テイクアウトできるケーキとは違い、店内でいただくデザートプレートはお皿でできたてを提供するから楽しめるその瞬間の美味しさがある。そんなデザートだけで構成されるコースを提供する店舗が人気となっている。
振り返ってみると、12~3年前頃に「皿盛りデザート」を意味するアシェットデセール専門店のオープンが相次いた時期があった。そこから時を経て、いまのデザートだけで提供されるコースとはどのようなものなのか?
お茶を軸にしながら9品前後の月替わりメニューを提供する「VERT」
今回伺ったのは、東京・神楽坂にある「VERT」。「茶湊流水」をテーマに、日本各地の農園を直接訪れて厳選したお茶を軸にしながら、日本茶と発酵を織り交ぜながらコースメニューで提供するデザートコース専門店だ。
実は筆者も友人の誘いで訪れたことがあるのだが、完全予約制で予約は募集開始からすぐに埋まってしまう人気店。1日の営業は12時からと15時30分からのコースのみで、それぞれカウンターに6席、提供は定刻からの一斉スタートだ。予約は前月の20日21時に始まり、そのときに初めて翌月の営業日が公開される。
VERTのカウンター席
営業日が固定されていない理由のひとつが、農家に行って食材を探したり、茶葉の生産状況を見るために費やす時間を大切にしているためだ。
「この店が主軸にはなってるんですけど、もっと農家さんと近いところで信頼関係を含めて仕事したいなというのがあります。先の予定はなるべく農家さんのところにお伺いすることをまずは優先したい。そのため1ヶ月おきでの受付となってます。」とVERT オーナーパティシエの田中俊大さんは語る。
VERT オーナーパティシエ 田中俊大さん
そして、どんなメニューや品数で提供されるなどの内容は、お茶とデザートのセットであること以外、事前にも事後にも一切公表していない。これには、何品何杯など、提供するメニューに制約を設けたくないという考えがある。
「やりたいこと、表現したいことが、品数に現れてくる。ただ、量が多くなってしまうとお客さんが食べるの厳しいぞという時もあるので、いろいろ工夫はします。これは今回削るとか、ポーションを小さくしようかとか、来月にちょっと回そうかと、そういう調整はします。平均的に9品9杯前後ですね」
そのため、コースの構成もあくまで食材との出会いありき。デザートとお茶をセットで提供しているが、ペアリングというよりも、食材を液体なのか固体なのか、提供方法を考えるなかで合わせた結果でしかない。そのため、提供するメニューは、提供月の前月に訪れた農家や繋がりができて仕入れられるようになったお茶などを使っている。コースでの提供も、アラカルト1品では表現しきれないからというもの大きい。
:2023年5月20日のメニュー。
コースで提供することで1つの食材の魅力を複数のお皿で表現
2023年5月の新茶の季節には、埼玉県入間市の池乃屋園さんのお茶の枝を譲り受け、テーブルで客に茶摘みをして香りを楽しむ体験も提供した。
池乃屋園さんから特別に譲り受けた茶葉はコースの途中で客の間をまわし、新芽をつむ体験を提供。
CAP:埼玉県入間の池乃屋園の新芽
コースの1品。こちらはワイングラスのお茶と提供。
「僕はなぜこのデザートを提供したのか、その背景も大切にしたいと思っています。茶摘みの体験は、お客さんは実際にその産地に行くことはなかなか難しいと思いますので、少しでも行ったような気持ちになっていただけたらという考えから行ないました。
1つの体験のストーリーとして、お客さんに日本茶というものを様々なデザートの形で体験してもらいたい。そうなってくると、あのお茶も使いたい、このお茶も使いたいとなってくる。そういったプレゼンテーションができるという点でも、コースでの提供は適していると思います」
また、その場で作って提供するデザートコースだから表現できる味わいもあるという。
「ほとんどのレストランのデザートは、肉や魚が注文を受けてから調理を始めるのに対して、あらかじめ仕込んだものをお皿に載せて提供しています。デザートは料理に比べるとゼロスタートからの調理が難しいと思いますが、なるべくゼロスタート、カウンターデザートならではのライブ感を大事にしたい」
目の前でグラスに注ぎ入れるところなど、すべてを目の前で行なう。撮影もOKだ。
まさに、一期一会。2023年5月のメニューがこれであっても、どの農園のものを今年使うのか、また農園とのコミュニケーションによって2024年5月のものが全く同じであることはない。
デザートコースの内容に対する考え方は、もちろんパティシエごとに異なるだろう。ただ、限られた旬の時期に対し、アイデアの結果としてコースであれば温度や食感など様々な体験ができるのは、体験する客側としてもどんなものに出会えるのか楽しめる。
提供側、客側の双方にとってエンタテインメントとなっているのがデザートコースの魅力の1つといえる。
取材・文/ライター 北本祐子