F1と軽自動車開発の共通点とは?
初代N-BOXの開発責任者が浅木泰昭氏。F1ファンならその名を聞いたことがあるレーシング界の有名人です。1981年に入社し、その後すぐにF1マシンのエンジン開発に従事。常勝マシン創りに貢献しました。2018年に引退を予定していましたが、2017年のホンダのF1の成績が振るわず、2018年にパワーユニット開発責任者に就任。2019年に復帰後初優勝を飾っています。
F1の伝説的なエンジニアがN-BOXを誕生させたのです。
軽自動車は長さ3.4m、幅1.48m、排気量660cc以下に収めなければならないなど、厳しい規格が定められています。実はF1も同じ。しかもF1は年代によってレギュレーションが変更になります。
1989年のエンジンは3.5リッター820馬力のものでしたが、1995年からは3.0リッター930馬力に変更になりました。5年から10年周期で同様の規定変更を行っています。なお、2014年から、エンジンの形式は自然吸気からハイブリッドターボへと大きく変わりました。
エンジニアはこの規定の中で、最速のレースカーを作り上げなければなりません。正に探求心の賜物です。
軽自動車という制約条件の多いモデルの開発は、F1と重なることが多かったと浅木氏は回想しています。F1で追求すべきスピードが、軽自動車の顧客の需要に置き換わったと考えると、規格内で最高の条件を盛り込むことができた理由が見えてきます。
国内の需要は先細りが鮮明に
ただし、N-BOXのヒットがホンダの業績に大貢献しているかと言えば、そうでもありません。下のグラフはホンダの国内四輪の売上高と販売台数の推移です。
※有価証券報告書より筆者作成
N-BOX販売開始後、2024年3月期までの売上高は右肩上がりでしたが、それ以降は伸び悩んでおり、コロナ禍で工場の稼動が滞った2021年3月期以降は落ち込んでいます。
これには国内の自動車市況が多いに影響しています。
2023年度の軽自動車全体の販売台数はおよそ160万台。前年比で4.0%減少しています。
軽自動車に限らず、国内の乗用車の販売台数は先細りが鮮明。コロナ前の水準に回復する兆はまったくありません。
※日本自動車工業会「四輪車販売台数は420万台」より
ホンダは二輪に強く、営業利益においては四輪を圧倒しています。また、自動車ではアメリカ、アジア圏での販売が好調で、日本は稼げるマーケットではありません。
しかし、N-BOXの開発者である浅木氏は、雇用を維持することに意義があると語っています。この視点は極めて重要。軽自動車は日本独自の規格で、N-BOXは海外で通用する車ではありません。
だからこそ製造拠点を海外に移すことなく、鈴鹿製作所で生産され続けています。部品の開発や製造を行っているのも日本の会社が大半。サプライチェーンを含めた多くの雇用が守られているのです。
N-BOXは、人々の生活の便利な足となるだけでなく、雇用を創出して人々の生活基盤を守る役割も果たしているのです。
取材・文/不破聡