岸田文雄首相は2024年3月18日に開催された参院予算委員会で、「今後の努力で21世紀前半の名目国内総生産(GDP)1000兆円の目標実現が視野に入る」とコメントした。
裏金問題による支持率低迷に苦しむ首相のリップサービスにも聞こえるが、ここもとの経済指標を見ていると、あながち絵空事ともいえないように思われる。
株価との深い関係が指摘される名目GDPが、仮に2050年までに1000兆円に到達した場合、日本株にはどんな影響があるのか。
三井住友DSアセットマネジメント チーフグローバルストラテジスト・白木久史氏による、具体的な数字で検証したリポートが届いたので、その概要をお伝えする。
デフレ脱却でレンジを切り上げる日本の名目GDP
日本のGDPの拡大が続いている。「そんなことはないよ」との叱責を受けそうだが、ここで取り上げたいのは普段ニュースで報じられるインフレ調整後の「実質GDP」ではなく、インフレ調整前の「名目GDP」の推移だ。
昨年の中盤以降、日本の実質GDPは冴えない推移が続いている。一方、企業の売上や利益、そして株価と関係が深い「名目GDP」は順調な拡大が続いており、実質GDPとの乖離が鮮明になっている(図表1)。
コロナ禍からの経済再開や為替市場で進む円安ドル高が、ここもとの日本経済の堅調さの背景にあるのは衆知のとおり。
そして、「名目GDP」と「実質GDP」との乖離が鮮明になってきたのは、日本でもインフレ傾向が鮮明になってきた2022年以降になる。つまり、緩やかな経済成長と適度なインフレが同時に生じることで、ここもとの名目GDPの拡大がもたらされている、と見ることができそうだ。
■高水準の賃上げで高まる日本のデフレ脱却の可能性
こうした名目GDPの拡大は、今後も継続する可能性が指摘されている。
連合によれば、2024年春闘の賃上げ水準(4次集計、4月18日現在)は前年比+5.20%と33年ぶりの高水準となった。
これまで日本経済は、長らく物価下落と所得低迷が連鎖する悪循環に苦しんできましたが、「賃上げ」と「物価上昇」の好循環が起こることで日本経済もようやくデフレから脱却し、世界の他の主要国と同様に名目GDPの拡大が続く「普通の国」となる可能性が高まってきたと言えるだろう。
バフェット指数から考える日本株の長期展望
岸田首相が言うように21世紀前半、つまり2050年までに日本の名目GDPが1,000兆円まで拡大した場合、日本株にはどのようなインパクトがあるのか。
一国の株式時価総額の合計と名目GDPとの関係を見る指標に「バフェット指数」がある。米著名投資家のウォーレン・バフェット氏が投資対象国を検討する際に用いるとされているバリュエーション指標は、ある国に上場する全株式の時価総額の合計をその国の名目GDPで割ることで算出できる。
例えば、時価総額の合計が900兆円、名目GDPが600兆円であれば、バフェット指数は150%になる。
ちなみに、現在の日本のバフェット指数はここもとの株価高騰により約170%に上昇しているが、米国の約198%を下回る水準にある(図表2、いずれも今年3月末時点)。
■企業のグローバル化、巨大化で上昇を続けるバフェット指数
かつては「100%を上回ると割高」とされていたバフェット指数ではあるが、近年は企業のグローバル化や巨大化もあって、日米ともに同指数の上昇傾向が鮮明となっている。
例えば、日本を代表する製造業であるトヨタ自動車は年間1000万台の自動車を世界中で製造・販売しているが、日本国内向けはわずか150万台ほどにとどまっている。
このため、トヨタ自動車の売上や利益、そして株式時価総額は、日本経済の成長スピードを大きく上回るペースでの上昇が続いている。
足元の日本のバフェット指数の水準である170%が今後も続くと仮定すると、日本の名目GDPが現在の約598兆円から1000兆円に拡大した場合、日本の株式時価総額は現在の約1.72倍の1700兆円に増加する計算になる。
そして、発行済み株式数が今後も一定で推移すると仮置きすると、株価指数も約72%上昇して日経平均で換算して約6万8700円(4万円×1.72)まで上昇する計算になる。
■名目GDPの増加ペースを上回る企業の増益率
「26年もかけて約7割しか上昇しないのか」との落胆の声が聞こえてきそうだが、落胆するのは少々気が早すぎるかもしれない。
というのも、「バフェット指数が一定」と仮定することは、名目GDPと株価の上昇が同じペースで進む、ということに他ならないからだ。
しかし、これまでの経験則に照らせば、株価指数の上昇やそれを支える企業業績の増加は、名目GDPの拡大ペースを上回る可能性が高い。