急速な環境変化によるスキルアップデートの必要性や高齢化によるキャリアの長期化などを背景に、人的資本経営やリスキリングの必要性が注目され、企業の人材開発や育成への関心が高まっている。
一方で、国や企業が学びの機会だけをつくっても、学ぶ側の就業者が一部にとどまっているのが現状であり、持続的に学び合う組織づくりの重要性が改めて問われている。
そんな中、パーソル総合研究所はこのほど、「学び合う組織に関する定量調査」(調査対象は全国の男女・正規雇用就業者(20-60歳)N=6,000)の結果を発表した。本調査は、正規雇用就業者の組織全体における学びの実態を定量的に明らかにするとともに、組織的な学びを促進するための示唆を得ることを目的として実施されたものだ。
就業者の学びの実態
業務外の学習時間は、56.1%が無し。学習し続けている期は、13.1%の1~3年未満をピークとしておおよそ正規分布している。
学習方法は「どれも行っていない」がやはり過半数を超えるが、2位が「WEBページを読む」で16.6%、3位が「書籍・専門書を読む」で16.5%。過去3年の研修受講経験も72.7%が「ひとつもない」。内容別には、「個別の業務に関するスキルアップ研修」が10.6%。
年代別に見ると、男性は40代以降、女性は30代以降、学習意欲も学習時間も大きく減少している。
「研修無し(過去3年間)かつ学習無し」という層が、全体で48.5%。特に女性・小規模な企業でやや多い。
学習者は無学習者と比べ、はたらくことを通じて幸せを感じている実感が20.3%高く、ワーク・エンゲイジメントも17.3%高い。また、多視座性・時間軸の長さといった思考の広さ・柔軟性を示す指標も高い傾向。(数値は無学習者を100%としたときの学習者の%)
ラーニング・バイアスの実態
学びから遠ざかる要因となる、学びについての偏った意識を、ラーニング・バイアスとして7つ特定。「新人」「学校」「自信欠如」「地頭」バイアスなどが、学習意欲を下げる。「現状維持」「タイパ」「現場」バイアスなどは、学習時間を短くしている傾向が確認された。
バイアスの高低を、平均値を基準としたヒートマップとして図示すると、性年代別には、男女とも50-60代で「新人」バイアスが強い。男女とも20-30代は「地頭」バイアスが高い。女性の40-60代は「タイパ」バイアスと「現状維持」バイアスが強い。
学んでいることや学習内容を他者と共有しない“秘匿化”
学習者が自身の学びについて、状況や内容を共有するかどうかを聴取した。全体は56.2%が同僚に向けて「言わない」。「言う」は12.0%にとどまった。(管理職も47.8%が同僚に向けて「言わない」と回答)
職場において可視化されている(同僚に共有されている)学びは、全体で19.7%。
学習秘匿を促進してしまう要因として、「学びは一人で行うもの」という独学バイアスや、周囲が関心を示さなそうだという無関心予期が影響していた。
学び合う組織を創るためのポイント
学びに関する自己認識(セルフアウェアネス)を「学び方」「キャリア」「スキル」の3つの次元に分け、それぞれ内部(自己)の視点と、外部からの視点で測定した。
キャリアの自己認識、スキルの自己認識、学び方の自己認識はすべて学習意欲に対してプラスの関連がある。スキルの自己認識と学び方の自己認識は、学習時間とのプラスの関連も見られた。
自己認識に対しては、仕事上の経験の中でも学びの相談経験が最も強くプラスの影響。他者との協働的な学び経験であるコミュニティ・ラーニングの経験が広くプラスの影響が見られた。
組織文化と学習意欲・学習共有との関連を見た。学びの「活用文化」「共有文化」「奨励文化」が高い組織は学習意欲が高く、学習共有が進んでいる(秘匿度が低い)。
メンバーの学びと上司マネジメントの関連を見た。上司自身の学び行動が、部下の学習意欲・学習時間・学習共有にプラスの関連が見られた。
調査結果からの提言
昨今、「人的資本経営」や「リスキリング」の流行により、人材開発・育成への関心が高まっている。人材開発費が長期抑制されてきた日本では数十年ぶりのトレンドである。一方で、手上げ式研修やe-Learningをいくら用意しても、学ぶ従業員がごく一部しかいないという課題の重みは増し、持続的に学び合う組織づくりの重要性が改めて問われている。
本調査の独自の発見は、就業者には「学びは新人のもの」「現場での経験だけが重要」といった学びを遠ざける7つのバイアスがあることに加え、自分の学びを共有せずに「秘匿」する習慣も広く存在するということだ。多くの企業で学びを共有する風土が無く、”学ばない組織”が維持されている。個人の学習意欲を向上させるだけでなく、組織内で「学習伝播」する施策が必要である。
有効と考えられるのは、(1)バイアスの存在を含めた個人の学びに関する自己認識(セルフ・アウェアネス)を高めるためのワークやカウンセリング機会を取り入れること、(2)個人単位の学習ではないコミュニティ・ラーニング機会の拡充、(3)組織全体の学び合う組織の現状を測定し、総合的に改善を図ることなどが挙げられる。パーソル総合研究所では既に様々な学びについての調査を実施してきた。本調査と合わせて参照いただければ幸いである。
(解説/パーソル総合研究所 上席主任研究員 小林祐児氏)
出典元:パーソル総合研究所
構成/こじへい