行ってしまった。

 深入りするなと言われた件なのに、吸い寄せられてしまっている。

 葦原は自分の悪い癖が、この部署に異動してきてもなお出てしまったのだと思った。

「事前に一言欲しかったですよ。システム上は共同担当者に設定されているから連絡がとれてしまうのはわかるんですけど」

 葦原から連絡を受けた淡路が開口一番、不満を漏らした。

 庁内で進行している案件は、どんなに小さなものでも自動記録され、AIによって最適なアシストを受けることができる。例えば旧態依然とした職場なら、相談を誰にすべきかの順番を間違えるとへそを曲げる人物がいたことだろう。成果に結びつかず根拠のない心情的な段取りは、十年以上前に廃されている。案件ごとに最適な担当者、誰が誰に連絡をとったほうがよいか、どんなタイミングでリマインドすべきかAIのサポートが受けられる。

 今回のことも、窓口対応をしたことから淡路も葦原もAIからは同格と扱われ、ワークフローに組み込まれている。

「まさか本人が来ると言い出すとは思わなかったんで、お手数おかけします」

「前も窓口に来たくらいだったんだから、来るって考えるほうが自然でしょうが」

「そうですね。事前に相談すべきでした」

 AIが適切に権限を割り振ったのだから、そんな気負いをする必要もないのだが、葦原はコミュニケーションを潤滑にする都合上、淡路を立てた。

「淡路さんは今日テレワークですよね。自分が情報公開課の窓口で対応するので、すみませんがモニター越しで参加していただけますか?」

「さっきは一言欲しかったって言ったけど、ほんとうはそっちだけで何とかしてほしいんだよね」

 淡路の「事勿れ主義」が垣間見えた。

   *

 結局、葦原一人で本庁舎に赴き、橘樹花の来庁に対応することになった。荷物を抱えて部屋を出ようとした時、大黒が考え事をやめたのか、顔を上げた。

「葦原。デジタル推進課にきてまだ日が浅いとはいえ、おかしいと思ったこと、ないのか?」

「何のことですか」

 唐突な質問に身構えてしまい、つい固く答える。

「それとも疑問を持たないで仕事しているようで、泥沼に好き好んで足を突っ込む性質なのか」

「私への評価ですか」

「違うよ」

 そう言いながら、大黒は部屋の中央を貫く“ご神木”の幹に手を当てた。明らかにそれは「おかしい」物体だが、葦原が配属された時にはすでにあったし、他のメンバーも特にそれに触れずに部屋を使っているので「そういうもの」だと思っていた。

「ここを分庁舎として使うようになったのは、十五年前からだ」

「震災の後ですか」

「そう。その前はここには分庁舎はなくて、鬱蒼とした立ち入り禁止の鎮守の森に、ご神木が天高く、ドーンと聳えていたんだよ」

 大黒は天井を指さした。

「そんなはずないですよ。この建物、どう見たって古いじゃないですか。百年経ってると言われてもおかしくない作りだ」

「今から二十年前、デジタル推進課の最初の仕事。このでっかい切り株を作ることだった」

「切り株?」

 葦原は根から上へとご神木を見上げた。

「天井から上へは樹は続いていない。二階は見ていないのか?」

「すみません、行く必要のないところには行かないもので」

「AIがここに異動させたのもそういうことだろうな。向いてるよ、明らかに」

「無関心ですみません。二十年前にご神木を切り倒したんですね」

 葦原は土木課や森林事務所と一緒にやったのかも訊こうとしたが、今はやめておいた。

「大昔から、この都市は木にお伺いを立ててたんだよ。ご託宣。それを受け取るのが江戸の将軍や知事の役目」

「冗談ですよね。そんなことが行なわれていたなんて、聞いたことがない。非科学的だし、この建物だって、地図検索すれば過去の衛星写真が残ってるでしょう」

「二十年前までは森だよ。民間のドローンが入って勝手に撮影されるようになって、儀式を行なうのが難しくなったのさ。その頃、飛行型のドローンの規制が毎年のように厳しくなったのも、日本にはほうぼうにそういう場所があって、そこが侵されるのを防ぐためだしな」

「森だったとして、木を切ったら、儀式はできないじゃないですか」

「要らなくなったんだよ。正確に言うと、二〇二〇年の選挙で都知事になったばかりの若いヤツがオカルト排除だと息まいて、古い風習を根絶やしにした。ついでにご託宣をAIのアシストに置き換えた」

 大黒はポンポン、と幹を叩いた。
「……それ、ひょっとしてデジタル推進課に新人が配属されるたびに語ってたりします?」

 葦原はホラ話を覆さんとばかりに質問したが、大黒は首を横に振った。

「普通、ご神木を切り倒しなんかしたら、バチが当たるよな。それも首都のど真ん中に聳えてるヤツを」

「工事に関わった人が不幸に遭ったりしたんですか」

「都民全員だよ。十五年前の地震。旧庁舎のツインタワーも崩壊して、跡地の整備に今までかかったほどだからな」

「いくら冗談でもそういうことは言うべきではないですよ。不謹慎です」

「俺は事実だと言っている。昔、知事が震災を天罰だと失言して謝罪したことがあったが、十五年前の震災は本当にそういうことだった」

「聞かなかったことにします。本庁舎に橘さんが来るので。失礼します」

「……猶予はあった。だから止めようとしたさ。だが、犠牲を出しても、止められなかったAI防災システムが稼働していたことが不幸中の幸いだった。」

 葦原はいたたまれなくなり、大黒の話を最後まで聞かず、足早に部屋を出て行った。

(続く)

※この物語およびこの解説はフィクションです。

【用語・設定解説】

AIによるアシスト:2040年では、行政も民間もAIによる意思決定やアシストが一般的になっている。この背景には、2020年代からオープンデータ志向によって扱えるデータが増えたこと、個人情報や利用情報の取り扱い規則が長年にわたって整備されたことで、様々なデータの連携が可能となったことがある。

ドローン規制:墜落の危険性やプライバシー侵害を避けるため、従来、航空法によって200g以上のドローンは規制されていたが、2022年6月20日からは100g以上の機体に登録が義務化されることとなった。

沢しおん(Sion Sawa)
本名:澤 紫臣 作家、IT関連企業役員。現在は自治体でDX戦略の顧問も務めている。2020年東京都知事選にて9位(2万738票)で落選。

※本記事は、雑誌「DIME」で連載中の小説「TOKYO 2040」を転載したものです。

この小説の背景、DXのあるべき姿を読み解くコラムを@DIMEで配信中!

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