■連載/阿部純子のトレンド探検隊
甚大化する災害に対して求められる防災、減災、復旧力
2024年1月に発生した能登半島地震では、建物の倒壊、火災、地盤の崩れ、液状化による地盤の沈下など、甚大な被害に見舞われた。ライフラインでは水道の復旧が遅れ、地震発生から2か月が経過した3月4日現在でも、断水が続いている地域がある。
プライバシーや衛生面での不安、ペットと共にいられないなど、不自由な避難所での生活は心身に大きく影響を及ぼすため、ライフライン復旧までの困難はあるもののストレスなしで過ごせる自宅での「在宅避難」が見直されている。
災害が起こったあとも在宅避難できる安全な部屋づくりや、災害時の2 大ライフラインである水と電気の確保、トイレ対策といった災害への備えについて、旭化成ホームズ 「くらしノベーション研究所」の主幹研究員で「共働き家族研究所」所長の山田恭司氏に話を聞いた。
【山田恭司氏 プロフィール】
1987年に旭化成ホームズ(株)に入社後ヘーベルハウスの設計に従事。1999年より北米インテリア会社で勤務の後、 2001年より旭化成リフォーム(株)で技術開発、商品企画を行い、二世帯リフォームや全改装リフォーム商品をリリース。教育、セミナー等の普及活動も行う。 2019年から 2021年までくらしノベーション研究所 所長 兼 共働き家族研究所 所長、2022年から共働き家族研究所所長。一級建築士。専門テーマは共働き、リフォーム、防災、防犯。
「在宅避難ができる安全なお部屋を作るためには安全な家づくりが必要です。我々が常に目指しているのが災害時に求められるレジリエンス力(抵抗力・回復力、起こりうる不測の事態に対応できる力)。今回の能登半島地震もそうですが、甚大化する災害に対してのレジリエンスとして、防災、減災、復旧力が必要だと考えています」(以下「」内、山田氏)
建物の倒壊や破損によって自宅が住めない状態になると、避難所での生活、仮設住宅への転居、建て替えを余儀なくされる。在宅避難を可能にするには、災害を防ぐことが必要不可欠となる。前もって災害を想定して、それを防ぐことが、災害レジリエンスにおける「防災」の考え方だ。
地震の際に予想されるリスクとして、土地の場合は地盤の崩れと液状化、家の場合は建物の倒壊、部屋の場合は家具転倒、二次災害として火災、津波、停電、断水などが考えられる。
「これから家を新しく建てるのであれば土地のリスクを事前に確認することで、災害を避けることができます。ハザードマップを参考に、土砂災害区域かどうか、液状化の危険性、地震によるゆれやすさや地震の際の危険度などを把握、その上で敷地ごとの地盤の調査をしっかりと行い、地盤に応じた基礎設計をすることで、災害時でも在宅避難できる安心な家をつくることができます。
家を建てる際には、建物の揺れを増幅させる『共振』、大きな揺れが複数回起こる『繰り返し地震』に強い“制震構造”を検討するとより安全な家となります。
火災被害を防ぐポイントは『外から守る、内から出さない』。火に強い外壁材を使い、家の外で火を遮断する外かべ耐火にすることで、外で火災が起こった際も短期間での復旧が可能になります。
建物の築年数を知ることも重要です。日本の家屋は1981年(昭和56年)を境として耐震強度が変わってきます。1981年より前に建てられた木造住宅はリスクがあり、築年数をきちんと把握することで耐震補強などの対策を講じることができます」
〇安全な部屋づくりのチェックポイント
家具転倒やものの散乱を防ぐ安全な部屋づくりも防災として重要。安全な部屋づくりのチェックポイントは以下の9つになる。
(1)寝ている場所に家具が倒れてこない。
(2)転倒して出入り口をふさぐ家具類をドア付近に置かない。
(3)家具は L 字金具で壁下地に固定。
(4)テレビ・冷蔵庫はベルトなどを使って壁下地に固定。
(5)棚の高い位置に重い物は置かない。
(6)棚の扉には耐震ラッチを装着。
(7)ガラス類には飛散防止フィルムを。
(8)懐中電灯を用意する。自動点灯ライトをコンセントにさしておく。
(9)ソファなどにクッションを置いておき、いざという時はそれで頭部を守る。
「家具転倒のリスクを回避するには、寝ているところに倒れてこない場所に置くこと、出入り口をふさがないことです。そのような想定をした上で家具の置き場所を決め、転倒を防ぐために固定することが大切です。
家具固定の方法としては、金具で下地に固定するタイプ、面で突っ張るタイプは転倒防止として効果が高いです。突っ張り棒は外れる可能性があり万全とはいえないですが、天井がしっかりしていて、奥側の両端に設置すれば揺れ方によっては有効です。
ものの散乱防止として、重い物が下、軽い物が上というしまい方が基本。食器棚やキッチンは、普段あまり使わない重いものを高いところに置きがちですが、それは避けた方がよいでしょう。
集中収納もおすすめです。ウオークインクローゼットや納戸など収納できる場所に、倒れそうなものと散乱しそうなものを集めておくと、地震時でも安全であり、片付けるときも楽にできます。
