「パック入り卵を4日連続で買ってしまった」「身近な人の名前が出てこない」など、最近何かがおかしいと感じることがあったら……それは認知症の警告サイン!?正常な脳と認知症の間にある〝認知症グレーゾーン〟かもしれません。
ちょっとおかしいという異変に気づいたら、認知症へ進む前にUターンできるチャンス!
認知症の分かれ道で、回復する人と進行してしまう人の違いは何なのか。40年以上、認知症の予防と研究に関わってきた認知症専門医の朝田隆さんによる著書『認知症グレーゾーンからUターンした人がやっていること』から一部を抜粋・編集し、健康な脳に戻るためのヒントを紹介します。
認知症グレーゾーンを悪化させる7大因子とその改善法
趣味をもつこと、人との交流、運動、食生活、睡眠……。
認知機能の衰えを食い止め、認知症グレーゾーンからUターンするには、前章まででお話ししてきたような方法を試すことがカギになります。認知症は生活習慣病の一つですから、日々の生活を見直すことが最重要であることは間違いありません。
一方で、より直接的に認知症や認知症グレーゾーンの引き金になってしまうものがあります。
それは、加齢による「老化現象」です。
前のページに書いたとおり、認知症の最大のリスクは「難聴」です。
その理由は後ほどお話ししますが、ほかにも、「視力低下」「歯周病」「高血圧」など、加齢とともに増えていく健康のトラブルと認知症は無関係ではありません。
これらの老化現象も含めた、私の考える、認知機能を低下させる「7大因子」は、次のとおりです。
(1) 難聴
(2) 老眼、白内障
(3) 歯周病
(4) 喫煙
(5) 生活習慣病
(6) うつ病
(7) 孤立(孤独)
この章では、認知症グレーゾーンの発症と進行を促すこれら「7大因子」を取り上げ、気づきポイントや改善策をお話ししていきます。
また、こうした加齢による症状は、本人が気づきにくいことが少なくありません。
ご家族の気づきポイントや、サポートするうえでの注意点などについても、実際にあったエピソードをあげながら具体的に紹介していきたいと思います。
今回解説するのは、歯周病についてです。
認知症の7大因子【歯周病編】
■「歯周病菌」は、〝脳のごみ〟を増やす
歯周病菌は、歯を失う原因になるだけでなく、体内に入り込んでさまざまな病気の原因になることが知られています。糖尿病、動脈硬化、肺炎、脳卒中など、枚挙にいとまがありません。
認知症もその一つです。
歯周病菌は血液を介して全身をめぐり、脳にも到達して、アルツハイマー型認知症の原因物質であるアミロイドβ、通称〝脳のごみ〟を増やして記憶力の低下を招くことが、九州大学などの研究チームによるマウスの実験で明らかにされています。
さらに、令和3年の厚生労働省の発表によれば、55歳以上の人が歯を抜くに至った原因は、各年齢層でいずれも歯周病が半数近くを占め、最多です。歯を失うと、食べ物を十分にかみ砕くことができなくて栄養の吸収が悪くなるほか、かむことによる脳への刺激も減り、脳の老化が進行しやすくなります。
高齢になったとき、残っている歯の本数が少ない人ほど、認知症のリスクが高いこともわかっています。
■歯周病チェックポイント
歯周病は、歯周病菌と呼ばれる細菌によって歯ぐき(歯肉)に炎症が起こり、やがて歯を支える骨が溶けてしまう病気です。
歯みがきが不十分で、食べたものの残りかすが歯ぐきにたまったままになっていると、そこに歯周病菌が繁殖して、歯周病を発症しやすくなります。
次のような症状がある人は、歯周病が疑われます。
〇 朝起きたとき、口の中がねばついている
〇 「口臭がひどい」とよく言われる
〇 歯みがきをすると、いつも歯ぐきから出血する
〇 歯と歯の間にすき間ができたり、歯が長くなったような気がする
〇 歯ぐきが赤く腫れていたり、触ると痛みがあったりする部位がある
〇 ぐらついている歯がある
歯周病は「沈黙の病気」ともいわれ、自覚症状がなく進行してしまうことが少なくありません。一つでも該当する人は、歯周病の可能性が濃厚です。歯科医院で診てもらうことをおすすめします。
■「起床時」と「就寝前」の歯みがきが欠かせない理由
認知症を防ぐうえでは、歯周病を予防することがとても大切です。
50歳以上の人の多くは歯周病にかかっているといわれますが、すでに歯周病になっていても、今から口腔ケアに励むことで、失う歯の本数を減らすことはできます。
