「パック入り卵を4日連続で買ってしまった」「身近な人の名前が出てこない」など、最近何かがおかしいと感じることがあったら……それは認知症の警告サイン!?正常な脳と認知症の間にある〝認知症グレーゾーン〟かもしれません。
ちょっとおかしいという異変に気づいたら、認知症へ進む前にUターンできるチャンス!
認知症の分かれ道で、回復する人と進行してしまう人の違いは何なのか。40年以上、認知症の予防と研究に関わってきた認知症専門医の朝田隆さんによる著書『認知症グレーゾーンからUターンした人がやっていること』から一部を抜粋・編集し、健康な脳に戻るためのヒントを紹介します。
認知症リスクが最大23%下がった脳によい食事とは
■脳も体も喜ぶ「地中海食ピラミッド」
科学的な検証が進んでいる認知症対策に有効な食事としては、「地中海食」があげられます。地中海食とは、地中海沿岸に位置する国(イタリア、ギリシャ、スペインなど)で昔から食べられている伝統的な料理のことです。WHO(世界保健機関)も健康のための食生活の指標として地中海食を推奨しており、認知症の引き金となる脳血管障害や糖尿病などの生活習慣病の予防にも役立つといわれています。
2023年3月にも、イギリスの電子版医学誌(BMC Medicine)で、地中海食をとっている人は、そうでない人にくらべて、認知症のリスクが最大23%も低くなったという報告がされました。
この報告は、6万人以上の人を対象に、平均約9年にわたって追跡した調査結果に基づくものです。
地中海食の内容を、とる頻度ごとに分類して示したのが上の図です。これは「地中海食ピラミッド」と呼ばれ、食べる頻度の多い食品ほど下に記されています。
ざっとあげると、地中海食の特徴は、次のとおり。
〇 肉よりも魚が多い
〇 食用油はオリーブオイル
〇 ナッツ・豆類、野菜、果物など、植物性の食品が豊富
〇 適量の赤ワイン
すべてを取り入れるのは難しくても、少しでもこれらの食材を食べることを意識しましょう。その積み重ねによって食習慣が変化していき、認知症グレーゾーンからUターンできる確率が高くなります。
■肉より魚がいいのは「脂肪酸」に秘密がある
では、なぜ地中海食では肉より魚がおすすめされているのでしょうか?
その理由は、魚に豊富な「オメガ3」と呼ばれる不飽和脂肪酸(DHA・EPA)。
オメガ3脂肪酸を日常的に摂取していると、脳の記憶力・学習能力の向上に役立つといわれており、65歳以上の日本人、約1万3000人を対象とした東北大学の研究チームの調査でも、魚を食べる量が最も少ないグループにくらべて、魚を食べる量が最も多いグループは、認知症リスクが16%も低下したことが報告されています。
魚のなかでもマグロ、カツオ、サバ、イワシ、サンマといった背の青い魚にオメガ3は多く含まれています。手軽にサバ缶やイワシ缶などを活用してもいいですね。
また、わかめ、昆布、ひじきといった海藻類にもオメガ3は豊富ですし、人気のエゴマ油やアマニ油も、オメガ3脂肪酸(α-リノレン酸)の有効な補給源となります。
なお、肉については、油脂の分類では「飽和脂肪酸」に分類され、魚のオメガ3よりヘルシー度は劣ります。しかし、肉はたんぱく源として非常にすぐれているのも事実。長寿の人は、年をとっても肉をよく食べている人が多いともいわれていますから、しゃぶしゃぶのように脂を抜いて食べる調理法なら、肉も〝善玉食品〟に変身します。地中海食でも、脂の少ない赤身の肉は月数回ならOKとされています。
■最強の組み合わせはオメガ3とオリーブオイル
オリーブオイルは、不飽和脂肪酸の「オメガ9」に分類されるオレイン酸が豊富で、オメガ3同様、認知症に対する効果が報告されています。
アメリカの研究チームによる動物実験では、オリーブオイルの豊富なエサを与えたマウス(アルツハイマー病の遺伝子を組み込んだマウス)は認知機能が高いことや、アルツハイマー型認知症の原因になるといわれるアミロイドβ、通称「脳のごみ」の蓄積が少ないことも確認されました。
なお、同研究で使われたオリーブオイルは、オリーブの実を搾ってろ過しただけの高品質なエキストラバージンオリーブオイルです。
先に紹介したオメガ3のエゴマ油やアマニ油は、酸化しやすいことから加熱調理に使えないため、日常の食生活にはこれらのオメガ3の食用油とオリーブオイルを上手に組み合わせて使用すると、最強の認知症対策となります。
■おやつやつまみにナッツを推す理由
アーモンド、カシューナッツなどのナッツ類にも、オリーブオイルと同じオレイン酸が豊富に含まれています。
