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話題のDX小説第31話【TOKYO2040】因習デジタルトランスフォーメーション

2024.04.04

TOKYO2040

コロナ禍を機に、一気に加速した「DX」だが、行きつく先にはどんな未来が待っているのか。2020年の都知事選にも立候補した小説家、沢しおんが2040年のTOKYOを舞台にIT技術の行く末と、テクノロジーによる社会・政治の変容を描く。

※本連載は雑誌「DIME」で掲載しているDX小説です。

【これまでのあらすじ】
 令和大震災からの復興を経てデジタル化が浸透した二〇四〇年の東京。都庁で近々役割を終える「デジタル推進課」に異動させられた葦原(あしはら)は、知事選の迫る中、データ消失事件を発端とした不可解な事態の続発に都政を担うAI「ヌーメトロン」への疑問を抱く──。

因習デジタルトランスフォーメーション

 朝から電話を受けた葦原は、橘樹花(たちばな じゅか)の様子がいつもと違うことに気づいた。

「聞いた? もう聞いてるんでしょ、都庁のことなんだし。櫛田(くしだ)さんの話」

「都庁のことって言われても、色々ありますよ。彼女がどうかしたんですか」

「……もうすぐ会えなくなるって。東京の大事な儀式があるからそれで最後って」

 泣きじゃくりながら要領を得ない話をする樹花に、葦原は「少し落ち着いてください」と言い、PA(パーソナルアシスタント)端末で櫛田のいる文書課のスケジュールを確認した。

「確認したんですが、彼女ならステータスは問題ないです。出勤になっています」

「そっちに行くから一緒に会ってほしいんだけど」

「何でですか」

「私の話、聞いてた? 止めなきゃだめじゃん! とにかく行くから」

 樹花はいつも唐突で、感情の振り幅が大きい。それに儀式についてもハッキリしない。都知事選のことかもしれないが、都が開催したり関わったりしているイベントは数多くある──。

 

 通話を終えた葦原が眉根を寄せていると、淡路(あわじ)が話しかけてきた。

「公示日にここに来るんですよ、須佐野武史(すさの たけし)。当たり前すぎて気づかなかった」

 厄介事に巻き込まれたくないはずの淡路が、また好奇心に抗えなくなっているようだった。葦原は「確かにそうだ」と頷く。

「当日、届け出のデータが合わないとか何とか言って引き止めよう」

「本人が来たとしてデータの上書きが犯罪的な手法だったら、事情を聞くだけじゃ済まないですよ淡路さん。選挙は初日から大混乱になります。この件、他の選管職員は何か言ってますか」

「まだ話してない。客観的には正しいデータなんだから、疑義があると言ったところで理解されないよ」

 葦原は、デジタル推進課には伝えているし、先般の件で外された経験からあまり深入りすべきではないと考えたが、万一のこともあると思いPA端末から水方(みなかた)へとメッセージを送った。

