本明秀文さんはスニーカーショップ「アトモス」の創設者で、日本のスニーカー市場を長年、けん引してきた第一人者である。一足のスニーカーに何百万もの価格がついて取引されたこともあったものの、現在はバブルがはじけて、ナイキの株価はピークの半分にまで下落してしまった。スニーカーという特殊商材の栄枯盛衰について、本明さんに聞いてみた。
サクセスストーリーのきっかけは代々木のフリマ
――はじめまして!本明さん、スニーカーと言えば本明さんと呼ばれるほど、深くスニーカーに関わってこられましたが、まずはごく簡単に経歴から教えてください。
本明さん 本にも書いたのですが、もともと出来の悪い高校生で、アメリカに行って何とか大学を卒業した後、商社に入社しました。でも、会社という組織にどうしてもなじめず、2年少しで退職し、家族から集めた300万円を元手にスニーカーの並行輸入店のチャプターを1995年に創業、その後、アトモスを創業しました。
よく「手取り14万8千円のサラリーマンから400億円のスニーカーショップを作った男」と呼ばれていましたが、最初にスニーカービジネスに進むきっかけとなったのは代々木公園のフリーマーケットでした。
中学生の時に上野で2980円で買ったメイドインフランスのアディダスを履いていたところ、お客の一人から「それを2万円で売ってくれないか?」とオファーされたのです。その時履いていたスニーカーはアメリカの韓国系ストアに行けばデッドストックとして一足15ドル半ほどで売られていたものですが、日本ではプレミアがついていたのです。
需要と供給は国境をまたげばガラリと変わり、それに合わせて価値も変わる。商社勤めの時にやっていたことであり、あらゆる商売に共通する基本的思考です。需要があることを知っているならば、供給する術を考えるのが、ビジネスの基本です。
スニーカーはあらゆるビジネスの要素を含む商材
――スニーカーは特殊商材なのですね?
本明さん 本来、スニーカーは履けば一年で穴が開く気楽な消耗品であり、日常生活に欠かせない生活必需品だったはずです。それが個性を主張するためのファッションアイテムとして使われるようになり、高級車や高級腕時計の様なステイタスシンボルとなり、さらには株式や不動産と同じような投資財として使われるまでに至っています。
言ってみればこの世に流通する商品の、あらゆるビジネス要素を兼ね備えているのが、スニーカーというアイテムなのです。
――ビジネスモデルとして学ぶのに最適な商材だというのは意外でした。
本明さん スニーカーの動きを知れば、ビジネスの流れも理解できるため、「スニーカー学」と名付け、本を出して解説しています。人々の心を捉えるための戦略やマーケティングといったビジネスの要素は、すべてスニーカーから学ぶことができるのです。
スニーカーブーム終焉の本当の理由
――ナイキの株価はピークの2021年に比べて現在は半分近くにまで落ち込んでしまいました。スニーカーブームは終わってしまったのでしょうか?
本明さん 確かにこの一年で、ハイプスニーカーと呼ばれる高級スニーカー市場は完全なダウントレンドとなってしまいました。私自身も株を売って、アトモスの代表を辞め、おにぎり屋を始めたりと、状況も変化しています。しかし、スニーカーが一過性のブームであったわけではないと考えています。
よく、ブームは去ったとか、スニーカーのバブルがはじけたというような言い方をされる人もいますが、一過性のブームではなく、未来につながるスニーカーカルチャーの土壌ができたと思っています。
ブーム終焉の原因はいくつかありますが、ブームにより需要が高まったのを受け、メーカーが生産数を増やした結果、レア感がなくなってしまったのが大きかった。高級腕時計や高級車など他の商材は需要が高まってもすぐにたくさん作ることはできません。でも、スニーカーは生産増が可能だった。
この市場に出回る製品の数量が重要で、例えばビンテージデニムやロレックスは商品数が少ないため、値下がりしにくい。生産数そのものに限りがあるため、需要が供給を上回っている限り、定価割れすることがありません。
また、腕時計やデニムは長期保存が可能です。売ると損する状況ならば、相場が回復するまで塩漬けしておいてかまわないのですが、スニーカーは加水分解してバラバラになってしまうため、10年以上、保ち続けることができません。短期で売り買いするしかない、投機的なアイテムです。
さらに社会的状況も大きく変化しました。コロナとウクライナ危機を経て、世界的な金利引き上げのトレンドが巻き起こり、日米の金利差によって起きた円安・物価高はスニーカーに大きな影響を与えました。
食料品やガソリン代まで値上がりし、もともと少ないお小遣いをやりくりしてスニーカーを買っていた若者が離れてしまったのです。その結果、2023年に入って急速にスニーカー市場が縮小してしまいました。