また、作り付けの収納にすると、転倒の心配がなく、地震を感知すると自動的に閉まる『耐震ラッチ』が付いている収納が多いのでさらに安心です。既存の収納場所に耐震ラッチを後付けすることも可能ですが、下地を探して取り付けることが必要です」
〇水・電気への備え
在宅避難において重要なのが、水・電気・ガスのライフラインへの備え。ライフラインの復旧までの期間は、東日本大震災で電気が1週間、水道が3週間、ガスが5週間で、熊本地震で電気・水道がおおよそ1週間、ガスが2週間だった。
能登半島地震では、地盤が約4m隆起し道路が寸断されたことで復旧が遅れており、特に地中埋設の上下水道はダメージが大きく復旧に時間がかかっている。電気は場所にもよるが比較的早く復旧、ガスは1月18日にほぼ復旧した(非常災害対策本部報告より)。
「災害後にも暮らせる在宅避難の条件は、食料と水、エネルギー、トイレの3つです。災害発生から3日を過ぎると生存率が著しく下がってしまうため、人命救助が最優先になることから、道路の復旧や避難所への物資輸送はその後と考えておきます。そのため、水と食料の備蓄については、最低3日間、できるかぎり1週間が推奨されています」
生活水の場合、上水道の復旧は1週間以上で場所によっても大きく異なる。水の配給は3日目以降で、一人当たり一日3Lの配給と限られており、さらに東京の場合だと配給拠点は2kmおきで、重い水を持ち帰るのにも苦労する。
在宅避難に備える水の確保として、屋外や床下に設置して溜まった分だけが使える「飲料水貯留システム」があり、水の入替は自動的に行われるものの、金額が高価で設置場所も必要となる。保管場所が確保できるなら、ペットボトルで備蓄した方がコストパフォーマンスはよい。
電気は1週間程度で復旧と想定すると、最低限必要となるのがポータブル電源。ただし、バッテリー容量が716Whの場合、テレビ単独で7時間(約100W)、冷蔵庫単独(約50W)で14時間程度なので、ポータプル電源は情報収集として必須のスマートフォン(約15W)充電をメインに+αとして利用する。電子レンジや電気ポット、電灯用には使えないと考え、お湯を沸かすときはガスカセットコンロを使用、懐中電灯やキャンプ用の電灯も常備しておく。
ポータブル電源の別売として販売されているソーラーパネルを併用すると、晴れていれば充電して繰り返し使えるので、できればポータブル電源+ソーラーパネルを準備するのが望ましい。
停電時の電源として最も望ましいのが、太陽光発電+蓄電池。設備投資が必要となるが、太陽光発電は停電でも非常用に設定した電源が使えて、蓄電池は昼貯めておいて夜に使うことができる。通常時とほぼ同様にテレビや照明、冷蔵庫、電気ポット、電子レンジも使用ができる。
〇トイレ対策
災害時に多くの人が困るのがトイレの問題。日ごろから浴槽に水を溜めておくことで、排水管が無事であればその水で流すことが可能だが、大地震では排水管が破損することも多く、特に集合住宅では流す前に壊れていないかどうか確認する必要がある。
「国交省が出している避難所におけるトイレの確保・管理ガイドラインでは、最初にマンホールの上にトイレを設置するマンホールトイレを準備し、その後、仮設トイレを1週間以内に整備するという流れになっています。
こうした基準から、災害に備えて水なしで使える、凝固剤や防臭袋がセットになった簡易(携帯)トイレを1週間分用意しておいた方がよいでしょう。簡易トイレを備蓄する目安は、1日5回×1週間×家族の人数です。簡易トイレがあれば、吸水性や臭いの面でも安心で、簡易トイレの準備があることで、より在宅避難がしやすくなるはずです。
簡易トレイの備蓄がない場合には、新聞紙やゴミ袋などで簡単に作ることができるので、普段から作り方を確認し、材料を準備しておくと良いでしょう。
お風呂に溜めておいた水は排水管に問題がなければトイレに流せますが、排水管が破断している場合に流してしまうと、道路の破断箇所や、集合住宅の下の階で水漏れしてしまうこともあるため、できるだけ簡易トイレを買って常備しておくのが良いかと思います」
【AJの読み】在宅避難を想定した備えと家づくりを
能登半島地震の被災地では水、電気が行き届かず、特に水に関しては2か月以上経った現在も断水の地域があるなど、ライフラインの課題が浮き彫りになった。集団生活を余儀なくされる避難所では、衛生面、精神面でも大きな負担となり、「在宅避難」の重要性が高まってきている。
在宅避難を想定して、今回紹介した水や食料の備蓄、電気の確保、家具転倒やものの散乱防止といった、日頃から備えられるものは今日からでも準備すべきだが、在宅避難の大前提となるのが家屋の構造と地盤に合わせた基礎設計。
在宅避難ができるかどうかは、行政庁による応急危険度判定により判断される。応急危険度判定では、建物の使用にあたっての安全性を判断し、赤の「危険」(立入禁止)、黄の「要注意」(立入注意)、緑の「調査済」(立入可能)の3段階で判定され、「危険」「要注意」では、在宅避難は難しくなる。
新たにマイホームを計画しているのなら、価格やデザイン性だけでなく「防災」を意識した家づくりが求められるだろう。
【取材協力】
トータルレジリエンス(総合防災力)|ヘーベルハウス
文/阿部純子