***

 新新宿(しんしんじゅく)署では、刑事の水方と常田(ときた)が引き続き橘広海(たちばな ひろみ)の行方について思案していた。

「橘広海の両親が宗教施設で暮らしているとのことだが、直接そこへ行けば広海に関する事情も聞けるだろう。どうだ?」

 常田の提案に、水方は顔を曇らせた。

「それは早計で、こちらから訪ねると彼の両親や彼に危険が及ぶ可能性があります」

「危険って、意味がわからんな。何かあるのか」

「橘広海は個人情報につながる全てのものを持たず、配送用ドローンを使ってまで監視カメラを避けて失踪した」

「そりゃ妹さんに行き先を知られたくなかったからだろう」

「逆の可能性を考えています。橘広海は行った先で、どこから来た誰なのかを辿られないように全ての足跡を消したのではないかと」

「今一つ両親の話と繋がらないが、メタバースにそれを結びつけるヒントでもあったのか?」

 水方は「その通りです」と常田に耳打ちをした。

「……橘広海が両親を奪った教団への復讐を考えているだと?」

「あの教団は日本レガシー党と関わりがある。推測が正しければ、橘広海が潜伏しているのは教団に近い議員の周辺だ」

「議員と宗教団体、恨みをもつ宗教二世。まるで二十年前だな」

 その時、水方のPA端末に葦原からのメッセージが届いた。個人情報を書き換えた犯罪の事例について話したいと書かれていた。

***

 選挙管理委員会の部屋を出た葦原は、フリー記者の橋立(はしだて)に「選管の人ですよね」と呼び止められた。

「どうも。今度の都知事選は史上最大の候補者数になるんだろうね。変なのも出馬するって聞いてるよ。いや、個性的な独立系の候補は昔からたくさんいる。変っていうのはそういう意味じゃない」

 彼なりのアイスブレイクなのかもしれないが、葦原が警戒するには充分だった。

「候補者の方それぞれについて、私から何かを申し上げることはありません」

「そう言わずに。身元の不確かな候補者がいるってところまでは掴んでいてね」

 須佐野武史のことを言っているのかもしれないが、葦原はなるべく表情を変えないように「そのような事実は存じ上げません」と答えた。

「ふむ。それは失礼しました。また時間のある時に取材させてもらいます」

 橋立が去っていったのを見届け、葦原はデジタル推進課のある分庁舎(はなれ)へと向かった。

***

「遅れてすみません。立て込んでいたもので。話って何でしょうか」

「時間がない。単刀直入に言う。今日から再びここで動いてもらう」

「業務を外されて選挙の応援へ行けと言ったり、また加われと言ったり、これもAIの采配ですか」

「いや、今度は知事からの特命だ。ヌーメトロンに干渉されずに自由に動ける者が要るんだ」

「干渉って、監視されないで動くことなんて難しいでしょう」

 葦原はPAを取り出して「我々公務員はこれに縛られてるんですから」と付け加えた。

 大黒(おおぐろ)は小さな基板を葦原に渡し「そいつの拡張スロットにこれをつけろ。どこで何をしていようが、行動履歴は誰から見ても、ヌーメトロンから見ても自然なものになる」と言った。

「地方公務員法の職務専念義務違反を強要してます?」

 大黒はそれについては答えず、話を続けた。

「選挙、いや、儀式までに間に合う時期で良かったと思っている」

 葦原は「儀式」という言葉を聞いて、先程の橘樹花からの電話を思い出した。

「もしかして櫛田さんに関係がある内容ですか」

「あのドキュメントに辿り着いたなら知っているだろう。橘家も櫛田家も、贄(にえ)の家系だ。この因習を我々で断つ」

「何でドキュメントのこと知ってるんですか。まだ全部は読んでないですし、橘って、あの兄妹? それに、贄って何ですか。十五年前、神事をなくしたから震災が起こったんですよね。その後も続いてたってことですか。儀式なんて、単に行なうのを中止するんじゃいけないですか」

 畳み掛ける葦原に大黒は首を横に振った。

「地方公務員が、百年近く続く仕来りを突然中止できるか?」

「そんなの全然デジタルじゃない。ここ、デジタル推進課ですよね。オカルト推進課じゃあるまいし」

 葦原は自分でもこんなにスラスラと疑問と不満と皮肉を並べ立てられることに驚いた。

「だからだよ。これから最後のデジタルトランスフォーメーションをするんだ」

(続く)

※この物語およびこの解説はフィクションです。

沢しおん(Sion Sawa)
本名:澤 紫臣 作家、IT関連企業役員。現在は自治体でDX戦略の顧問も務めている。2020年東京都知事選にて9位(2万738票)で落選。

【作者から】3年に渡って誌面にて連載させていただきました。ここまでお読みいただき、ありがとうございました。次回からはWebでの配信となります。物語は佳境を迎え、デジタルとオカルトと人々の現実的選択=知事選が一本の筋へと収束していきます。主人公の葦原は熱い主役になってしまわないように描いてきましたが、クライマックスに向けて彼はどう動くのか……!? ご期待ください。

※本記事は、雑誌「DIME」で連載中の小説「TOKYO 2040」を転載したものです。

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