さらに、ナッツ類には脳の神経細胞にダメージを与える活性酸素(毒性の強い酸素)の害を抑えるビタミンE、ポリフェノールといった抗酸化成分も含まれており、認知症の予防・改善には最適の食品です。
65歳以上の認知症の患者さんを対象とした3年にわたるイタリアの研究では、日常的にナッツを摂取しているグループは、そうでないグループにくらべて、認知機能の低下が減少したと報告されています。
日本では、ナッツ類を日常的に食べる人は少ないと思われますが、食間のおやつとして、お酒のつまみとして、ナッツ類を積極的に摂取することをおすすめします。
■適量のワインが脳を守る
ここで、ワイン好きの人に朗報です。
65歳の高齢者3800人を対象に、数年にわたって追跡調査したフランスの研究では、ワインを1日3~4杯飲んでいる人は、お酒をまったく飲まない人にくらべて、アルツハイマー型認知症の発症率が4分の1に抑えられたと報告されています。
赤ワインに含まれているポリフェノールという抗酸化成分が、脳の神経細胞を守るうえで効果的に働くと考えられています。
ただし、逆に悲しい話も……。
長期にわたって多量の飲酒を続けると、認知症になる危険性が高まることが複数の研究で明らかにされており、ワインも例外ではありません。
日本医科大学の調査では、お酒に弱い人(アルコールを分解する酵素の働きが弱い人)が、日常的に飲酒していると、アルツハイマー型認知症を発症しやすいことが明らかになっています。
また、75歳以上の人を対象に10年にわたって調査したスイスのチューリッヒ大学の研究では、赤ワインの摂取頻度が多い場合、男性はアルツハイマー型認知症になりにくいのに対し、女性では逆にそのリスクが高まるという報告が出ています。
厚生労働省は「節度ある適度な飲酒」の目安として、1日平均純アルコールで約20グラム程度と発表しています。これをお酒の種類別に示したのが、下の表です。
なお、厚生労働省は飲酒に対し、次のような注意喚起も促しています。
〇 女性は男性よりも少ない量が適当である
〇 少量の飲酒で顔が赤くなるような人は、アルコール代謝能力が低いので、通常より少ない量が適当である
〇 65歳以上の高齢者は、より少量の飲酒が適当である
〇 アルコール依存症者と診断された人は、適切な支援のもとに完全断酒が必要〇 飲酒習慣のない人には、先に示した目安量は当てはまらない
飲酒と認知症の関係については、赤ワインを含めて相反する研究データが複数出ており、結論がまだ出ていないのが現状ですが、私の個人的な考えとして、「適量の飲酒なら大丈夫でしょう」と患者さんに伝えています。
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いかがだったでしょうか?
「おかしい」と感じてから専門の医療機関を受診するまでに、何と平均4年かかるというデータもあるそうです。その間に、認知症の症状はどんどん進行していってしまいます。
認知機能をセルフチェックし、正しい生活習慣を身につけるためのヒントが詰まった一冊『認知症グレーゾーンからUターンした人がやっていること』。ぜひ書店でチェックしてみてくださいね。
認知症グレーゾーンからUターンした人がやっていること
発行所/株式会社アスコム
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著者/朝田 隆(アスコム)
認知症専門医
東京医科歯科大学客員教授、筑波大学名誉教授、医療法人社団創知会 理事長、メモリークリニックお茶の水院長
1955年島根県生まれ。1982年東京医科歯科大学医学部卒業。東京医科歯科大学神経科精神科、山梨医科大学精神神経医学講座、国立精神・神経センター武蔵病院(現・国立精神・神経医療研究センター病院)などを経て、2001年に筑波大学臨床医学系(現・医学医療系臨床医学域)精神医学教授に。2015年より筑波大学名誉教授、メモリークリニックお茶の水院長。2020年より東京医科歯科大学客員教授に就任。
アルツハイマー病を中心に、認知症の基礎と臨床に携わる脳機能画像診断の第一人者。40年以上に渡る経験から、認知症グレーゾーン(MCI・軽度認知障害)の段階で予防、治療を始める必要性を強く訴える。クリニックでは、通常の治療の他に、音楽療養、絵画療法などを用いたデイケアプログラムも実施。認知症グレーゾーンに関する多数の著作を執筆し、テレビや新聞、雑誌などでも認知症への理解や予防への啓発活動を行っている。