口腔ケアの基本は、もちろん「歯みがき」。
日本人の歯みがき回数は、1日に2回という人が最も多いそうですね。
しかし、できれば朝昼晩の食事のあとに加え、起床時と就寝前の1日5回の歯みがきを強くおすすめします。とくに、起床時と就寝前は非常に大切。
まず起床時。就寝中は唾液の分泌量が減り、口の中が乾燥しやすくなります。唾液の口の中を洗い流す自浄作用や、雑菌を減らす抗菌作用が薄れるため、眠っている間は、1日のなかで最も口の中の細菌が繁殖しやすくなります。そのまま食事をすると、増えた細菌も一緒に飲み込んでしまうため、起床時の歯みがきは欠かせません。
また、就寝前の歯みがきには、口の中をきれいにすることで、就寝中に口の中で雑菌が増えることを防ぐ効果があります。
とはいえ、生活スタイルによっては、「1日に5回の歯みがきは無理!」という方もいるでしょう。その場合は、最低でも起床時と就寝前の2回、時間をかけて丁寧にみがいてください。かつ、毎食後は水でしっかりとうがいをし、口の中の食べかすやよごれを落とすことが欠かせません。
■口腔ケアのポイントは「歯ぐきみがき」
歯みがきは、次のような手順でしっかり行いましょう。
(1)うがい
歯みがきをする前にうがいをして、口の中の雑菌や食べかすを洗い流します。
(2)歯みがき
歯周病対策としての歯みがきは、歯周病菌の温床となる歯ぐきをしっかりみがく「歯ぐきみがき」がポイントです。力を入れ過ぎると、歯ぐきを後退させる要因となるので、やわらかいタッチで時間をかけてみがきましょう。歯間ブラシ(フロス)を併用すると、より効果的です。アメリカでは、90年代の歯周病予防キャンペーンで「FLOSS OR DIE(フロスか死か)」というキャッチコピーが注目されました。
(3)舌みがき
口腔ケアをしっかりしていないと、舌の表面にも「舌苔」と呼ばれる苔状のものが出現します。舌苔は細菌のかたまりなので、歯みがきをしたあと、舌みがきもしておけば万全です。ただし、歯ブラシで舌をごしごしすると、舌の表面の粘膜を痛めてしまいます。ですから、舌専用のブラシを使用します。
日常的な口腔ケアは、以上の(1)~(3)で対応し、あとは定期的に歯科医院へ行ってチェック&メンテナンスをしてもらえば鬼に金棒です。
認知症グレーゾーンの人は、歯みがきをすることを「めんどうくさい」と言ってやめてしまったりするので、ご家族のサポートも欠かせません。
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いかがだったでしょうか?
「おかしい」と感じてから専門の医療機関を受診するまでに、何と平均4年かかるというデータもあるそうです。その間に、認知症の症状はどんどん進行していってしまいます。
認知機能をセルフチェックし、正しい生活習慣を身につけるためのヒントが詰まった一冊『認知症グレーゾーンからUターンした人がやっていること』。ぜひ書店でチェックしてみてくださいね。
認知症グレーゾーンからUターンした人がやっていること
発行所/株式会社アスコム
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著者/朝田 隆(アスコム)
認知症専門医
東京医科歯科大学客員教授、筑波大学名誉教授、医療法人社団創知会 理事長、メモリークリニックお茶の水院長
1955年島根県生まれ。1982年東京医科歯科大学医学部卒業。東京医科歯科大学神経科精神科、山梨医科大学精神神経医学講座、国立精神・神経センター武蔵病院(現・国立精神・神経医療研究センター病院)などを経て、2001年に筑波大学臨床医学系(現・医学医療系臨床医学域)精神医学教授に。2015年より筑波大学名誉教授、メモリークリニックお茶の水院長。2020年より東京医科歯科大学客員教授に就任。
アルツハイマー病を中心に、認知症の基礎と臨床に携わる脳機能画像診断の第一人者。40年以上に渡る経験から、認知症グレーゾーン(MCI・軽度認知障害)の段階で予防、治療を始める必要性を強く訴える。クリニックでは、通常の治療の他に、音楽療養、絵画療法などを用いたデイケアプログラムも実施。認知症グレーゾーンに関する多数の著作を執筆し、テレビや新聞、雑誌などでも認知症への理解や予防への啓発活動を行っている。